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エディ・ベルンシュタイン 1

ふんわり王族ふんわり王国なのだからふんわり貴族だっている



「婚約式は護衛から外れる」

「しょんな!?」


 この世の終わりと言わんばかりの顔で兄を見上げる妹。慣れた重さを膝に感じながら、ふらりと倒れそうになる妹の肩を抱いた。途端にふにゃふにゃ幸せそうに胸元に頬擦りするのだから、この妹は大変チョロイ。愛玩動物よりチョロイ。

 ついつい指先で喉元を擽ればくふくふと機嫌よく笑う。しかしすぐにはっ、と理性を取り戻した。脳内がどうなっているのか知らないが、この妹は情緒の振り幅が大きい。溶けていてもすぐ理性を取り戻すし、真面目に会話していたはずなのにすぐ爆発する。


「な、何故です?婚約式程【囮ですよ狙ってください】と言う日はないでしょう?」

「何を釣り上げる気だ」

「私を呪っている誰かは釣れそうだなって…」


 釣れるだろうな。


 妹は呪われている。

 出歩けば、妹の足元には転べと言わんばかりに障害物が現れる。ぬかるみや水たまりも現れる。妹はそれらすべてを踊るように避けるが、温室育ちの王宮勤めはそうもいかず、相変わらず妹ではなく周囲の足元が危険地帯となっていた。

 観察するに、妹が転べば二次被害の奴らほどの被害は被らない。身体能力の差でカバーが可能。むしろ周囲の為にも引っかかっておくべきだ。引っかかったとしても体勢を整えて何ごともなく歩けるだけの体幹がある。

 引っかかっても痛くも痒くもないのだから、周囲の為にブービートラップは踏んでおいた方がいい。その方がいいとは思うエディだが、雇い主である殿下的に却下らしく未だ口に出してはいない。


 殿下は我が妹…イヴが呪いを躱す度、周囲から尊敬のまなざしを受けることに気付いている。当然か。

 呪いを解いただけでなく、たとえ呪われても呪いに屈しない姿に、呪いというものが未知であるからこそ、流石解呪の聖女様奇跡の乙女、とイヴを祭り上げる者が出ているほどだ。

 ちなみにイヴは一切気付いていない。前々から拝まれているので、まさか呪われることで信仰が上がっているとは思ってもいない。普通は下がる。上がらない。

 世間はそれだけ、真実の愛で呪いを解いたイヴを好意的に見ている。存在そのものが奇跡だからだ。

 エディには呪いの様子はわからないが、犯人は呪いを解いた女に呪いをかけるだけの度胸がよくあるなと毎度思う。


「勿論俺以外の護衛は付く。むしろいつも以上に護衛がつく」

「何故そこにお兄さまが含まれないのです…!沢山の人に守られるのはわかりますが何故…何故お兄さまが…お兄さまが居ない…?護衛騎士の正式な礼服を着たお兄さまがいない…?え、私は何を楽しみに婚約式を乗り切れば…?」

「殿下を見ろ」


 一大イベントで婚約者でなく実兄を眺めるな。


「そもそも何故護衛から外れて…?クビです?あり得ませんが?」

「ベルンシュタインの伯爵代理として、婚約式に出席することになった」

「えっ」

伯爵()は婚約式が急すぎて出席できない。むしろ結婚式になんとしても出席するため仕事を圧している」

「みっ」


 イヴは不思議な鳴き声を上げて顔を真っ赤に染めて黙り込んだ。相変わらず、直接的な言葉に弱い。結婚というワードも照れ要素なのか。


 この婚約式が急だったこともあり、ベルンシュタイン同様伯爵代理で出席する者も多い。間に合わせてこそ一流だが、ベルンシュタインはそこまで器用じゃない。

 だからこそ、結婚式に余裕を持って出席するため泣きながら仕事をしている。

 ちなみに祖父は影響力が強いのでこっそり様子を窺っている。後ろ盾としては強いのだが、その後ろ盾で婚姻を決めて欲しくないのだ。


 何せベルンシュタイン伯爵家の愛娘、イヴの将来がかかっている。


 正直、イヴは王妃の器ではない。その気質は騎士を輩出するベルンシュタイン。戦時中ならばその肝の太さが活かされたかもしれないが、今は王家が武力を前面に出す時ではない。

