事故チューですみません!
そんな一世一代の告白みたいな顔で何をおっしゃるのか。
思わずきょとんと首を傾げてしまいました。殿下は何故か、苦笑しています。きらきらと、瞳が星の様に煌めいているのに…どことなく、悲し気なような?不安を、覚えている?何故?
何がそんなに、不安なんだろう。私の気持ちはそれこそ国中に奇跡として知れ渡っているというのに。愛の奇跡があったからこそ、私は殿下の隣にいるのに。
婚約式。教会での署名に、宝石の交換。バルコニーでのお披露目に、婚約披露宴。
ところでお互い交換した宝石が豪華すぎてちょっと記憶から吹っ飛んでいましたが、あの豪華な宝石の加工を私が決めるんです?
婚約式で原石のまま交換し、結婚式で相手に似合う宝飾品にして再度交換するあれ。地位ある男性の場合は襟元を飾るボタンとして加工される場合もあるそうですが相手は殿下なのでどう加工したらいいのかもうすでに目を回しています。早急に決めないと三か月後の結婚式に間に合わないから急務なんですけどね!!――――三か月後結婚式だあああああああ!!
ぐあっと襲い掛かって来た焦燥を何とか真横にぺいっと投げます!!結婚式はまた後で!宝石の加工も後でです!!今は、殿下です!
だけど今更なお言葉です。どうしたんでしょう。
だって私は、言葉にするまでもなく行動で示している。呪いを解いて示している。
イヴ・ベルンシュタインは殿下を愛している。
それは、奇跡を目の当たりにした者たちなら疑いようのない真実なのに。
…でも確かに、奇跡って、漠然としていますからね。
私が理解できる範疇を飛び越えて、思いもしない結果を持ってきます。たとえ結果がそこにあっても過程が不明過ぎて、現実味が湧きません。はい、盛大に戸惑いましたとも。
もしかして殿下もそうだったのですか?
…そうですよね、お互い接点はほぼなくて、殿下が私を認識していても、私は全く関わりが無いと思っていました。それなのに私が殿下を想っている―――想いが通じ合っているというのは、信じられなかったのかもしれません。
だから何度も私に愛を囁いたのでしょうか。
私が奇跡を起こすほどの感情を殿下に抱いているって、確認していたんですか?
…あ、あれ、そういえば。
私、一回も言ったことが無かったのでは…?何せ戸惑っていましたし。どうしてこうなったとしか思えない時期もありましたし。正直今だって半分ふわふわしているところもありますし。
いいえ!これは言い訳です!!
と、戸惑ってばかりで誠にすみません…!!私ってば私ってば私ってば!
一言も、言っていませんでしたね…!
「わ、わたしゃはっ」
噛んだ。
とても真剣な場面だったのに勢い込んで噛みました。思わずそっと視線を逸らして口元を押さえます。
殿下、いつもだったら微笑まし気に見守るのに今日に限って真面目な顔を続行なのは酷いです。居た堪れない!!く、いっそ笑え!!
ゴホンと咳払いをしてもう一度。
「私は殿下が、好きです」
「それは…」
真剣な目のまま、殿下が問い返す。
「エディより?」
「お兄さまはお兄さまですのでジャンル違いです」
お兄さまはお兄さま。不動のナンバーワンでオンリーワン。たとえお兄さまにお嫁が来てお兄さまから私への扱いが変わっても、私が家を出てもお兄さまはお兄さま。夜空の月が姿を変えて見えなくなってもお空に浮かんでいるように、形が変わってもお兄さまは私のお兄さま。不変の決定事項です。
お兄さまが私の中で信仰対象なことに変わりはない。永久に。ええ、永久に。何せ私は妹なので。妹なので。
だけどそれはお兄さまというオンリーワンの話で…伴侶となれば話は別です。立っている土俵が違います。そう、ジャンル違いです。殿下とお兄さまどっちが好き?との質問は私と仕事どっちが大事なのと質問するのと同義。どっちも生きていく上で大事。ですが違うものです。並べられないのです。どちらも聳え立つので日照問題が起きます。お空見えない。
この想いがいつからか、残念ながら鈍い私にはわかりません。全然知らないうちから殿下を愛していた私には、この好意がいつ芽生えたのか、まったくわかりません。
何せ事故チューでやっと恋心に気付いたくらいです。それまで殿下と一切交流がなかったので、本当にいつ恋心が芽生えたのか永遠の謎。恐らく解明される時は来ないでしょう無自覚です。知らんがな。答えなんて知らんがな。
でも、お慕いしています。
ちょっと強引な所も、優しく気遣ってくれる所も、実は嫉妬深い所も。むすっと拗ねる御様子も。疲れていても足繁く通うマメな所も。実はテンポの速いダンスがちょっと苦手な所だって。
自覚の足りない私に愛を囁いて、求めてくださった殿下がいたから、私は安心して自分の気持ちを確認出来た。とっても恥ずかしかったけれども!!とっても恥ずかしかったけれども!!殿下が愛を囁いてくださったからこそ想いを見つめ直せたのだと思っている。肯定されるってとても大事ですね。とっっっても恥ずかしかったけれども!!!!
