天使より戦女神と呼ばれる方が嬉しい感性
私が刺繍針よりレイピアを握る回数の多い体力馬車馬令嬢だと知られたら、真実の愛に夢を見ている(と、ちょっと思います)殿下も流石に目を覚ましてしまうのではと尻込みしていた私。
杞憂でした。
滅茶苦茶杞憂でした。
殿下は最初から、私がレイピア片手にお兄さまと稽古出来る腕前だと知っていました。
そう言えば手を握りながら戦女神って言われたことありました。
剣を握る、豆の潰れた手だからわかったのかと思いましたが、実はそれよりも前から…お爺様が大暴露していました。
それも、私が学園に入学するずうっと前からです。
お爺様ぁあああああ!!
隠蔽のしようがありませんお爺様ぁあああ!!隠す気全くありませんでしたけどぉおお!!
「実際に稽古をしている様子を見たこともあるよ」
「いちゅです!?」
ビックリしすぎて噛みました!口が回らない!!
「エディが護衛に選ばれる少し前かな」
あっこれ護衛の下見ですね!?いや護衛される本人がするのかわかりませんがお兄さまが注目されていたという事ですね!当然です私のお兄さまですから!お兄さまは子供のころから体が大きくて打撃が重くてそれでいて機敏なんです!!将来有望だったのです!!結果ご覧ください殿下の護衛騎士です!!流石ですお兄さま!!
「その時に、ワンピースの女の子と稽古する姿を見たよ。戦女神のようだった」
っあ―――!!心当たりがあります!!お兄さまに差し入れを持って行って、休憩時間に構ってもらいたくて上達した腕前を披露しようとしたときのことです多分!!ワンピースで稽古するとかそれ私ですね!!お父様に怒られましたから私です!!流石に淑女がワンピース姿でレイピア片手にヒャッハーするのは怒られました!!
あの時お兄さまが私でなく周囲の騎士に殺気を飛ばしたのは何故でしょう…私も割とすぐ捕獲されましたし…いつもはもっと打ち合ってくださるのに…あまり修行の成果をお見せ出来ずしょんぼりした覚えがあります…。
…その短いやり取りをしっかり見られていたわけですね?
私が殿下を見た記憶はないので、それなりに距離があったと思いますが…それでも私を把握していたのですか。お兄さまが護衛騎士になって三年ですから、三年前から知られていたってことですね。
まあその頃は「ベルンシュタイン家は令嬢も戦えるんだな」程度の認識ですよね!遠目に目撃しただけですし。
殿下は高い高いを改め長椅子に座り直す。隣の私の手を握ったまま。私の、令嬢らしくない硬い手を。この手に触れて、戦女神と言ってくれた。
殿下は私が戦えるとわかった上で私を溺愛していた。うん、そわっとしちゃう。もじもじしちゃう。でも手は離れない。
「階段から君が降ってきた時」
え、今その話に飛びます?
話の飛びようにぎょっとする。でも人の話は最後まで聞かなくては。私はお口をきゅっと閉じた。
「魅了の呪いにかかっていた間の記憶は朧だけど…あの瞬間、階段から君が降って来た瞬間は本当に天使が降って来たのだと思った」
ロレッタ嬢が降って来ると思っていたからこその誤認では!?
「支えきれず倒れた僕を守ろうとしてくれたことも覚えている」
その後恥ずかしながらむちゅっとしちゃったわけですがね!?結局守れませんでした!マモレナカッタ!!私から!!
「衝撃から醒めて目にした君は…キラキラと輝いて、とても幻想的だった。神の祝福を受けた聖女…いや、やっぱり天使のようだった」
それは解呪の影響で溢れ出た、呪い師が言っていた光のことでは!?私が所有するエフェクトではありません!!天使の梯子も差していませんし後光も爆発していません!…爆発するものだっけ?あれ?
「その天使が君だとすぐ気付いたよ、イヴ。エディの前で愛らしい笑顔を浮かべていた、ベルンシュタイン自慢の孫娘だと」
凄まじい記憶力…!私がお兄さまへ差し入れを持って行った数は数え切れないほどですがその流れで稽古をつけてもらったのは一度だけ。それなのにしっかり顔を覚えていらしただなんて…!
いやほんとどこから見ていました!?会った覚えがないのですが!?
「まさか君が、呪いを解くほど僕を想っていてくれたなんて…身を挺して女性を庇う正義感も、僕がいなくても問題なく怪我をしなかっただろう身の熟しも、邪魔してしまった僕を守ろうと行動する忠義も…秘めたる僕への愛情から来るのだと思えば湧き上がるこの想いは留まることを知らない」
そうだったの私―――!?
