いつか来ると思っていました…いえアナタではなく!!
前後編で完結していましたが連載となりました。
ビビり散らすイヴと笑顔で企むアルバートをもう少しよろしくお願いします!
早速イヴがビビっています。
お姫様は呪われた王子様と真実の愛の口付けを交わし、愛の力で王子様にかかった呪いは消えてなくなりました。
呪いが解けた王子様は、お姫様と死ぬまで幸せに暮らしました。
めでたしめでたし。
愛の力こそ偉大。愛こそ無敵。愛があれば大抵のことは何とかなるなる何とかなる。
呪いには愛が効くとこの国の人なら幼児でも知っている。お伽噺の様な本当の話。ただ呪い師や魔女が居ても、呪いを跳ね除けるような事態は滅多に起こらない。それこそお伽噺の様な呪いはリスクが高すぎるので、余程のことが無い限り誰もかけない。
だから、信じられていても…実際に愛で呪いを解く瞬間など、それこそお伽噺の中でしかなくて。
実際にそんな事態が起きたならば、きっとその愛の物語はお伽噺のように周囲に祝福されてめでたしめでたしで終わるのだろうと、夢見る呑気なイヴ・ベルンシュタインはそう思っていたのです。
思っていました。
思っていたのです。
イヴ・ベルンシュタイン―――この度アルバート殿下の呪いを事故チューで解き、殿下の婚約者に内定いたしました。
真実の愛で、殿下を救ったから。
「殿下への愛だけで婚約者になれるのなら、わたくしにだって殿下の婚約者になる資格はあるはずですわ!」
まったくもってその通りです―――…!
どうも、うっかり事故でアルバート殿下の魅了の呪いを解いてしまった無自覚純愛女子のイヴ・ベルンシュタインです。
アイェエこの感じからして既に事故!!言っている意味が分かりません!無自覚純愛女子とかただの天然鈍感ですよね知ってた!!それが私だとは思いたくないです助けてお兄さま!!
階段下の接触事故から数週間。殿下の呪いを真実のあ…あいあい…あいあいあい…!真実の愛の口付けで解いた私は、まだ王宮に滞在していた。なんでやねん根子生えているんですか何故御帰宅せず長期滞在しているのか。ほんとなんでこうも長引いているんですかね誰か知ってる!?誰も答えてくれないんです怖くない!?助けてお兄さま!!あれから二回ほど顔を出してくれているお兄さまも無言で首を振るだけなんですけどなんで!?流石にそろそろお家帰れますよね何事もないですもんね!?おうちかえしてぇえええ!
殿下?ひたすら甘くてデロ甘で会話するたび溶けそうで長時間のおしゃべりが出来ません!!夜空の煌めきに蜂蜜を溶かしたみたいなドロ甘な熱視線に湛えながら細胞の一つ一つまで誘惑するような接触を受ける身にもなってくれません!?ときめきに殺される!!なんだか熱々の蜂蜜に全身を絡められている感覚がします!!助けてお兄さま!
おかしくない…?おかしくないですか…?確かに魅了の呪いは恐ろしいですがもう大丈夫では…?むしろ殿下が私にメロメロ状態でなんか副作用みたいになっていません…?あっ、呪い師も魔女も問題ないと太鼓判…?うっそやん…愛情がハート型になって乱舞するのを幻視するくらい構ってくるよ…?接触事故以前は数回挨拶を交わした程度のどこにでもいる伯爵令嬢にだよ…?おかしくない?
私がメロメロになるのはわかる。いやメロメロしていませんけどね?していませんよ?ドキドキハラハラそわそわさせられっぱなしだけどメロメロでは…めろめ、やめて!動悸息切れで胸が苦しいのに無自覚純愛女子を見るような目はやめてください周辺各位!!主にお世話をしてくださる侍女の皆さま!!そんな微笑ましい視線を、生温かな視線を送るのはやめてください後生ですから!!後生ですから!!
接触事故とはいえ殿下の呪いが解けたのだから、私の無自覚に隠された純粋な想い(自覚がないんだから隠しようがないのでは…!?)は周知の事実。殿下ほどわかりやすくメロメロしていなくても、私が殿下にメロメロなのは私よりも皆さんの方が分かっているという、こっぱずかしい状態なのである。戸惑う私を見ても「何て初心で慎ましい子なのかしら」なんて、想い人に優しくされて慌てているとしか認識されていない。真実の愛の口付けをするほどの愛を秘めているってわかり切っていますからね!!
