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「わたくしのことを、尊い『神』という者もいれば、蔑み『悪魔』と呼ぶ者もいます。ドラゴン族は、種族によって様々で、個々で認識されることはあまりありません。エルフ、亜人、精霊、使者、わたくしは自分の概念が不確かのようで、よくわからないのです」


 アルテミスはグラスの水を一口飲む。書物で色々勉強した。でも、今のメルフィーナに、どんな言葉をかければいいのか、わからなかった。


 メルフィーナの泉のような綺麗な蒼い瞳は、どこまでも澄んでいる。こんなに穏やかなメルフィーナと、ずっと一緒にいるアルテミスには、やはり『か弱き人間』にか思えなかった。


「他人に振り回されるなんて、メルフィーナらしくないよ。メルフィーナがなりたいものに、なったらいいよ。僕からしたら、メルフィーナは、『か弱き人間』だよ」

「そうですか」


 メルフィーナの返事は素っ気ないが、声音には嬉しみが漏れていた。アルテミスは、メルフィーナを傷付けずにすんで、良かったと心の内で安堵した。


「メルフィーナは、『魔女狩り』に遭ったり、『人魚狩り』されたりは、しないよね? メルフィーナに恐い思いをしてほしくないよ」

「大丈夫です。今はアルテミス様のおそばで、幸せに暮らせています。ご安心下さいませ」

「そうだと、僕は嬉しいな」

「さあさあ、アルテミス様、朝食をお召し上がり下さいませ。食堂に準備しますから、行きましょう」

「うん。メルフィーナ、いつもありがとう」

「いえいえ。お食事をしながら、お話したいことがございます。大切なお話です」


 食堂まで距離がある。10分ほど歩かなくては、食事をする洋室に着かないのだ。

 門や塀が見えないほどに広い庭園。王宮もそれはそれは、聳え立つエレベスト山脈のように、高くて大きいと思う。


 10歳のアルテミスキラ皇子は、この広大な王宮と庭園以外の、外の世界を知らない。メルフィーナ以外の人に、会ったこともない。


「メルフィーナ、大切な話ってなに?」

「あらあら。アルテミス様、朝食をお召し上がりになるのが先ですよ」

「そうだけど、とても気になるんだ」


 メルフィーナはアルテミスのお願いに、「お待ち下さいませ」と答えると、また長い通路を歩き出した。

 アルテミスは仕方なく、食堂へと進んだ。



「さあさあ。朝食をお召し上がり下さいませ」

「頂きます」

(お腹はペコペコだけど、『大切な話』が気になって、食事に集中できないなぁ)



 今朝のメニューは、仔羊のソテー、クロワッサン、ニョッキのミネストローネスープ。そして、グリーンスムージー。

 クロワッサン以外は、沢山の野菜が入っている。

 アルテミスは、きっと世界で一番、豪華な朝食だ。と思った。


「アルテミス様。10歳とは、もう立派な大人でございます。婚約者の中から、正室、側室、妾を決めて下さいませ」

「ちょ! ちょ、ちょっと待って! 『僕の婚約者』って、初耳ですけど!」

「あらあら。そんなに慌てて、はしたないですよ」

(いやいやいや。流石に、動揺するし。てか、てかね? 僕はやんわり、僕が好きなのは、『メルフィーナ』だって、伝えてるよね?)


 アルテミスは、手に持っていた、香ばしい香りのする、クロワッサンを、お皿に戻す。

 あれほどあった食欲が、なくなってしまったのだ。


「紳士たるもの、いかなる時も、冷静沈着ですよ。アルテミス様、お食事を再開なさって下さいませ」

「僕は、婚約者なんて、いらないよ。僕が好きなのは、メルフィーナだけだよ」



「お言葉ですが、今のアルテミス様の近くにいるのが、私だけ、だからでございますよ。ご安心下さいませ」

「メルフィーナから見たら、僕はきっと、まだ子供で、とても頼りない。だから、今はまだ、メルフィーナに、僕を異性として、意識してもらえないと思う。けど、僕が、君をとても愛おしく思っていることまで、どうか否定をしないでくれ」

「アルテミス様、申し訳ございません」


 メルフィーナは、頭を軽く下げた。アルテミスは、そんなメルフィーナの姿に、眼を見張る。


「さあさあ、皆さん、お越し下さいませ」

(え? もしかして、もう既に、婚約者候補が、この王宮内にいる?)


