ロレッタ嬢の特異性
久しぶりのアルバート殿下
お兄さまのお膝でえぐえぐ泣いた日の夜、訪れた殿下はダンスレッスンではなくガッツリ雑談を選択なさった。そんな気はしていました。ロレッタ嬢の件、報告が入ったはずですもんね。王宮内の出来事ですからね!!
レッスン室ではなく、私室となった客室でお茶の準備。婚約式をしてから移動だって言われていますがもうここ私の部屋ですから!!最初の軟禁生活が懐かしいですね!!!やけっぱち!!お兄さまが私から離れて壁の花になってしまう!!寂しいですお兄さま!!あ、こんばんは殿下そこに座るんです?ちか、近い。あ、恋人の距離ですね理解。お兄さまと同じ距離はまだ慣れませんが頑張りますよ!!
目標は殿下のお膝に座ることです!!
なんて目標は置いておき、本題です。
話題は勿論、ロレッタ嬢の事。
…周囲が気を遣ってくださったことはわかっていますが、私は知っておかなくちゃいけないと思うんですよね彼女のこと。王宮に居るなら尚更に。
そう、王宮に居るのなら。私ってば彼女はとっくの昔にお家に返されたものとばかり思っていました。全く話を聞かなかったので、すっかり忘れていたとも言います。
いや、それどころじゃなかったので…覚えることが多すぎて。
ですが、そうとも言っていられません。
何故、魅了の呪いを(偶然とはいえ)掛けたロレッタ嬢が、未だ王宮に留まり(監視員がいるとはいえ)自由に歩き回っていたのか。
「彼女は被験者として研究所に在籍しているんだ」
「はい?」
なんて????
ロレッタ嬢が起こした事件が事故であると判断されてすぐの事。
事故だとしても過失。何のお咎めもなく開放することは出来ない。何より真実の愛の奇跡と一緒に、王子を魅了した悪い魔女として存在が流布されてしまったロレッタ嬢は、そのまま実家に帰るのは危険と判断された。今回の事件は物語の様に民衆に広まったので、悪役としての立ち位置にあるロレッタ嬢のことも悪い意味で有名になってしまった。
幸いなことに、ロレッタ嬢の実家は判明していない。ロレッタ嬢の実家のご近所で八百屋の看板娘は貴族に買われてしまったと噂になっているが、その娘がチャンル学園に入学したなどという噂は流れていない。そして悲しいことに、貴族に見初められて買われる平民の女性は少なくない。
けれどこのまま実家に帰ればばれてしまう。ばれてしまえば、家族ともども民衆の餌食になりかねないので情報操作と、ロレッタ嬢の帰省禁止令が発生した。これに関しては、ロレッタ嬢も納得していることらしい。
そんなわけで実家に帰れないロレッタ嬢は、呪う力を研究する施設の被験者となることになった。
なんて??
「彼女がどうやって魅了の呪いをかけていたのか聞いたかい?」
「譫言の様にらぶりーきゅーてぃーと言っているのは…あとなんでしたっけ、ずっきゅん?」
不思議なポーズも必要らしい。人差し指だけ立てて、腕を地面と平行に突き出して、ずっきゅんのきゅんあたりで肘を曲げ、指を上に…不思議な動きです。
ところで隣に座っているのに対面になっている殿下が心臓を押さえているんですがどうなさいました?指は当たっていなかったと思いますが?刺してないと思いますが?
「イヴ…魅了の呪いを掛けなくても私は常に君に魅せられているよ」
「呪っていませんが!?」
私に呪う力はございませんぜ!?調査員が笑ってしまうほどありませんでしたぜ!?
「とにかく、簡単に誰にでもできる【お呪い】の形式になっている。通常【お呪い】と思われる呪いは、効力がとても小さい。たとえこれが魅了の呪いだったとしても、視線が引き寄せられる程度で爆発的に異性を惹き付ける効果は出ないはずなんだ」
「そうですね。そう聞いてます。これは国で管理している魅了の呪いの儀式と、形が違うのです?」
「私は確認出来ないが、まったく違う出鱈目な儀式らしい。それなのに、ここまで周囲に影響を与えたのは彼女に何らかの秘密…今までの人とは違う、特異性があるのではないかと思われている」
運動神経が良いと一言にまとめても、足が速いのか腕が立つのか身軽なのか、分類は多岐に渡る。呪う力も同様に、種類があるのではないかと考えられているらしい。
そもそも、調査測定できるのは呪う力の「量」であり「質」ではない。ロレッタ嬢の呪う力は平均値だったことから、呪う力にも「質」の違いがあるのではないかと研究員たちが色めき立っているらしい。
事件を起こした罰として、ロレッタ嬢は呪う力の研究に被験者という形で協力することになった、ようだ。
それって研究材料として引き取られたというのでは…?
「…そもそもロレッタ嬢が行っていたこれは【呪い】なんです?」
「それだけど、国の魔女が真似てみた結果何も起こらなかったらしい。だからこれは出鱈目な【お呪い】だよ」
え。効果が無い…?ロレッタ嬢だと効果があるのに?
