新たな夏の記憶
「まあ、正直なとこドン引きしたわ」
「事実は小説より奇なりですよねぇ」
しみじみと今回の顛末を噛み締める幼馴染み二人。
「だから、どうした? 俺の親父は奏を守った。ただ、それだけだ。奏の両親も本望だろ?」
しれっと宣う氷の彫像に、思わず歯茎を浮かせる拓真と阿月。
モノは言い様だよな。まあ、その通りなんだけどさ。
敢えて犯罪として上げるなら遺体損壊と放火。女児の遺体は、裏売買で病理関係から合法的に売られたモノらしい。
記憶を無くして新たな戸籍を手に入れた百香は、両親の借金もないし、あったとしても東雲の名前とともに相続放棄をしたら済む話。
元々、百香の両親を陥れるために仕組まれた借金だ。架空の可能性もあるし、今となっては調べようもなく、うやむやにする他ない。
その事件から十年。もはや、東雲一族とやらも娘が生きているなどと思ってはいないだろう。
誉められた遣り口ではないが、響の父親は親友の忘れ形見を守り切ったのである。
あとは彼女の幸せを見届けるのみ。
ほわんと安堵の溜め息をついた拓真の耳に、小さな音が聞こえる。
キャットにカードを通す音。
噂をすれば影か。注視する三人の視界に現れたのは百香だった。
「やっぱ居たね。鬼まんじゅう作ってきたんだ、食べてよ♪」
ふわりと広がる屈託のない笑顔。
ああ、なるほどな。これを守れたなら、響の親父さんのやらかした犯罪も些事に思えるから不思議だな。
テーブルにタッパーを置き蓋を開ける百香に、阿月が小皿を差し出した。
「まだ薩摩芋が残ってたんですか?」
「うん、これで終わり。またオヤツになるモノ探さないとなぁ」
大学芋から薩摩芋とリンゴのレモン煮や薩摩芋のお焼きと、百香は色々作って差し入れてくれた。
どれも素朴で美味しいオヤツ。これが無くなるのは少し寂しい拓真達。
「そういや差し入れの御礼に渡した林檎。まだ家に結構あるんだよな。良かったら貰ってくれないか?」
「え? 良いのっ? 嬉しいっっ!!」
きゃーっと満面の笑みで喜ぶ百香。
それを仏頂面で一瞥し、ギロリと冷たく拓真を見つめる響。
これにも、もう慣れたよな。
竹串で鬼まんじゅうを切り取って口に運びながら、拓真は阿月ときゃあきゃあする百香に、何となく居心地の良い空気を感じる。
言葉にするのは難しいのだが、強いて言うなら潤滑油?
生徒会役員それぞれが引いていた微かなラインを、彼女が箒で消してしまったようだ。
幼馴染みとはいえ、やはり越えられない一線はある。
その境が彼女によって曖昧になってきた。彼女を挟んで誰もが感情を露にする。
「だーからぁぁっ! 銭湯で洗濯はしちゃダメなんですってばぁーーっ!!」
泣きつくように止める阿月。
御前が取り乱した姿は初めて見たぞ?
「もう、俺ん家に住め。.....な?」
切なげな顔で懇願するように頼む響。
だいぶ感情豊かになったよな。でも、な? じゃないから。全力で止めるから? 親父さんにも頼まれてるし。
胡乱げな眼差しで拓真は窓の外を見る。
あの後、学校にやってきた響の父親は、拓真と阿月を呼び出して頭を下げたのだ。
今まで息子を見捨てないでいてくれて、ありがとうと。
そして、これからも宜しく頼むと。
今までもそれなりに付き合いがあり、仕事や会社関係のパーティーなどで顔を合わせることもあったが、こうして改めて対面するのは初めだった。
「息子は物静かで、一見冷静沈着に見えるが、それはただの無関心。実のところ、直情型で、思い込んだら一直線の猪なんだ。なので..... 万一、カナちゃんに善からぬ事をしたら連絡してもらえないだろうか?」
.....知ってます。
ここ数ヶ月、響の暴走を散々止めてきた二人である。
思わず苦虫を噛み潰しまくる拓真と阿月。
必死の形相で頼んでくる響の父親と連絡先の交換をしたのも、いずれは良い思い出?
百香が現れたことにより起きた出来事や、摩訶不思議な空間を、拓真は心から歓迎していた。
「そういや、もうすぐ夏休みだな。お前ら予定は?」
もちゃもちゃと鬼まんじゅうを頬張りつつ、それぞれが思い付いた事を口にする。
「俺は..... 撮影? が二つ」
「海外ですか?」
阿月の問いに、コクリと頷く響。
「アタシはバイト増やすかなぁ。暇だし」
「なら俺の付き人頼むよ。ギャラは弾むから。海外だと飯もろくに食べられなくて、いつもひもじいんだ」
こう言う時だけ饒舌になるのは、やめいっ!
あからさまな響の態度に未だ気づきもしていない百香。鈍感にも程がある。
「そういや、一年生の夏休みにはキャンプがなかったか?」
「あー、ありましたね。.....悪夢でしたけど」
「悪夢?」
胡乱げに眼をさ迷わせる二年生二人組。首を傾げる百香に、阿月はひらひらと力無く手を振った。
「行ってみたら分かりますよ。緊急の理由がない限り、強制参加ですから」
もそもそと鬼まんじゅうを食べる二人の様子を訝りつつ、響と百香は顔を見合わせる。
「まあ、楽しもう。せっかくの夏だ」
「そうだね。アタシも水着とか買ってみようかなぁ。中学生の時のスク水しかないし」
相変わらずの無頓着な言葉に噴き出し、男性陣らが百香を買い物に引きずっていったのは言うまでもない。
こうして響の凍った夏時計が動き出した。
百香の波乱万丈は、まだ始まったばかりである。
これにて一章終了です。一応完結とします。続きはまたいずれ。
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By. 美袋和仁。