めでたし、めでたし
潜んでいたアルバート視点。
裏側が見えなくなったあたりから何を考えていたのか。
それは婚約式の日程が決まり、エディがイヴの専属護衛になって少し経った頃の事。
信用回復の為奔走していた側近候補シオドアが、執務に参加するため現れた。
候補の中では最年少だったシオドアは、少年らしさの残る顔をしている。その愛らしい頬は少しやつれ、逆に大人としての色気を手にしたように見えた。
迷惑を掛けたことを詫び、深々と頭を下げたシオドアに、アルバートは激励の言葉を掛けた。
シオドアはそれに涙ぐみ、また深く腰を折る。
書類から目を外さずに、様子を窺っていたマーヴィンは、もう少し時間がかかると思っていたので予想外に早いですねと嘆息する。独り言のつもりだったが、人数の少ない執務室では響いたようだ。シオドアは苦笑しながら答えた。
「婚約者に、本当に信用されたいなら仕事と私の両方をしっかり両立させなさいって怒られました…」
「逞しい婚約者だな」
それもそうだと切り替えて来たシオドアも、あれから時間が経って何とか立ち直ったようだ。やつれてはいるが、目は死んでいない。アルバートは満足げに一つ頷いた。一方マーヴィンは、からかうように口元を歪める。
「仕事と私どっちが大事なのって言われる心配がないですね」
「言われないように両立頑張ります…もう呆れられたくないので…!」
「ああ、その気持ちはわかる。共に頑張ろう」
「はい殿下!」
「ちなみにレイモンドは?」
もう一人の側近候補は未だに姿を見せていない。
時間を与えるとは言ったが、婚約式を終えても戻らないようなら判断を下さねばならないだろう。
…が、復帰は難しいと考える。何故ならば。
「婚約は破棄されたようだ」
「駄目でしたか…」
「レイモンドは当たり前です!あいつ周囲に『自分は呪われていたんだから被害者で、婚約者への態度は仕方がなかったんだ』って言ったんですよ!呪われたから言いたくなる気持ちはわかりますけど違うでしょ!アップルトンに対しては被害者でも、婚約者に対しては加害者でしたよ僕ら!…うううゴメン嘘だよ君は間違ってない僕の言動がおかしかったんだよぉ…!」
プンスコ怒ったり落ち込んだりするシオドアに思わず苦笑する。
レイモンドはプライドの高い男だ。確かに彼は被害者だったが、呪いにかからない男もいたことがあり、周囲は魅了された側にも何らかの要因があったのではないかと思うものもいる。解明されていない呪いなので事実は不明だが、婚約者からしてみれば疑ってしまうのも仕方がない。被害者であるが加害者でもあるのだから誠実に向き合うべきところを、レイモンドは間違えた。
自分の意志ではなかったのだと、そう信じて貰わなければならなかった。
ちなみにアルバートは、魅了の効果はロレッタとの接触回数が鍵ではないかと思っている。何故なら呪われていても真実の愛認定されるくらいイヴを想っていたので、他の女が入る心の隙間などアルバートにはない。魅了の呪いで得た好意は、偽りの感情だ。
とにかく、対応を間違えたレイモンドは婚約者に完全に拒絶されてしまった。
今後彼がどう出るかによって、側近候補として仕事が可能か見極めなくてはならない。追い詰められた人間がどう行動するのかは、流石のアルバートにも読めはしない。
「レイモンドはプライドが邪魔をしましたね。やはりこういう時は殊勝にならなくては」
「そうです。本当にずっと一緒にいたい人なら、泣いて縋ってでも許しを乞わなくちゃいけないんです!」
「泣いて縋ったのか」
「た、例えです例え!…ちょっと泣きましたけど…」
ちょっと泣いたらしい。
「で、でもカッコつけないからこそ本音がわかるって言ってくれましたし!抱きしめて撫でてくれましたもん!弱みだって見せる価値があるんです!」
「可愛がられているじゃないですか貴方」
力関係が決定しているようだ。
…しかしそうか、弱さを見せることで本心を伝える…その手もあったか。
それは、イヴにも有効かもしれない。あの娘はおそらく搦め手よりも、真っ直ぐな感情の方が伝わりやすい。思うままに口説いた結果目を回して混乱していたこともあるし、方向性を変える必要もある。