 しかしそんなイヴが今、奇跡の乙女として注目を浴びている。

 ベルンシュタイン伯爵家のじゃじゃ馬(お姫さま)ではなく、愛する人の呪いを解いた奇跡の乙女として、民衆から圧倒的な支持を得てしまったのだ。


 やだ我が家の御姫様が御姫様(王妃)になっちゃう…!!父は余りの衝撃に膝から崩れ落ちた。


 軟弱者と怒鳴りながら、騒がしくなった周囲を牽制するため重い腰を上げた。然しながら盛大に迷っていた。


 王家が、そのままイヴをアルバート殿下の婚約者として、将来の王妃として取り込もうとしていたからだ。


 本来ならここでイヴの為にも、情報操作をして時間を稼ぐべきだ。突然のことに仔猫の様に飛び上がって驚いているのは想像に難くない。孫娘の為、愛娘の為、民衆の勢いに流されてはならない…ならないが、伯爵家は手が出せない。何故なら相手が王家。守護を誓った一族である。

 それでも我が家のお姫様(イヴ)の為に動くべき…なのだが、そのお姫様(イヴ)の為にも動けなかった。


 イヴが、殿下の呪いを、解いたという事は。

 イヴが、殿下を、愛しているという事だ。

 つまりこの婚姻は―――誰にも邪魔されずスムーズにイヴが想い人と結ばれる最善になってしまうのだ。


 殿下がイヴに懸想しているだけなら全力で邪魔したのに!!イヴが殿下を愛しているなら応援することしか出来ない…!!

 父はレースのハンカチを嚙み千切った。祖父は物は大切にしろと鳩尾を殴った。


 ただイヴが殿下に懸想しているだけならば、王妃としての覚悟や不足を補うための教育や婚約者候補に連ねるためコネを有効利用するのは吝かではない。勿論淡い恋心を蹂躙するつもりで王族の一員になる責任や上に立つ者の心構えを厳しめに教育するつもりだ。是非諦めてくれと言外で叫びながら教育する。そんな立場的に遠くへ嫁がないでくれ。適度に良い男を見繕うからそんな茨の道はやめてくれ。男親は娘の色恋に心臓を痛めている。ヤベェ臓器を痛めている。

 しかし今回はそんな単純な、伯爵家の内部だけでどうにかできる話ではない…王家は殿下の呪いを解いた乙女(イヴ)を、殿下の醜聞(魅了)を吹き飛ばすことのできる婚約者(イヴ)を、決して逃がさないだろう。そしてそれが、愛娘(イヴ)の恋心を叶える結果となるのだ。


 どうしろっていうの~~~~っ!!父は泣き叫んだ。祖父は腹を括らんか軟弱者っ!!と叱責を飛ばしたが涙目だった。


 ベルンシュタインに出来るのは、全力で末っ子(イヴ)の味方となり支え続けることだけだ。


 それが、ベルンシュタイン家の総意。王妃としては未熟な娘と分かっているからこそ、王族として潰れないよう支える事。

 エディがイヴの護衛に横流しされたのは、アルバート殿下一人の思惑以外にも祖父が睨みを利かせたことがある。

 民衆からのイメージである奇跡の乙女を黒の悪夢の孫娘に塗り替えぬよう、近付けぬ祖父が実兄であるエディをイヴの傍に置くよう嘆願(恫喝)したのだ。

 しょんぼり気味だった妹がそれだけでハラショーと叫び踊るのだから、祖父も妹をよくわかっている。否、兄妹が一緒にいるところを見たことがある人間には、非常にわかりやすい妹だった。


 そんなわけで、ベルンシュタイン家は沈黙しているが、放置したいわけではない。

 派手に動けぬ祖父の代わりに、不器用な父の代わりに、次期伯爵であるエディが伯爵代理として婚約式に出席する。その結果、殿下の婚約者(イヴ)の護衛の任から一時的に外れることとなる。

 公式の場なので護衛は多いし、専属も必要ない。思惑あれど婚約者の実家が不参加ではいらぬ噂を呼ぶ。なにより伯爵代理と言えど次期伯爵。将来の為に顔を売るにはもってこいの場であった。


