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天使です

一方その頃アルバート側。


 アルバートが天使を捕獲してから一週間が過ぎた。

 その間予定が重ならず食事も別々だった王家一家は、やっと人払いをして家族水入らずの会話が出来るようになった。

 仕事の合間だが、親子三人で会う時間を捻出し、休憩に使う小さな談話室に集まっている。国王夫妻はそろって上質な長椅子に寄り添うように座り、テーブルを挟んだ対面にアルバートが座る。テーブルには湯気の立ち上る紅茶と焼き菓子が置かれているが、今のところ手を付ける気配はない。


「すまなかった」


 そう言ってしょんぼりする父王に、アルバートは思わずくすりと微笑んだ。

 父の隣に寄り添う母も、王妃でなく母の顔でしょんぼりしている。見るからに落ち込んでいる二人だが、アルバートは二人が思うより傷付いてはいないし、思い悩んでもいない。

 アルバートの親は国王と王妃だ。彼らは人目がある場所で、たとえ息子相手でも簡単に謝罪することが出来ない。この一週間、アルバートは二人がずっとそわそわしていたのに気付いている。

 王としては表情が出過ぎているが、そもそも王に向いていない人なのだ。


 この国は平和だ。

 先々代、つまりアルバートの曽祖父が国王だったころに大きな戦争が終結し、各国が疲弊して国内情勢を強化するため平和条約を結んだ。それから侵略ではなく貿易を繰り返し、信頼を築き隣り合った国々とは手を取り合い共に助け合って来た。幸いなことに周辺国の先代も今代も己が国の安全を第一に考えており、外部干渉や侵略をせず国を裕福にすることだけを考えて政治を行っていた。


 先代の頃もまだ終戦の爪痕から諍いも多かったが、それも徐々に鎮圧された。この時に活躍したのが黒の悪夢と呼ばれたベルンシュタイン将軍。


 王家の為にどんな火種もバシバシと叩いて消して回ったため、驚くほどの速さで平和が訪れた。勿論燻っている問題はあったが、悪夢のような将軍が道を作り、王が瓦礫を拾いながら整えていったので火種がいい感じにならされ、爆発することなく平和が訪れた。

 少なくとも、目に見えた脅威はベルンシュタイン将軍がぶん殴って吹っ飛ばしたと言っても過言ではない。

 先代たちの活躍から、今代の王である父も次代の王であるアルバートも、大きな諍いを知らず過ごして来た。

 それは悪いことではないが…王族としては少々緩く育ってしまった。


「本当にすまなかった…もっと早く行動に移していれば、ここまで醜聞が広がることもなかっただろうに」

「貴方が魅了の呪いにかかっていると分かってすぐ、私たちが解呪を行っていれば…」


 国王夫妻がしょんぼりしているのは、魅了されたアルバートへの対処が後手後手になってしまったことへの罪悪感からだった。

 二人の間にはアルバートしか子供がおらず、アルバートが将来王位を引き継ぐことが決まっている。アルバートもそのつもりで学んでいるし、周囲も異論はない。だからこそ、彼の身に起った異変は速やかに解決すべきなのだ。

 しかし今回、魅了の呪いが発覚してから解呪まで、最適な行動がとれていたとは言い難い。


 まず魅了の呪いの発覚が遅れた。

 一人の女性に傾倒し、周囲への気遣いが疎かになったが、初期段階では恋の病としか思われず、若いのだから多少大目に見るべきと大人たちは呑気に構えていたのだ。何せ誰もが一度はかかる病気なので。

 若いからこその暴走だと思われていた。婚約者も決まっていないし、若気の至りだと大人たちは寛容になったつもりだった。


 発覚してからも、アルバートを上手く諫めることが出来なかった。呪われているのだから言葉が通じるわけもなく、国に仕える呪い師や魔女にも解呪できないならば謹慎させるべきだった。

 だが暴れる我が子を閉じ込めることが出来ず、結果状態は悪化していった。


 更に呪いの元と思われるロレッタ・アップルトン。アルバートを隔離できないのならば元凶と思われる彼女を隔離すればいいのに、それすらも出来なかった。チャンル学園に通う貴族子息だけでなく次期国王であるアルバートにすら魅了をかけたのだから、不敬罪どころか叛逆の罪に問われる。国家転覆を目論んでいると思われても仕方がない。

 しかし彼女はきゃっきゃと無邪気で、魅了した相手と仲良くお茶をするだけ。相手に貢がせたり命令したりせず、本当にお茶をするだけだった。令息たちが自ら貢いでも、高いものは受け取れないと突き返すこともあった。

 呪いの事実を知る周囲が戸惑った。この子なにがしたいんだ?