こちらが弱さ…弱みとなる感情を顕わにすれば、肩の力が抜けるのではなかろうか。
「ありがとうシオドア。参考になったよ」
「はい…?良かったです…?」
首を傾げるシオドアに、溜まりに溜まった書類の山を渡す。シオドアは口元を引きつらせたが、唾を飲み干しやってやると決意新たに書類の山を受け取った。
という訳で方向性を変えて嫉妬して拗ねたり彼女の行動に驚いたりしたとき、いつもより分かりやすく表現してみた。
すると彼女には言葉を尽くして訴えるより、無言で身を寄せる方が有効だと分かった。
勢いで了承を得たいときは言葉の方が有効だが、気を惹かれるのは無言の主張の方らしい。勿論何も言わなければ誤解される時もあるので、いい塩梅をこれから探るしかない。
交渉として言葉を尽くす以上に、アルバートは彼女の心が欲しい。
だから婚約式の日にアルバートは、イヴの逃げ場を封じてから『ちょっと弱気な自分』を演出した。
強引なだけではいずれ破綻することはわかっていた。イヴだって馬鹿ではない。流されるままに婚約式をしても、いずれ勘違いや違和感に気付くこともあるだろう。その時に、アルバートがただ押し切るのはよくない。というかその手法は何れ慣れられる。お互いまだ慣れていないからこそ通用するのだ。
だから今のうちに、確かに言葉で受け取る必要がある。
互いの気持ちを再確認し、言語化する必要がある。
奇跡だけじゃない、彼女がアルバートをどう思っているのか。その気持ちを、口に出す必要がある。
繰り返し繰り返し、刷り込まなければ。
ねえ君は、僕のこと―――呪いを解くほど愛しているでしょう。
それでも、エディの存在は不動だった。
それが彼女だと思っても、彼女の全ての一番になりたいと思ってしまうのは仕方がない。好きだと言ってくれる奇跡に感謝するだけでは、アルバートは満足できない。欲深いと言われても仕方がない。捕まえた自覚があるからこそ、彼女からの好意が欲しい。
そもそも何故イヴはあそこまでエディにご執心なのだろう。
僕になくてエディにある、彼女が好むもの…筋肉…?
イヴの好みになりたくて研究したことがあるが、アルバートはなかなか筋肉がつかない体質だった。
鍛錬の時間を増やしてみたけれど、思うような筋肉は付かなかった。この点に関しては、どうしようもなかった。鍛えていないわけではないが、体質の問題だ。言い訳にはなるがひょろい訳ではない。ただ、がっしりとした体格には向いていなかった。
欲しいものに限ってなかなか手に入らないのは、本当にままならない。
だから、手に入るチャンスを逃すわけにはいかない。
―――イヴは自分がアルバートに好意を抱いていると疑いもしない。
そう言うものだと認識して―――アルバートを知った後も、降り積もるように好意を持ってくれている。
このまま、このまま、囲って閉じて捕まえる。
婚約式で交換した宝石は、結婚式までに豪奢なネックレスに加工するつもりだ。
あの細くて白い首に、最高級の首輪を飾る。
その重さで彼女の足が鈍るとは思えないが、それでも自分のものだと他者の目にわかりやすい証が欲しい。
早く三カ月経たないかなともどかしく思った。
愛しているよ僕の天使。
大丈夫、二人の愛は永遠だ。だって僕らを繋ぐのは真実の愛なんだから。
そう思い込めば、それが真実になる。
だから信じていて、イヴ。
この世には、真実の愛があるって。
―――僕もそう、信じている。
だからこれは、めでたしめでたしで間違いない。
それ以外の結末を、彼女に与えるわけにはいかないからね。
その後イヴは勘違いに気付いたのか?
その事実が重要でないくらい時間をかけて愛を育めたのか。
笑い話に出来るくらいの仲になれたのか。
最後まで何も気付かず転がされていたのか。
それとも騙されたと嘆いて実家に帰るのか。帰れるのか?
それは誰も語らないめでたしめでたしの先の話。
ここまでありがとうございました。
同じ世界設定の「婚約者はアマガエル」もよろしくお願いします。
近いうちに新連載「眠れる塔の美…?」を連載予定です。
よろしくお願いします_(._.)_




