16 そりゃ、縁があるからな
「どうだった?」
「何が?」
「俺の十六番、ユーペリオン」
「あ、そうか。へえ! よかったですね。見事差し切り一着」
「おおっ、そうか!」
「でも、先生、本当にもう大丈夫?」
などと話しながら、競馬場を出た。
「ミーティング、予定通りやるぞ」
「今日はもしかして豪勢なお料理が出るかも。先生のおごりで」
「出るか」
「そうよ、病み上がりなんだから」
ミリッサを先頭に、腕を組んだままのハルニナ。そしてフウカ。サークルの部長で四年生。
三年生のジン、ランが続く。
さっき、入部すると言ったメイメイもついてくる。
京阪淀駅の前を通り過ぎ、整然とした月極駐輪場の中を近道して、昔、公設市場のあった商店街の名残のような入り組んだ街並みに入った。
「ハルニナ、ありがとう。もう大丈夫だ」
「そう? でも、たまにはこういうのもいいかなって」
まあ、安心のために、今日は腕は組んでもらっておこう。
後ろのジンとフウカも気にしていないようだし。
「ジーオ先輩も来るって」
「ねえ、フウカ。恋人は呼んでないの?」
「くどい!」
「さっき見かけたけど、手持無沙汰そうだったよ」
「きっと、あれでも仕事中なんだよ!」
「声かけてあげればいいのに」
「いい加減にしないと!」
燃料、仏壇、着物仕立直し、古本と書かれた看板を過ぎ、質と染め抜かれた大きな暖簾の隣に、そこそこ新しそうなマンションが建っている。
元サークルメンバーであり、京都競馬場職員であるルリイアの住むマンション。
彼女は卒業後も、ミーティングに使ってくれたらいいと、鍵を預けてくれている。
自身も終業後、遅れて参加してくることもあったが、ミーティング自体が早く終わってしまうため、ミリッサが解錠し施錠することがほとんどだ。
マンションの前に、ジーオ(詞緒)が待っていた。
「遅くなった。待ったか」
ルリイアのひとつ前、昨年の卒業生である。
「それがさ」と、フウカが遅くなった理由を説明してくれる。
一通り、心配とか大丈夫、とかやり取りを交わしながら三階へ。
エレベーターもあるが三階なら若い娘たち、階段で行く。
鉄骨にモルタルを薄く塗っただけの段板にカツンカツンとフウカの足音が響く。
ジーオもサークル出身者。競馬場では今もよく顔を合わせる。
ミーティングへの参加もよくあること。
OGとして自然体。でしゃばることもないし、先輩顔することもむろんない。むしろ、マネージャー的な役割を担ってくれる。
自由闊達に意見も出してくれるし、現部長のフウカの相談役でもある。
サークルの雰囲気がよくなるし、ミーティングもはかどり、実のある話もできる。
「先輩、いつもありがとうございます」
というフウカに、
「先輩呼ばわりは、禁句でしょ」
「でも」
「まあ、卒業したしね、好きに呼んで」
ジーオは今日も、食べるものや飲み物などで膨らんだ袋持参だ。
なにやら怪しげな団体の職員になったそうだが、かなり自由が利くし、報酬も破格でニンマリ、らしい。
そのジーオがぽっちゃりした体を寄せてきた。
「でもさあ、ハルニナ、まだ先生と腕組んでるの?」
「そうよ」
ハルニナはジーオと入学年度は同じである。
なぜか留年を繰り返している。
ただ、ミリッサは今年こそはハルニナに単位を与えようと思っていた。
これまで、成績は優秀なくせに、試験の時に決まって休み、まるで単位取得を拒んでいるかのようなものだったのだ。
「ありがとう。もういいよ」
ミリッサはハルニナの手をポンと叩いた。
そして、組まれた腕をそっと解いた。
気を失っていた時。
気づいた時のハルニナの顔、あの記憶は実際のことだったのだろうか。
きっとそう。ハルニナだった。
組んだ腕の温かさがそう思わせた。
その時のことは、いつか聞こう。
皆がいる今ではない。
腕が離れるとき、ハルニナの手はミリッサの腕を撫でるように下に滑っていった。
黄色いローブの袖に隠されて、誰の目にも触れず、ミリッサの手になにかが押し込まれた。
紙切れのようなもの。
顔を向けると、ニッと笑った。
ミリッサは手に握らされたものを、黙ってポケットに落とし込んだ。