呪いを解けるほどの自信がなくとも、私は殿下が好きです。
あ、いや…解いちゃっているんですけど。前例持ちですけど!
「お兄さまのことは神と崇めるくらい好きですが殿下のことは呪いを解けるくらい好きです」
「真実の愛は疑っていないよ」
と言いつつ殿下は納得がいかないご様子。ちょっとむすっとなさっています。
え、なんで急にちょっと不満げなんです?いつも自信満々に愛を告げて…あ、勢いはあれど自信満々ではないですね!いっつも愛を乞うていた気がします!!私に?乞うの??あれ????
え、どうしましょう…ここは行動で示すべきですか?でも私からハグすると殿下は固まってしまうわけで…でも今は想いを確認し合っているわけで。
ならいいかな?いいよね?
柔らかなソファに沈んでいる腰に力を込めて、腰を浮かす。私より高い位置にある殿下の首に腕を回してぎゅっとするつもりだったのですが…移動すると勘違いしたのか、腰に回されていた殿下の手が私を留めるように動いた。
ぐっと温かな手に力が籠る。
いやいやどっか行こうとしているわけではなくてですね。片腕なのに力強いですね流石男性!
しかし私だって落ち着けば腕の中から飛び出すことだって―――よいしょっと腕を殿下の肩に回して、そのまま伸びあがって―――ぎゅっとするつもりだった。はい、そのつもりでした。
ですが、急な私の行動にびっくりなさったのか…殿下の拘束する力が一気に抜けて。
私は自分が思った以上の勢いで、伸びあがり。
ちゅっと。
「…」
「…」
「…あああああこれはその勢いが良すぎたというかにょむぅ―――――!?」
慌てて飛びのこうとした私の顔を、殿下の両手がガッと包んで。
あっという間に殿下との距離がまたゼロになり。
濃厚に蹂躙された。
これは蹂躙です間違いない。
何なら私という存在への侵略です。
だって私という自我が殿下に溶かされて一つになる様な錯覚を覚える。目が、目がまわりゅ…!!
気付けば私は夜空を見上げていた。
殿下のキラキラした夜空越しに、満天の星が広がっている。柔らかなソファの感触を背中に感じながら、何とか酸素を取り込もうとパクパク震える唇は、またすぐ殿下に塞がれてしまう。お、おおう!?くすくす笑いの吐息が!!吐息が!!
「そうだった―――そうだったね、イヴ」
あああ甘ったるい声ですダメですこれは脳が溶けます!
「君から口付けを賜る程度には、好かれていたね」
あのそこでおしゃべりされると私の呼吸は止まらざるを得ないんですが!?ほぼゼロ距離ですよ近、近い!はわわわわ!!
ちょっと待ってください一気にラブ指数が上がっていますけど違うんです事故なんです!
「ちが、その、事故で…っ」
「勘違いでもいいよ」
吐息がかかる距離で、殿下はとろりと囁いた。
「責任は取るから」
むしろ私が責任を取るほうではなかろうか!!!!
本当に本当に事故チューですみませんんんん!!!
あああああああ助けてお兄さまぁあああああああ!!!
その後私は真っ赤な顔で会場に戻ることとなり、周囲にはきらきらと輝く目で微笑ましく見守られ、二人の仲は安泰だと貴族たちにしっかり印象を植え付けた。
殿下の熱愛行動に大混乱な私の動転振りはどれだけ経っても変わらず…いつまでも仲睦まじく暮らしました、と締めの文句が飛び出てくるほどだった。
そう、結婚しても。子供を産んでも。王妃となっても。孫が生まれた後も―――。
死ぬまで二人は、幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし。
え、めでたしめでたしですよ?
めでたしめでたしですよね?
あと一話、続きます。




