1 プロローグ 壱 戦闘員的なクリーム色のユニフォーム
売店の冷めた串カツにかぶりついたその時。
先生!
大変!
先輩が!
先輩?
早く!
スタンドからエスカレーターを駆け下り、連絡通路を走り抜けて駆けつけてみると、階段の下に人だかり。
すでに警戒線は引かれてあるが、なにしろ日曜日の京都競馬場。
第五レースメイクデビューのパドックもまだ始まらない、昼休み。
野次馬が群がっていた。
いわゆるVIPエントランスと呼ばれる、馬主専用エレベーターのある受付ドアの手前、あまり使われることのない階段。
そのすぐ下。
インターロッキング敷きの青い地面に、大きく派手な着ぐるみが横たわっていた。
その頭部はすでに外され、中の人物の顔が見える。
動かない。
地面に広がる長い髪。
競馬場詰めの警察官と多数の警備員に混じって、場内の医務室の女性看護師ひとり。
懸命に心臓マッサージをしている。
傍らに転がるAED。
救急車のサイレンはまだ遠い。
「下がってください!」
その声に逆らって、講師は警戒線を超えた。
着ぐるみ。
競馬場で毎週のように見かける、傾聴財団マスコット。
その中に入っているのは、大学の教え子、のはず。
「通してくれ! 知り合いだ!」
足が震えた。
顔を見れば、分かる。
手遅れだ……、もう……。
樹脂コーティングされた細いステンレスワイヤーが喰い込んでいた。
愛しい教え子の首に。
「先生……」
次々に学生たちが警戒線を超え、集まってきた。
抱き合う者。
涙をこらえる者。
まだ温かい遺体にすがりつこうとする者……。
「なんで……」
「先輩……」
「どういうこと……」
横たわった着ぐるみ。
体長約二メートル少々。
クリーム色の戦闘員的なユニフォーム。
エレメントとして、女性っぽいアイコンがちりばめてある。リボンや花、蝶やハート形。
短めのフレアスカートに、ラメ糸で花鳥が刺繍されたワインカラーのブーツ。
肩幅ほどもある大きな白いつば付き帽子。
黄色やオレンジ色、水色と、色とりどりのリボンが結んである。
アクロバティックなアクションで、いつもイベント会場を盛り上げているマスコット。
今、首は切り離され、ただの布袋に戻って、死んだ女性を力なく包むのみ。
なんとか脱がそうとする学生たちは警官に制止され、青ざめた顔で立ち尽くしていた。