34 競馬場は紳士淑女の社交場
土曜日、ミリッサは京都競馬場に来ていた。
サークルの活動ではない。競馬場に部員全員集合は日曜日のみ。
一週間前、ハルニナから手渡されたメモ。
そこには、こう記されてあった。
来週の土曜日、競馬場に来られますか?
来られるようでしたら、お話ししたいことがあります。
もちろん、内緒で、ということだ。
彼女の単位、つまり卒業のことだろう。
個室を持たない非常勤講師。学内で誰にも聞かれず二人だけで話すのは難しい。
一昔前ならいざ知らず、今や学内にどんな仕掛けが散りばめてあるか、知れたものではない。
ハルニナもそれを恐れて、競馬場を選んだのだろう。
ミリッサは相談に乗ろうと思った。
それに、ルリイアとも会っておきたいと思った。
事件を嗅ぎまわるという大それたことが、競馬場職員ルリイアにとって、迷惑なことではないのか、という危惧がある。
先日のミーティングの空気では、反対意見を出すことは難しい。
しかも、ルリイアはあの事故の関係者でもあるのだ。
迷惑だと思っているなら、フウカに一言、忠告しておかねばならない。
ルリイアとは昼一番のレース、第五レースの前に、スタンド三階中央の売店の付近で、ハルニナとは全レース終了後にポーハーハー・ワイのゲート前で、ということになった。
ルリイアは会うなり、紹介したい人があるという。
競馬場の清掃員で、あの日、そのエリアを担当していた女性。
もう一人、同じく警備員。
「清掃のおばさんはローズロズさん、警備のおじさんはコールミーさん。お二人ともいい人で」
ルリイアには迷惑なことかもという危惧は杞憂だった。
木曜の部活での結論がルリイアに伝えられているとは思えなかったが、彼女はこともなげにこう言った。
「フウカはいい提案をしたよね。私が最も頑張らなくちゃ。一部始終を一番よく知っているのは、きっと私だから」
ルリイアが清掃作業中の女性を呼び止めてくれた。
「ええ、ええ、よく覚えていますよ」
七十近いかもしれない。しかし、競馬場は紳士淑女の社交場だという古き良き考えを大事に持っているのか、丁寧に化粧をし、髪のセットも完璧だ。フワリといい香りまでする。
薄っぺらい清掃員の制服と箒や塵取りと不釣り合いといえなくないが。
ミリッサが名乗るももどかしそうに、あるいは仕事の手を止めることに抵抗があるのか、自分からあの時のことを話し出してくれる。
事前にルリイアが声を掛けてくれていたのだろう。
「あの日の私の担当エリアは、スタンド二階の北の端。あの階段付近も含まれています。でも」
ポンポンと話し出した。
転落事故そのものを目撃したわけではないです。
私が言えることは、階段に繋がる通路に、誰もいなかったということだけ。
そもそも、あの通路。
先はスタッフオンリーの部屋が並んでいるだけで、一般のお客様には用のない通路です。トイレやベンチがあるわけじゃなし、スタンドのどこにも直接は繋がっていませんし。
それに、一応は関係者以外立ち入り禁止ですし。
ええ、ええ。三階にも同じことが言えますよ。
上の階はもっと、お客様には用がない。
そもそも三階には座席も少ないし。通るのは、ほぼ競馬場関係者だけ。




