⑦
私は今日のお昼に『婚約の解消』と『メルフィーナとの婚姻』をみんなに告げた。今日と明日で、みんなに旅立ちの支度をしてもらう。
私が女性なので、夜のことはこの3ヶ月全くなし。私はそんな趣味ないし。
今日の一大告白が終わって、私は気が抜けていた。自分の広い洋室のベッドで、大の字になって寝ていた。
「アヤ様、起きていらっしゃいますか?」
扉が叩かれる。控え目な声だったけど、私が寝ることは出来ない感じに、何度も声をかけてくる。
「ふわ? にゃに?」
誰の声だっけ? 私は眠くて思考力が回ってなかった。メルフィーナじゃないのはわかったけど。
「今夜は最期ですから、一緒に眠っていいでしょうか?」
「ふえ? いにゃあの、私、女性とそうゆうこと、する趣味は」
「違いますよ。一緒にただ眠るだけでいいのです。お部屋に入れて下さいね」
「んー、いや、ダメです。私はメルフィーナと誓い合ったんですから」
「酷いです。急に捨てるなんて」
「申し訳ございません。お引き取り下さい」
訪ねて来たのはウィズリーだった。なかなか魅惑的な寝着を身に着けている。私の好みはメルフィーナのような、高貴な感じ。
ウィズリーはエルフという割りには、耳は目立たない。人に近いエルフの種族なのだろう。黒髪の美髪は、ローツインテールにしている。
ウィズリーの金色の眼のせいか、印象としては『黒猫』のようだ。キリリッッとした眼に、長身である。長身であるが、筋肉質なのか、細見な感じはしない。
私個人は、『ローツインテール』や『黒猫』っぽい性格や外見は好きだけど、だけどそれは『友人』として興味があるって話。
『アルテミスくん』は、ウィズリーがなんか、メルフィーナに似てる、とか思ったらしいけど、全然違う。
私は女の直感で、ウィズリーが普通の女性じゃないって気がしている。『アルテミスくん』はウィズリーと一緒にいて、安心したらしいけど、私はウィズリーと2人だと、不安が大きい。
「私、アヤ様に嫌われていますね」
「まあ、確かに苦手だけど。嫌ってはないわ。『アルテミスくん』はウィズリーのこと、好きだったみたいよ」
「それは嬉しいです!」
「あのね、ウィズリー。昔ね『アルテミスくん』はカナリアーナに暗殺されそうになったの。だから、こんな夜更けに誰か来たら、警戒するものよ? 話なら明日の朝にしてね」
「独占したいのです! 私は『陛下』を愛していました。ですが、こうなってしまったので、せめて最期くらい、好きな人の腕の中で、眠りたいのです!」
「メルフィーナは許可しないよ」
「お情けで構いません。アヤ様、どうかお願いします!」
「寝室はダメ。食堂でお茶を飲みながら、過ごしましょう。それでいいかしら?」
「ありがとうございます!」
私は眠たい顔を擦りながら、部屋から出る。ウィズリーが私の後についてくる形で、2人で食堂に向かう。
こんな場面をメルフィーナに見られて、誤解されては困る。新婚ほやほやなんだから!
何もしないけど、どうせ一緒のベッドに入るなら、メルフィーナがいい。
おっと! 脳内に過ぎったのは『アルテミスくん』の妄想なのか。私が自分の身体に順応してきてしまったのか。危ない、危ない。
「ウィズリーって、エルフなのに、よく人と結婚しようなんて、思ったわね」
私は自分の邪心を振り払うように、後のウィズリーを見遣った。ちょうど私がウィズリーを見た時、ウィズリーの両手には立派な槍があった。
槍は高々と天を仰ぐと、刹那私に向かって斬りつけられる。私は咄嗟に横にジャンプする。私の背中は壁にぴったりとくっついている。
「ウィズリー? 貴女も暗殺者だったの?」
「ええ。エルフの私が、人間ごときの相手を本気ですると思っていたの? カナリアーナもミリアリアも、失敗に終わったけど、私は2人とは違う! プロだもの! 任務遂行は必須!」
「そう? ではウィズリー、貴女を拘束して尋問する必要があるわね? 『ラミアス帝国』の(諜報工作員)スパイかしら? ただの暗殺者にしておくのは、勿体ないほどの腕前よ!」
壁にへばりつき動けない私を狙って、ウィズリーの槍は下から突き上げる。威力が絶大のようで、槍は硬い床と壁に溝の掘りながら、私へと斬撃を繰り出す。
私の作戦は失敗。槍が壁に突き刺さり、ウィズリーの身動きが取れなくなると思った。けど重々しい槍を、ウィズリーは軽々と振り回す。
ウィズリーったらなかなかの怪力だ。本当に女性なの!? ドーピングして筋肉増量してるでしょ!?
私は悠長に喋る立場ではなくなった。まだ魔法は使えない。ウィズリーを生け捕りに出来るほど、私は魔力のコントロールが出来ない。
さてさて! 私の未熟な武道が手練れのウィズリーに通用するかしら!