ロレッタ嬢は魔女。呪う力を持つ女性。でも同じ魔女が同じ儀式を行っても効果は出なかった。それはどういう事だろう?ロレッタ嬢が使用した儀式が【お呪い】なら、魅了の呪いなど発生しなかったはずなのに。
国の魔女にとっては【お呪い】だったのに、ロレッタ嬢がすれば【呪い】だった理由とは?
…ええと、だからこその研究対象なのでしょうが…もしかしてもっと決定的なのあります?
「ちなみに、ロレッタ嬢が他の【お呪い】を実行したらどうなるんです…?」
「実行した結果、呪いに変質したらしい」
ア――――ッ決定的なのありました!!
【お呪い】を【呪い】に変える特異性が発見されております!!
「彼女はとても優秀な魔女の素質があるようだね。研究員たちが喜んでいたよ」
ロレッタ嬢半端ないですわ。
研究員から盛大にモテているらしい。今度こそ本当にモテ期到来ですね。とても嫌なモテ期です。
しかしロレッタ嬢という前例が出てしまったなら、本腰を入れて呪う力を研究し、浸透しているお呪いを規制しなければならない。
今までそれが十分に出来なかったのは…先々代が国を越えて大暴れしていた後始末の所為、かな…。
目に見えない力を使われるより先に殴れ、殲滅しろって感じだったらしいし…。大きな呪いは準備期間も長いので、儀式をされる前に壊せって大変脳筋だったようです。わかる。力こそパワー。
いえいえ今は過去の話は置いといて。ロレッタ嬢です。
モテ期到来中のロレッタ嬢が何故王宮の庭園で這い蹲っていたのかというと。
何やら意図せず魅了した結果黒歴史になり、不定期で頭を抱えて転がりたくなるようで、あの日も頭を抱えて転がったら何の弾みか庭園まで転がってしまったそうな。
いやそれ無理が無いかな!?
「庭園から見える塔が研究施設だからあり得ないことじゃないね」
「あり得ないことじゃないんですか!!」
ガチで塔から転がり込んだらしいロレッタ嬢。タフですね!!
というか庭園のオブジェの一部と化していた塔って研究所だったんですか!!風景の一部というかオブジェにしか見えませんでした!!
「ちなみに私を見ると一緒に黒歴史も思い出されるようで、あれからまともに顔を合わせることが出来ていないね」
「あり得ないことじゃないですね!!」
わかる気がします!!私もしばらく殿下を見ると事故チューしか思い出せない時期がありました!!ある意味今もそうです!!
ロレッタ嬢の場合、殿下の解呪と同時に到来した黒歴史への自覚なので、殿下を見るとその時の衝撃と羞恥心が甦って来るらしい。魅了の呪いが完全に解けているかの確認の為にも何度か顔を合わせたけれど、その度に頭を抱えて額を地面に叩きつける勢いのある土下座を披露されたとか。わ、割れませんかロレッタ嬢の額…!タフすぎます!!
「私と顔を合わせると実験対象が興奮状態になるからと、それからは会っていないよ。会う必要性もないからね」
実験対象とはっきり言いましたね?言っちゃいましたね?
ええと、殿下としては、魅了してきた相手と顔を合わせても何も感じなかったので解呪は出来ていると判断し、もう会って確認する必要はない、と…。
でもってロレッタ嬢も、恋心とかいう前に黒歴史の後悔が押し寄せて来てそれどころではない、か…。
つまり、二人の間には何もない、と?いうこと?なのかな?
そ、そうか。
へぇー…。
ふぅん…。
うぅーん…?
なんとなくそわそわしてしまったのが恥ずかしくてもじもじする。ううん、なんだろこれ。幸い殿下は気づかずに…いえ殿下が至近距離にいてそわそわしなかったことが無いから通常運転だと思われていますね!!ハイ異常在りません!!このまま運転を続けます!!
「余程後悔しているらしく、呪いの気配に敏感になってね。彼女は道具無しで呪いの有無が探知出来るんだ」
まさかの歩く呪い探知機。
今回の件でも活躍したらしい、呪われているか調べるための道具。
何でも、当人の呪う力は身体の内側。誰かに呪われている時は身体の外側に呪う力があるので、その探知機で呪う力が纏わりついていないか確認するらしい。ちなみに呪う力測定調査の道具とはまた違う。
精度が低いのでこれも研究中らしく、ロレッタ嬢の探知機としての能力もまた研究所で大歓迎されたらしい。いやなモテ期がガチで到来している。これは逃げられない。
でもってそんな研究所期待の星であるロレッタ嬢が言うには…私が、呪われているらしい。
嘘やんぴんぴんしてますよ?
事故チューは抱えてますけどね!!
ロレッタ嬢のモテ期はここからだ!「その発想からして黒歴史ぃいいい!!!」
※ふんわり王族なので人権はあります※