うがあぁあああああいっそ殺してぇーって叫びたくなるくらいの羞恥心…!!
そう、私は殿下に愛を示して呪いを解いた。殿下はそんな私の想いにお応えになり、とても大事にしてくださっている。何なら周囲も好意的で、現代の奇跡。お伽噺の幸福な結末を誰もが見守っている。やめてそんな目で見ないで溶けますでろでろに!!
当人が理解していないのに周囲の理解が深すぎる…!!
そう、周囲はめでたしめでたしを目指して動いていて、私はその流れにあっぷあっぷと流されまくっている。こりゃやべぇや何とか踏ん張らないと…!と思う度殿下に腰を抱かれ耳元で愛を囁かれ不整脈を起こしてしまう。助けてお兄さま。
ええ、ええ、流石に分かっていますよこの流れは…私ってば殿下の婚約者に抜擢されている…!?ってわかっています。はわわ恐れ多い…!始まりは不敬罪ですよ本当にいいんですか…!?皆さんちょっと冷静になりましょう!?私も冷静になりたいのでお家に帰してもらえませんか!?いつの間にか婚約者に内定したからってずっと王宮にいるのもおかしな話だと思うんです!!思うんです!!何故帰れないんですかうえええんおうちかえしてぇえええいや本当にいつの間に内定したの?殿下から聞いたけど本当?そこんとこも詳しくお話願いたいですおとーさまぁあああ!!
お家に帰って、私も冷静になりたいのです!
だって私には愛しかない。
その持っているはずの愛ですら自覚が足りなくて、ただただ気持ちと自覚がついてこない。偉い人たちにころころと転がされている私。大変よろしくないのです。
勢いは大事かもしれませんが、冷静になりたい。
そうよ冷静になるのイヴ・ベルンシュタイン。私は殿下を想っているみたいだけど、伯爵家という身分はあるけれど、王妃となるには教育が足りない。後ろ盾としても効力は弱い。きっと殿下の為になれない。あの方の傍に居る理由は本当に愛だけ。私は婚約者候補にすら名前が上がらなかった娘で、殿下の隣を目指して来たご令嬢たちとはご令嬢レベルがそもそも天と地の程の差がある。
だからいずれこうなるとは思っていた。
「イヴ・ベルンシュタイン!わたくしは貴方を認めませんわ!」
でもだからって王宮の回廊でデデーンッて力強く言うことではありませんよねー!?しっかりなさってご令嬢!!その行為は!!貴方を!!盛大に!!貶めていますよ!!
流石に部屋の中でじっとし続けるのは身体が鈍る。部屋は広いけど、王宮の侍女さんたちが見ている中で鍛錬を始めるわけにもいかない。流石に無理です。こっそり目を盗んでスクワットとかしているけれど、本格的な型を使った鍛錬などはこの数週間一切行えていない。お、衰える…!鈍ってしまう…!恐ろしい…!
動きたいけど動けない。そして暇している私は、こっそり堂々と鍛錬するため王宮図書館へと足を運んでいた。部屋を出て歩くだけでもやはり違う!分厚い本を抱えて歩くことでさらに筋力強化!目を盗んで軽く上げ下げすることでダンベル代わりにもなる!一粒で二度おいしいとはこのことですね!
なんて、るんるんしていたのが悪かったんですかね…。
適度に重い本を見繕って部屋に戻って読書(鍛錬)でもするかと王宮の回廊を、護衛を引き連れて歩いていたら…前方から視線のきついご令嬢がやってきて、ご覧の有様です。
いや何をなさっておられるでございまするか!?この国のご令嬢実は猪だらけです!?もうちょい熟慮が必要ですよ!?
此処は!!王宮!!チャンル学園の廊下とは一味二味百味くらいは違う誰が通るかもわからない回廊ですよ!?あちこちに警護の騎士様が配置されていますよ!?そんなところで恥も外聞もなく何をなさっておられるのか!