今の私は『アルテミスくん』の身体で、『アルテミスくん』の技術もある。きっとやれるわ!
私は詰め寄るウィズリーから飛んで距離を取る。息を深く深く吐き集中する。足を開きバランスを取る。
右手を突き出し、指を揃え掌を立てるようにウィズリーに向ける。左手は肘を曲げ脇を締め、右手同様に掌の頭で天に指すように真っ直ぐと固める。重心はもちろんおへそ。武道の基礎中の基礎。
「うふふふ! 思った通り! アヤ様は魔法も武術も使えないのですね! メルフィーナは来ませんよ? 睡眠薬をたっぷり飲んで頂きましたから」
メルフィーナの名に、私の意識が掻き乱されそうになるけど、私は自分を強く保つ。
ウィズリーが槍で一直線に、私の心臓を狙って突っ込んでくる。私は右手の平の指尖球を使い、槍を払い流す。
ちなみに指尖球とは指の付け根の部分。
右手は真っ直ぐと、左手は肘を曲げて、脇を締める。そのまま左右に順に動かすことて、『てこの原理』になる。
か弱い女性でも、ナイフを持った悪漢に襲われた時に、瞬発的な怪力で一時的には撃退できる護身術。
けど、一番いいのは、襲われる前に、大声を出し逃げること。
長期戦には向かない。削れていく集中力と体力で、私が負けるから。『アルテミスくん』の心身だから、アサシンであるウィズリーの攻撃をなんとか避けられる。
あー。なんかねえ。この戦い? 楽しくないわ。私正直、肉弾戦とか趣味じゃないし。
私、学生時代に応援団やってて、体動かしたりは好きなのよ。社会人になっても、たま〜に、ダンスを見よう見真似でやってたわ。
私は閃いた。ウィズリーとの死闘なのに、私はチューチュートレインの最初の振りをハードに踊り、擦れ擦れのところでかわす。
ああ! これ、楽しい! 『アルテミスくん』の超絶技巧があるからこそ出来る、最大のおフザケだ。私は調子に乗って、アクロバティックにした『恋』を踊る。
私は柔軟さを使い、両手を下について、ぴょんっと飛び上がり、回転しながらその勢いのままウィズリーに踵落としを食らわす。
ウィズリーには当たらなかったけど、ウィズリーの槍には当たる。槍の持ち手に膝をかけ、ウィズリーから槍を奪う。
ウィズリーが凄まじい蹴りを繰り出す。私は両手で壁ドンをして、後にそのまま下がる。ウィズリーが私を追って、拳と肘を交互に突き出す。私はウィズリーから取り上げた槍を、足先で器用に拾い上げる。
「はーい! 形勢逆転です。ウィズリー、降参して下さい。斬り刻んでしまうから」
「笑止! 貴様ごときに、私が敗れるものか!」
あーあー。ウィズリーさんキレちゃった。仕方ない。ご希望通りにちょっと斬り刻んであげよう。
私は槍だけは、『アルテミスくん』にも負けないほどに鍛えていた。そう偶々だけど、ウィズリーの得物が『槍』だった。それだけで、私の勝ちは決まっていた。
私は性根が悪い。ウィズリーの愛くるしいローツインテールだけをばっさりと斬る。それから、ウィズリーの長い四肢を小さく小さく傷付ける。
「ど、どうして!?」
「あらぁ? 私の演技、そーんなに上手かったぁ? 私は『アルテミス』なんだから、貴女の相手なんて、本気でするわけないでしょお?」
「屈辱!」
「はあ? 何言ってんのぉ? これから、もぉっと愉しい、『ウィズリー拷問イベント』が待っているのよおん♡ こんな些細なことで泣き言を言わないでねぇん♡」
「この! 悪魔! 野蛮人!」
私は悪女に徹した。ウィズリーが早く白状をしてくれれば、ウィズリーを傷付けずに済むから。私は憎まれ役を買って出た。
ウィズリーの手足に手錠をして、さるぐつわをする。舌を噛んで死なれたら困るから。牢に入れる。
私はメルフィーナの安否を確認し、無事だった。
それから1週間後、ウィズリーも素直に白状して、ウィズリーも解放した。
この王宮にいるのは、私とメルフィーナだけになる。
私とメルフィーナは、のんびりと毎日を楽しく過ごしている。
最近、たまに『アルテミスくん』が現れる時がある。
私と、『アルテミスくん』と、メルフィーナの三角関係が始まる。
それはきっと、毎日が楽しくて、宝石のように輝いている。
それから、私はまだ、『ユイナ』を見付けてない。
『アルテミスくん』とメルフィーナの絆と愛が元通りになった暁には、
『アルテミスくん』とメルフィーナに、旅をしながら、『ユイナ』を探してもらう『約束』をしたわ。
待っててね、『ユイナ』。
『ユイナ』、私ね、今幸せだよ。
『ユイナ』も、今幸せだと嬉しいな。
❝End❞