そしてばれています!!ばれていますね殿下がいない方が都合良かったこと!!はい、誰もいなければ高い所から飛び降りる猫のようにシュタッと着地する予定でした!!お兄さまがいれば十点満点を下さったはずです!!実際の所殿下を下敷きにしたので失格です!!
でもって誤解です殿下!!私は別にそんな高尚な存在ではありません!!
だからごか…んんん、誤解ですよね~~??
ロレッタ嬢を助けたのは確かに正義感から。
身の熟しを愛故というべきかは迷いますが…あ、殿下をお守りするため鍛えた?私ってばそのつもりで鍛えていた?楽しかっただけですが実はそうだった??忠義の塊では??
殿下を守るのは、はい。臣下としては当然の行いですね。たとえ危険地帯に自ら滑り込んで来たのが殿下自身だったとしても、御身をお守りするのは当然のことです。臣下ですから。
これも愛故です?愛する人を守る為です??そう言われるとそんな気がします??
…なんだかそんな気がしてきました!
私の行動ってば実は全部殿下の為の行動だった??そうだったの??そうだったの??何せ恋心無自覚女ですからね。
無自覚で殿下の為にえんやこらしていたのでしょうか。していたの??自分の為と思いながら?実は殿下の為だった?思った以上に私は健気の結晶だった??
淑女の顔として被っていたお猫様が宇宙を背負いだした。そんな私に殿下は落ち着いた笑顔で嬉しいお言葉を下さる。
「騎士みたいな君だ。部屋でじっとしているのは堪えただろう?これからは護衛が一緒なら、訓練所にこっそり行っても構わないよ。息抜きは必要だ…今まで鍛錬の時間を作れなくてごめんね」
あ、体力有り余っているのが察せられていますね。はい、ありがたくそうさせていただきます。
成程、その護衛がお兄さま。
お兄さまが私の護衛。
…。
「お兄さま!お兄さまが私の護衛!つまり公式的に四六時中一緒に居ても咎められない!何ということでしょう!」
「流石に四六時中はエディの負担になるからダメだよ」
「それもそうですね!」
じわじわ実感して再度興奮状態に。感極まって踊り出しそうですが殿下はもうお疲れなので我慢します!
護衛とは危険から対象を守るため気疲れする仕事です。流石に四六時中はブラック過ぎました。しかし、しかしです。
お兄さまとプライベートだけでなく仕事中もご一緒できる!!仕事中のお兄さまをじっと見つめていても怒られない!!きゃー!きゃー!どうしましょう写生すべき!?そのお姿を私の拙い画力で表せるかしら!?下手な写生はお兄さまに対する冒涜に思えるので網膜に焼き付けましょうそうしましょう!!
私は明日がとても楽しみで、思わずにこっと笑ってしまいました。淑女らしくない、顔全体を歪めて歯を見せるような笑い方。はしたないと叱られますが、ついつい緩む頬を制御できなかったのです。
そんな私を見た殿下は目を見張り、星空の様な目が眩し気に細められます。しまったはしたなかったですね。慌てて取り繕いますが、どうしても頬が上がります。むずむず。
「…イヴ、嬉しそうだね」
「はいっご配慮ありがとうございます、殿下!」
護衛のことも、訓練のことも。殿下が私を想って手配してくださったこと。忙しいというのにわざわざ私に気を遣ってくださった。この人は、本当によく気付く方。
ぽこぽこ胸の奥で、暖かいものが気泡の様に浮かび上がっては身体全体に広がっていくような、幸せな気持ちになる。
思わず、胸の前でぎゅっと手を組んで微笑んだ。
「これでお兄さまと沢山お話し出来ます」
これまで羞恥と混乱でまともに会話出来なかったお兄さま。今度は時間もあることだし、落ち着いてお話が出来そうです。まだ混乱は残りますが、冷静なお兄さまなら伯爵家のことも、これからのこともしっかり助言をくれるはずです。
にこにこぽわぽわしていた私は、ふと見上げた先で殿下がにっこり笑っているのを見て…ぎょっとした。
殿下の笑顔がちょっと、ほの暗かった。
え、怖い。どうなさったの?
窺うような私の視線に、殿下はにっこり笑って返す。
更に怖いです。無言怖いです。殿下?殿下どうなさいました??
そしてなぜこの流れで私をぎゅっとしたのです?慣れませんが?突然の抱擁にぎゅわっと心臓が絞られそうになりましたが!?殿下ぁあああ!?
私の耳元で殿下が何か言ったような気がしましたが、小さな声が聞こえない程、私の心臓が今日も絶好調に太鼓を叩いたので、全く聞こえませんでした。
(…やっぱり面白くない)