 王命一つ出して確保すればいいのに、相手の目的がわからず動くに動けず。

 まごまごしている間に、宰相である公爵を父に持つマデリンが事実を聞きつけ行動に走ってしまう。何故か行き当たりばったり、チャンル学園の階段の踊り場で。

 予備動作無しにトップスピードで駆け出すとは誰も思わなかった。流石自称猪令嬢。その勢いは従者を振り切るほどだった。

 おかげさまで機密は大暴露。事態の収拾に頭を抱えた周囲だが、次の瞬間起った奇跡に醜聞は塗りつぶされた。

 むしろその醜聞すら巻き込んで、お伽噺のような奇跡に皆が集中した。


 真実の愛の口付けで、王子の呪いが解けた。


 目撃者は歓声を上げ、話を聞いた大人たちは驚嘆の声を上げ、事態を把握した国王夫妻は―――自分たちがすべきだったことを知り、悄然と項垂れた。


 真実の愛の口付け―――その愛が、親からの無償の愛でも良いのだと、王家の者たちは知っている。

 そう、こんな騒ぎになる前に、親である彼らが動けば事態はここまで大きくならなかったはずなのだ。

 だからこそ国王夫妻は…アルバートの両親は、しょんぼりと申し訳なさそうに息子の前で肩を落としている。

 自分たちが、息子に愛を示せなかったことを嘆いている。

 のんびりと緩い王族だとしても、王は王。時には家族だろうと冷静に冷酷に駒として扱わねばならない。息子として愛し幸せな未来を願ってはいるが、国の存続と運営が第一だ。

 息子を愛していると思いながら、跡継ぎだから愛しているのだとしたら、果たしてそれは真実の愛になるのか。彼らはその不安もあって動けなかった。


 万が一呪いが解けなければ、お前は息子を愛していないのだと突きつけられるようで恐ろしかったのだ。


 結局は行動せず、別の人物の真実の愛で呪いが解けた。結果、親としても王としても未熟と突き付けられた気がして、更に罪悪感に悄然としている。

 また、そんな自分たちに息子が気付かないはずもなく、息子に対して申し訳なさで自ら穴を掘って埋まりそうなほど小さくなっていた。


 しかしアルバートは、親が思うほどそのことに落胆していない。


 愛されているのは知っているし、それが息子だからとか跡継ぎだからとか、そんな分類は求めていない。もともと穏やかで穏健派と言われる父王が、国はともかく家族のトラブルに弱いことも知っている。本人は気づいていないが、父王が家族に対して冷徹であれたことなどない。本人たちが心配しているほど、アルバートは雑に扱われたことが無かった。

 なので、不安がっているが彼らがもし呪われたままのアルバートに口付けたのなら…きっと呪いは解けただろう。

 何故なら彼らはアルバートを愛しているし、アルバートもまたそんな両親を誇りに思うと同時に愛しているから。ただ行動出来なかっただけで。

 そして行動してくれなくてよかったと、心の底から思っている。


 だってだからこそ、アルバートは天使を捕まえることが出来たのだ。


「お気になさらないで下さい父上、母上。そもそも魅了にかかった私が未熟だったのです」

「そんなことは…!呪い師も言っていました。あの魔女もどきは正規の手順を踏んでいないからこそ強力で複雑な呪いをかけていたのだと。それを回避できるのは、それこそ呪いに精通した呪い師や魔女でなければ無理だと」