私に文句を言ってきたのは、言動から察するにアルバート殿下の元婚約者候補だった方。残念ながら、婚約者候補筆頭のマデリン様が婚約者として有力過ぎてその他の方々のことは無関係だった私には把握できていません。マデリン様が未来の王妃なんだろうなーって思っていたので。
現在その場に最も近いのが私ってなんの冗談でしょうか。助けてお兄さま。
そう、真実の愛に感じ入って祝福する人々ばかりではないのです。勿論ぽっと出の私に不満を抱く人は沢山います。それこそ、目の前のご令嬢がそれです。
婚約者候補筆頭が公爵家のマデリン様だからこそ諦めモードだったのに、真実の愛を示した私がぽんっと婚約者になったことに思うところがある様子。
目が合えば、キッと睨まれます。女性の睨みは怖いです。私的に肉体的には簡単に制圧出来るご令嬢だと思いますが、精神的に怖いです。女性に睨まれるってなんでこんなに怖いんですかね?助けておに…だめだ女性関係で兄を頼ってはならない!!見守っていてくださいお兄さま!!
「殿下の呪いを解いた功績は認めます…ですがそれとこれとは話が別ですわ。貴方の様に他に取柄のない方が殿下のお隣に立つなど烏滸がましい。恥を知りなさい!」
デスヨネ!!
魅了の呪いを解いたからといって殿下の隣に居座る私が気に食わないの、わかります!
愛だけで良いなら自分だって行けるって思うんですね。そこはちょっとわかりません!その自信はどこから来るのでしょう。マデリン様が言うならわかります!あ、でもそもそもマデリン様には殿下への愛が無い…あれ…?
「一時の過ちで殿下の未来に影を落とすなどあってはなりません。愛しかない貴方と違い私は侯爵の出。あの方への愛情だけでなく忠臣であるお父様を持つわたくしのほうがアルバート殿下にはふさわしいですわ!」
自信家過ぎませんか!?私の方が彼を愛しているのよってよく聞きますけど本当に言えちゃう人って自信家過ぎませんか!?堂々と胸を張って宣言出来るのすごいと思います真似できません!!
何より、言い返すことが出来ません。
何せ私には、愛しかない。彼女の言う通り本当に愛しかない。ご令嬢が言うように、後ろ盾として強みのある家柄でもありません。騎士団にちょっと影響あるかなってくらいです。
私には愛しかない。
愛しかないのに、その愛に戸惑いしか覚えておりません。
…と、戸惑いしかない―――!!真剣に考えるのもこっぱずかしい―――!!
なんといっても時間だけはあったので、愛とは…?って偉い人が考えるポーズをとりながら考えてみたけれど、哲学めいた言語が乱舞するだけで意味が分からなかったです!!意味が!!わからない!!愛とはなんぞ!?しかも真実とかなんぞ!?真実とは!?
真実の愛の奇跡を起こした私がわからないのに皆さん良くお解りになりますね…!?愛の伝道師とは皆さんのことでは!?ちょっと立場変わってくださいお願いします!!
アッいえその、殿下が嫌いとかでなく…!この立場に不満があるわけではなく…!あるのは不満で無く不安なので…!!助けてお兄さま!
「見苦しい真似はおやめになって」
「マデリン様…!」
おっと呼んだ人とは違う人が御出でになった。
ざっと音をたて颯爽と現れた公爵令嬢のマデリン・エフィンジャー様。アルバート殿下の婚約者筆頭候補と言われていた御方。今日も一段とお美しい。お美しいのですが…。
何故でしょう…颯爽とした御登場なのに、猪が突っ込んでくる姿を幻視してしまうのは!!効果音と優雅な動作が一致しない所為でしょうか!?
「マデリン様は悔しくないのですか!アルバート殿下の婚約者になるべくあれほどまでに努力されていたではありませんか!」
「お黙りなさい」
「ぴゃぁ」
私に言われた訳じゃないのに私が悲鳴を上げてしまった…!だってマデリン様の目がお婆様に激似…!ヒャッハーしすぎたお爺様を見つめるお婆様の視線に激似です…!
あの目に見つめられると生まれて来てごめんなさいって地面に額を擦り付けたくなるんです!
「確かにわたくしは努力しました。ですがそれは、わたくしがわたくしの為にしたこと。アルバート殿下の為等、押しつけがましいことを言うべきではありません。そのようなことは許されませんわ」
許されると思う―――!!
言ってもいいんじゃないでしょうか!?王家の為、いずれ王妃となるべく教育を受けていたと言っても過言ではないですよ!?一言位は許されるのでは!?私が言うのもなんですが!!私が言うのもなんですが!!
マデリン様はアルバート殿下に恋慕の情はなかったというけれど、問題はそこだけじゃない。そこだけじゃないのです。なんかこうあやふやながらいろいろあったはずなのです。いろいろぉ!!
