真実の愛に辿り着くのか!? 日常と非日常の融合!
無敵★素敵☆メイドーー異世界転生したら異性になってて、内側では百合になってた件ーー①
(略ムスメ)む、てき、す、てき、メ、イド。より。
「さぁ、アルテミス様、お目覚め下さいませ」
莫大な遺産が残されたこの王宮に暮らすのは、両親に先立たれた幼い少年。天涯孤独になって早3年目の皇子である、アルテミスキラ・エル・シールドラゴン。
アルテミスは先月10歳になった。この広大な王宮には、アルテミスとひとりの優秀過ぎるメイドだけが住んでいる。
メイドの名は、メルフィーナ・ラファード・サクラ。メルフィーナは、只者ではない。
「アルテミス様、優しくお声をかけているうちに、どうぞ、お目覚め下さいませ」
メルフィーナは、アルテミスの広々とした部屋の大きな窓のカーテンをいくつも開ける。
外はそう、陽気な天気で、心地良い風が吹く。メルフィーナは、アルテミスの眠るふかふかのベッドの近くにある窓を開けた。
「アルテミス様、3度目ですよ? 起きて下さい」
メルフィーナは洋室にある大きな時計に目をやる。5分経過したあと、小さく咳払いした。それが合図だった。
アルテミスキラ皇子が眠ったままの天蓋付きベッドがそのまま、ふわりと浮き上がる。近くにある大きな窓から、不思議な風に乗って、王宮にある広い広い中庭へと飛び出す。
アルテミスは突然の浮遊感に驚き、目を覚ます。開けた視界に映るのは、庭園に咲き乱れるたくさんの桃色の花。サクラの甘い香りに、少し安堵の息を吐いた。
しかし、アルテミスの安らぎは玉砕される。勢いよく、ベッドが落下する。
「うわあああああ」
アルテミスが叫ぶ。10歳のアルテミスの体は軽い。天蓋付きのベッドの上にあるカシミヤの高級毛布ごと、ベッドの外へとアルテミスの身体が振り落とされる。
「お目覚めですか、アルテミス様」
アルテミスはひやりと背筋が凍らせながら、声の主である、最強メイドのメルフィーナを見遣る。
アルテミスの洋室の大きな窓から、こちらを眺めているメルフィーナの姿が遠くに見えた。
容姿端麗、英明果敢、完全無欠。アルテミスはメルフィーナのことをそう思う。只者ではない。
しかし、メルフィーナの詳しい正体は、アルテミスも知らないのだ。
「メルフィーナ、た、助けてくれませんか?」
あと3秒ほどで硬い地面に叩きつけられそうになった時、アルテミスは懸命に声を張り上げた。
0,03秒以内に、アルテミスと天蓋付きベッドの落下は阻止された。
メルフィーナが風を使って、元のアルテミスキラ皇子の部屋へと戻される。地面にスレスレになっていた、カシミヤの高級毛布もベッドの上に綺麗に畳まれていた。
「ごめん。昨日面白い書物があって、朝方まで読み込んでしまって」
「あらあら、いけませんねー。どんな理由があっても、お日様を浴びませんと健康によくないのですよ?」
(雨降りでも、毎朝5時に起こすじゃないか)
アルテミスは不満を胸の中に留める。メルフィーナのよくわからない道理に付き合わされて、毎日くたくただ。
アルテミスは年相応に、もっと自由に、楽しいことや好きなことをしたいのだ。
アルテミスキラ皇子は、シールドラゴン家を絶やさないように、将来子孫を繁栄させなくては、いけないらしい。
10歳のアルテミスは、本を読むのは大好きだけど、メルフィーナに決められた書物を毎日読み書きしたり、体術や魔力を鍛えたりは、好きじゃない。
不思議なことに、今まで読んだ書物の中には、メルフィーナのような完全無欠は登場しなかった。
メルフィーナの正体はなんだろう?
アルテミスは自分でパジャマから洋装へと着替える。顔を洗い、髪を整え、自分で支度をする。
メルフィーナは、アルテミスの様子をいつものように、ずっと観察している。
アルテミスも忙しいが、メルフィーナはおそらく、もっともっと忙しいのだ。だから、一日の中で、メルフィーナがアルテミスの傍らにいる時間は、少ない。
「メルフィーナ、僕は君しか知らないんだ。メルフィーナは、普通の可愛い女性だよね?」
「まあまあ。アルテミス様から見て、わたくしは『か弱き人間』に見えるのですか?」
アルテミスは、メルフィーナがいる時には、積極的に会話をする。アルテミスは、メルフィーナを爪先から頭の天辺まで確認した。
まるで滝のように流れるような美髪。膝まである銀髪は、光の加減で、藤色にも見えるし、水色にも見えるし、金色にも見える。
雪のように色白できめ細かい美肌。長身で、メルフィーナからは仄かに香る花のような、涼しげな雰囲気がある。
メルフィーナの品のある仕草や丁寧な言葉遣いが相まって、『立派な大人』という印象が深い。
「うん。確かにメルフィーナは、強くて何でも出来るけど。ドラゴンや悪魔には見えないよ」
「そうですね。アルテミス様ももう10歳ですし、そろそろ『一人前の大人』として、接するべきかもしれませんね」
(体術や魔力の修練がめちゃくちゃ厳しいと思うけど、現状って、まだ『子供扱い』してくれてるわけ?)
アルテミスは走馬灯のように、産まれてから、覚えている記憶を探る。メルフィーナと過ごした日常をあれこれ思い浮かべる。
「え? えーと、まだ子供扱いしてくれていいよ。うーんでも、帝王学、天文学、歴史、政治、男女とは人間とは、生命とは、宇宙とは、とか、僕が勉強するのって、それはもう、メルフィーナから僕が『一人前の大人』として、対応をされてるんじゃないかな?」
「あらあら、アルテミス様、そこそこ賢くなったのですねー」
メルフィーナは両手で自分の口元を塞ぎ、態とらしく見えるような、大袈裟な驚き方をした。
アルテミスからすると、メルフィーナのその行動は、自分のプライドを傷付けられたように感じた。
(怒るとこじゃないぞ。僕は優しい人間だ。だから、恩人でもある、か弱き女性であるメルフィーナを傷付けるような、醜い言葉は言ってはいけない)
アルテミスは少し腹立ったが、小さく深呼吸して、自分をコントロールした。理性があるのは人間の特権だ。
「アルテミス様は、どうして、怒らないのでしょうか?」
「僕には、君しかいない。メルフィーナと仲良くしないで、僕は誰と楽しく過ごせばいいんだ」
「まあまあ。わたくしのこと、あまり好きではないのですね」
「好き、ですよ。もちろん、それは」
(あれ、もしかして僕は、またメルフィーナに遊ばれてる?)
メルフィーナは無言で無表情で、赤面していたたまれなくなっているアルテミスを、見詰めていた。
「アルテミス様は、ご自分のことを、どのように認識しておりますか?」
(認識?)
アルテミスは大きなソファに腰かけ、自分のロングブーツの紐を結んでいた。
メルフィーナは、完璧に身支度を終えたアルテミスに確認し、デカンタから綺麗な水を注ぐ。アルテミスが座るテーブルの前に、コースターを敷き、その上にグラスをそっと置く。
「僕が僕自身への概念ってこと?」
「はい。わたくしは、自分のことを『ドラゴン』と認識しております」
「ドラゴン?」
メルフィーナから、予想外な言葉が出た。アルテミスは、間の抜けた声を返した。
……