 メルフィーナが、テーブルの上に置いてあるベルを高らかに鳴らす。

 アルテミスは恐る恐る、食堂の扉を開けて、入場してくる、複数の人物を見遣った。


「こちらアルテミス様でございます。皆さん、順にご挨拶をなさって下さいませ」


 メルフィーナの声に、5人の美しい女性たちが、一斉に長いドレスの裾を持ち、深々とお辞儀をした。

 2人、アルテミスよりも年下と思われる幼女のようなお姫様がいる。こちら2人も、ドレスの長い裾を掴み、頭を下げる。


「お初にお目にかかれて、光栄でございます。私は、西欧に君臨する神話で有名な、『ヴィーナス』の末裔です。『アクアマリン』と申します。アルテミスキラ皇子、宜しくお願い致します」


 そう名乗ったのは、アルテミスから見て、1番左端に立った女性だった。

 輝くブロンドの美髪をクラウンブレイド(王冠編み)にしている。

 『アクアマリン』は、女神と言ったが、深海の蒼々とした瞳の色が引き立ち、印象としては、『人魚姫』がピッタリだ。


「初めまして、アクアマリン。僕は、アルテミスキラ・エル・シールドラゴン。10歳です」

「アルテミスキラ皇子、私はもうすぐ、16でございます。シールドラゴン家の子孫繁栄に尽力を注ぎます」


 アルテミスは、その言葉を聞き、頬が紅潮した。返事ができず、小さく頷いた。



「初めまして、アルテミスキラ殿下。陛下とお呼びした方が相応しいでしょうか?」

「では、陛下と呼んで下さいませ」

(僕は、陛下とか重苦しい名は嫌なんだけど)


 『アクアマリン』の左側にいる女性が口を開く。アルテミスから見て、2番目に左端に佇んでいる。

 メルフィーナが、フレイヤに『陛下』呼びをするように促す。


「改めまして、アルテミスキラ陛下。私は『フレイヤ』でございます。北欧神話のような、派手なことは致しませんので、ご安心下さいませ。操を捧げた殿方に、一生尽くします」

「宜しく、フレイヤ」


 アルテミスは、自分の右手を差し出す。フレイヤは嬉しそうに目を細め、アルテミスに近寄る。

 すると、フレイヤは片膝を床につき、忠誠を誓うように、アルテミスの右手の甲に、口吻を落とす。

 アルテミスは、狼狽えそうになるが、ぐっと堪える。しかし、誰から見ても、アルテミスの顔は真っ赤だった。


「アルテミス様、『フレイヤ』はこう見えて、『亜人』なのです。この中で人であるのは、後で紹介する、『ミリアリア』と『カナリアーナ』だけでございます」

(亜人? フレイヤは、どこからどう見ても、僕と同じ、普通の人間に見えるけど?)


 メルフィーナの台詞を耳にしたアルテミスは、再びフレイヤに視線を戻す。


 『フレイヤ』と名付けられるだけあって、とても美しい。アイボリー色の長い艷やかな髪は、ハーフアップにされ、花冠の髪型になっている。

 ふわふわの美髪が、まるでローブのように見える。赤ワインのようなシックなドレスのせいか、『フレイヤ』は、アルテミスよりやや年上に感じる。

 『フレイヤ』の琥珀色の瞳は、まるで蜂蜜のように甘く、アルテミスは気恥ずかしくなった。



……

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