「まさかでたらめに王家に呪いを掛ける輩がいると思わず油断していた我らが悪い。アルバート、本当にすまなかった」

「謝らないで下さい父上。むしろ祝福してください。私たちが…僕が愚かだったからこそ、天が僕に天使(アンジュ)を遣わしてくれたことを」


 微笑みながらそう言ったアルバートに、二人はきょとんと目を丸くする。そしてじわじわと歓喜に頬を染めた。

 特に王妃は反応が顕著で、王の隣でそわそわと落ち着かなくなる。


「まあ…貴方の呪いを解いたというお嬢さんね。確か、ベルンシュタイン将軍のお孫さんよね?」


 王家の醜聞を奇跡で上書きするため、情報操作して家に帰さず王宮で保護という名の軟禁している少女。勿論学園にも行けていない。

 すぐ身元調査が行われ、身分も経歴も性格も入念に検閲された。その結果が、二人の婚約だ。


 ―――問題ないと、判断された。

 アルバートも思わずにっこりの潔白具合だった。


 そして後押しの一つとなったのが、名将ベルンシュタインの血縁者という血筋だった。

 目に見えた脅威が消えた今―――いや、彼がいるからこそ、脅威は潜んだままなのだという見方があるほど、影響力のある騎士将軍。彼は現役を退いているが、ご存命だ。


「ベルンシュタイン伯爵家の…お前の護衛に嫡男がいたな。娘の方はよく知らないが、どのような娘だ?」

天使(アンジュ)です」

「…どのような娘だ?」

天使(アンジュ)です」

「…」

天使(アンジュ)です」


 むしろお前が天の遣いかと聞きたくなるほど慈悲深く煌めく笑顔でアルバートが繰り返す。

 父王は沈黙した。もしや魅了の影響が残っているのではと思案した。

 しかし王妃は声にならない歓声を上げて喜んだ。


天使(アンジュ)なのね?」

「はい、天使(アンジュ)です」

「ああ―――良かった。神に感謝しなくては」


 感極まって泣き出しそうな王妃に、王は目を丸くした。母子のやり取りの意味が分からない。何やら通じ合っているようだが、王にはさっぱりだった。疎外感に再びしょんぼりする。

 そんな王を置き去りにして、母と子は楽しそうだ。


「なら、逃がしてはダメよ。この流れを壊してはダメ。滅多にない奇跡に高揚している今じゃないと邪魔が入るわ。婚約式を速やかに行い、民衆たちに愛のお伽噺を語って貰わなくては」

「ええ、混乱しているうちに畳みかけます。とにかく婚約式です。全ては愛の奇跡だと末代まで謳わせなくては」


 一般的に婚約式とは結婚式の前に行う両家の顔合わせ。契約書にサインして両家の結びつきを強調するものだ。我が国ではこの時、男女が宝石を贈り合う。そして結婚式で互いの宝石を加工した装飾品を交換するのが習わしだ。

 勿論王家の婚約式は規模が違う。聖職者の前で契約書にサインをする工程は同じだが、それを見守るのは両家ではなく貴族の忠臣たち。そして広場の見えるバルコニーから民衆への顔出し。

 ちなみに交換される宝石は本人たちでなく両家で選ぶ。どうしても注目される部分なので、その時代の最高級が選ばれるのだ。

 この婚約式を行えば、結婚式は三カ月後と決まっている。婚約者として紹介した相手が確実に伴侶となる紹介の場だ。


「ふふふ…婚約してしまえばこちらのモノ…教育など結婚してからも可能…本当に望まれるとはそういうこと」

「完璧を求めてはいません。彼女が僕を愛してくれればそれで」

「良くてよ。本当はダメだけど、この場合はその愛が大事だもの。彼女には民衆たちにとって輝かしい象徴であってもらわなければ」


 扇子で口元を隠しながらにんまり(逃がさねぇ)と笑う妻に、応えるようにっこり(勿論です)と笑う息子。笑い方は異なるが、性質はそっくりだ。

 王は、妻に用意周到に外堀を埋められて、告白の瞬間すら誘導された過去を思い出した。

 それが発覚した日は自分愛されていると強く感じたが、宰相には慄かれたものだ。息子はそんな妻の性質をしっかり受け継いだようだ。


 ついこの間まで、粛々と役目を果たそうとする息子は、若い頃の自分を見ているようだったのに。


 やはり呪いの副作用だろうか。

 報告されているアルバートの婚約者となった少女に対する溺愛ぶりを思いながら心配するが、呪い師も魔女も「あれが正常」「ほんの序の口に過ぎぬ」と口を揃えて副作用を否定した。序の口ってどういうことだ。お前たちには何が見えているのだ。

 …そう、魔女と言えば。


「ベルンシュタイン伯爵令嬢のことは一先ず置いておいて…」

「学園も休ませて。全力で囲うのよ。伯爵家への説明は陛下に頑張ってもらいましょう」

「どれだけ急いでも三か月が最短…熱が冷めないよう民への情報は小出しで行きましょう。三か月後の婚約式だけは周知して、事情や僕らの仲睦まじい様子を少しずつ…」

「聞いて」


 さくさく計画を立てる二人にしょんぼりしながら、王はその問題を口にした。




呪い師や魔女については後日別のお話しで。


この作品はふんわり平和王家でお送りします。

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[良い点] >自称猪令嬢 ……自称猪令嬢  自 称 で す か ? [一言] 国王陛下、お疲れ様です。
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