 わかっているのだが、妹の落胆は深い。

 結婚というワードで盛大に照れた後、何やら青くなったり白くなったり赤くなったり表情をくるくる変えている。令嬢として落第もいいところだが、兄の膝の上だからこその無防備さだ。何より顔に全部出ているのに…感情の回転が速すぎて何を考えているのかさっぱりわからない。

 赤くなった後に泣きそうな顔をするが、すぐにはっとひらめいたように目を見開いた。


「つまり騎士の礼服でなく貴族としてのお兄さまを拝見できる何気に希少価値の高い事態…?」

「殿下を見ろ」


 実兄の服装より見る物があるだろう。


 エディの言葉にわたわたと慌て出す妹を見下すと、何度目になるかもわからぬ疑念が胸を過った。


(―――本当に、イヴはアルバート殿下を愛しているのか)


 妹から一心に愛情突進(ラブアタック)を繰り返される実兄は、ずっと疑っていた。


 何せ、エディの妹は、感情を隠さない。隠せないともいう。

 流石に社交の場では取り繕うが、好意を隠すのが下手くそだ。少しでも好意を抱いた相手にひたすら好き大好き信頼してます尊敬してます心許してますと言わんばかりの笑顔を見せる。一定の好意を越えると飼い主を見つけた仔犬に進化する。今の所、そのラインは家族限定だが、友人を見つけた妹はぱっと笑顔になり足早に駆けていく。ちなみにエディを見つけると跳びはねて喜んで転がるように駆けてくる。間違いなく飼い犬の反応。


 そんな妹が、好意がわかりやすい妹が、無自覚だったとはいえ、その恋心が誰にも気付かれないなんてあり得るのか?


 少なくともエディは一切気付かなかった…自身が朴念仁である自覚があるので、単に気付かなかっただけかもしれない。しかし通りすがりの殿下を眺める妹の視線に、敬愛はあれどそれ以上の熱を見たことはなかった。多分。きっと。恐らく。なかったはずだ。


 呪う力がからっきしのイヴでも出来る、解呪法。

 誰でも出来る代わりに、真実の愛がなければ効果はない。

 どんな呪いでも、必ず解くことが出来る最大の魔法(おまじない)―――真実の愛の口付け。


 強大な呪いにお目にかかることは稀。呪われた相手に口付ける事の出来る者も稀。そもそもそこに真実の愛があるかも稀―――これぞ奇跡と、大衆が盛り上がるのはわかる。

 わかるが、エディはどうも、イヴがアルバート殿下に真実の愛を抱いていることに違和感を持っていた。


(見極めなければ)


 ただでさえ、呪いを解いた奇跡の乙女だとか聖女だとか持ち上げられているのだ。大衆が完全にお伽噺をめでたしめでたしで完結させようとしている。王子の呪いを解いたのだから二人は結ばれると本気で思っている。何なら隠れた恋人説も浮上している。むしろ最有力説だ。まさかほぼ顔も合わせたことのない男女だと思うまい。

 王家としても、魅了されていたという醜聞を真実の愛の奇跡で塗りつぶしたい。伯爵家は愛娘の恋を叶えたい。利害は一致して、誰も二人の婚姻を妨げる気はない。勢いのまま二人は結ばれることだろう。


(本当にそれでいいのか)


 エディは、イヴから大好き大好きと擦り寄られる飼い主だ。間違えた。実兄だ。

 妹の幸せを願っている―――だからこそ、ここで思考を止めてはならない。父や祖父より傍に居るからこそ、見極めねばならないと思った。

 呪いというものが解明され切っていないからこそ…本当に、解呪は「真実の愛の口付け」だったのか。それ以外の理由はなかったのか。イヴが本当にアルバート殿下に惚れているのか。

 専属護衛として、二人を観察し続けた。

 観察し続け。

 気付いた。


(…殿下からイヴへの愛が重い)


 お か し い 。



真実の愛を信じる国民性でも接点がないってわかっている側としては疑問点しかないのである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そこに気付けるとか、天才かよォ!!
[良い点] イブは家族に恵まれてよかったな。 お兄様、正解に近づいてる、頑張って!
[一言] 飼い主w
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