婚約者候補だから確実じゃないにしても!いろいろ言いたいこと言っていいと思うのです私が言うのもなんですが!!私が言うのもなんですが!!ホント助けてお兄さま!!居た堪れないです!!私をここから連れ出してください!!
「何よりイヴ様が何もしていないだなんて思い上がりですわ。御覧なさい!自らの足で図書館に足を運び、自ら本を選び勉学に励む勤勉さを!愛で地位を勝ち取りながら愛に驕らず自ら知識を得ようとしているではありませんか!」
っあー!違いますマデリン様違いますー!!これは流石に客室でじっとしているわけにもいかん身体が鈍るという運動不足解消であり王宮図書館にある分厚い本ってダンベル代わりに最適ですわって意味の貸し出し!そんな分厚い本を侍女の皆さんに運んでいただくわけにはいかず自ら鍛錬に乗り出しているだけなんです本当です!!自ら歩くのだって体力の低下を補うため…!!
そんなこと一言も言えるはずがないですねー!!流石にそれくらいの空気は読めます!お口チャック!
「それに貴方に殿下の何がわかるというの。たとえ好みを把握していても、それは表向きの殿下。殿下が心の底から本当に願うものを、貴方は殿下に与えられて?」
「それは…」
すみません私にもわかりません。
殿下の望むモノってなんですか。休憩ですか?睡眠時間ですか?私に会うために睡眠時間を削っていると最近知った私ですほげぇおやめになって寝てぇ。
私が心配するととても嬉しそうな顔をする殿下。ちょっといかん扉開きかけている気がします。そちらお閉めになって下さい。鍵もどうぞ。
「わたくしは、父から殿下が魅了の呪いにかかっていると聞いた時…迷いなくアップルトンさんに魅了を解くよう伝えました。わたくしでは、殿下の呪いを解くことが出来ないと分かっていたからです」
「それは…殿下があの時、アップルトンさん以外の女性を遠ざけていたから…」
「いいえ、やろうと思えば出来たことです。ですが私は、殿下に真実の愛を抱けていない。貴方はどうですか。本当に、自分ならばベルンシュタイン様に勝てるとお思い?殿下に迷いなく正面からぶつかっていった彼女に勝てると?貴方は呪われた殿下の呪いを解くほど真っ直ぐ愛していると宣言出来て?」
「そ、それは…」
ッアー!?事実が歪曲されて伝わっているぅうううう!?
迷いなく正面からぶつかったのではなく、殿下が着地点に滑り込んできたのを避けられなかった故の事故ですよー!?
というかその場にいらっしゃいましたよねマデリン様!?もしや脳内でいい感じに変換されている!?お伽噺みたいだわーってぽわぽわしていたのってもしかしてもしかしてもしかしたりします!?事故現場が無かったことになっていませんかマデリン様ァ!!
何処からどのように訂正しようかわたわたしている間に、婚約者候補のお嬢様はがくりと肩を落としてしまった。
「私にはできません…っ万が一呪いが解けなければ…私は殿下にとんだ不敬を…っ」
「そうでしょう。自分の想いを真実だと信じ切ることは難しいこと。そこに邪念が欠片でも混ざれば呪いは解けません。自分を疑い、想いに疑念を抱くようでは真実の愛の口付けにはならないのです。どこまでも純粋に相手を想うこと…それが呪いを解く愛の力なのですから!」
「私が間違っていました…!」
な、なんとでも言いようがあるのを正直に無理って言えるの偉いです…。
ただ、私相手には強気だったから、私舐められていますね。私に圧を掛けたら行けると思われていますね。というか八つ当たりみたいなものだったんでしょうね…そこに最終兵器猪令嬢が来てしまってこのようなことに…。
って猪令嬢ちょっとお待ちを。なんだかどんどん私の行為が勇敢で純真で神聖な行為になっていませんか?お待ちになって?そんなんでなくてですね?そんなんではなくてですね?あの時の記憶を失いでもしたんですか猪令嬢!!見ていらしたでしょう事故だったでしょーがっ!!
あっ待ってください気付いたらなんか囲まれている…!囲まれています…!野次馬さんたちがわらわらと…!聞き耳を立ててひそひそと…!あれが例のとか真実の愛とか呪われた殿下を正面からとかそんな捻じ曲がっていますから!!やめて誤解なんです間違いを浸透させないで!!あれは!!事故です!!事故チューです!!
い、居た堪れない…!
居た堪れないよう…!
私はこの場をマデリン様に任せ、逃げるようにこの場を去った。
助けてお兄さまぁー!!