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15 当て字だらけの捻った名前

 人の呼び名。

 十数年ほど前から、ほとんどの場面で通称で通る。よほどの重要な公的書類でない限り、実名を明かすことはない。

 大学でも学生の実名を教師が知ることはないし、その逆もない。


 たとえばフウカ。実際はフウウカと読むらしいが、漢書きすれば「風雨香」。本名ではない。

 ジンにしてもラン、ハルニナやルリイアしても、アイボリーやメイメイもそうだ。


 それぞれ、ジン、猫・ミャー・ラン陽仁菜ハルニナ瑠璃衣亜ルリイア愛穂梨アイボリー愛依愛依メイメイとなる。


 それぞれに思いがあって、いろいろな名を自分に付ける。

 場面、つまり交流のグループごとに使い分けている者さえいる。学校での通称とアルバイト先での通称は違うかもしれないというわけだ。


 ミリッサにしても然り。

 「mm差」という当て字も、競馬サークルR&Hの顧問になることを機に改めて付け直した名だ。

 クビサ、ハナサ、センチサ、というのも候補だったが、声にした時の滑らかさで決めただけのこと。



「もう少し、休んでいただいても結構ですよ。しばらくここ、開けておきますから」

 看護師は言ってくれるが、もうその必要はない。体や意識にどんな異常もない。

「お世話になりました」

 と、辞そうとしたが、なおも声をかけてきた。

「ご職業、伺ってもいいでしょうか」


 いかなる手続きにおいても、生年月日はもちろんのこと、職業や年齢、性別さえ聞かれることはない。

 政府レベルのデータベースでは、位置情報と「mm差」だけで、紐づいた個人データにアクセスできるからだ。

 政府データベースへの登録枠はひとり三つまで。

 あまりに一般的、すなわち同名の通称が多数ある場合は、拒否される。

 結果的に、当て字の多い少し手の込んだ、というか捻った名が多くなる。



「大学で講師をしています」

 ミリッサは隠すことはしなかった。

 ただ、大学名まで明かすことはない。

 話せば、フウカ達が望むと望まざるとにかかわらず、在籍中の大学名をこの看護師に知られてしまうことになる。

 知られて得することは、きっと何もない。



「紅焔?」

「……?」


 紅焔女子学院大学。


「懐かしいですね」

「え?」


 卒業生ということか。

 でも、なぜ。


「先生、お忘れになりましたか?」

「えと……」

「昨年まで、大学の保健室で働いていました」

「あ、そうだったんですか」

「先生のお顔は覚えていますよ」

「え?」

「それにこんなにかわいい娘さんたち。先生って呼ばれてますし、これは、って」


 看護師は、ミリッサを診たことがあるという。

「あの時も確か、気を失われたとかで」


 ん……。

 そうか。

 そんなことがあった。

 数年ほど前に……。


「あの時も、一時的に意識を失われて倒れられた、ということだったように思います」

「そうでした……」

「立ち眩みがしたからって」


 そうだ、あの時。

 放課後、ひとりで教室や教材の後片付けをしていた時だ。

 気が付いたら周りに人だかりができていて、恥ずかしかったものだ。


「やあ、いろいろとお世話になって。えっと」

「クスリユと呼ばれています」

 ああ、そうだった。

 一気にあの時の記憶がよみがえってきた。

 いい名だと感じたことが。


「じゃ、皆さんお待ちかねのようですし」

 学生たちが、中でもルリイアが深々と頭を下げた。

 ハルニナが腕を組んで支えてくれた。

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