正直気持ちがよくわかる…
目の前には涙ながらに這いつくばって取り乱す少女―――ロレッタ・アップルトン嬢。
要注意且つ危険人物認定されている、何なら犯罪者として隔離されていたはずの彼女が、何故王宮の庭園で這い蹲っていたのか。この取り乱しようは何なのか。
私はお兄さまが取り押さえてお米様抱っこで持ち運ぼうとしたのに待ったをかけて、東屋に運んでもらい何とか話を聞くことに成功した。
…褒められたことではないと分かっていますがね?殿下に魅了の呪いをかけた魔女と、解呪した私は相性が最悪。ロレッタ嬢が殿下に想いを残しているなら、私に危害を与える可能性がとても高い。だから私はロレッタ嬢を見なかったふりをして、散歩もしくは部屋に戻るのが正解の行動のはず。分かっています。はい。残念令嬢ですが、これからは立場ある女性として、身の安全を第一に行動しなければならないことはわかっています。
わかっちゃいるけど、ぶっちゃけロレッタ嬢に負ける気がしないんですよね…。
マウント取られてもひっくり返せる自信があります。
いやこれもダメな思考だけども。何のための護衛かと怒られますけども。お兄さまもむしろ私が自衛できることを前提につけられたたった一人の専属護衛でして…いや他にもいますけどね多分。私の見えない位置とかに。流石に、本当にお兄さま一人が担当しているとは思っちゃいません。分かっているなら関わるなって話だけど…何というか。
穴という穴から液体を垂れ流しながら額を地面に打ち付ける美少女()を放っておくことが出来ませんでした。
目の前で子供みたいにあーんあんあんあんと泣き喚かれたら、手を差し伸べずにはいられなかった…!!
何があったロレッタ嬢…!!
という訳で、ついついお兄さまにお願いして東屋でお話を聞いたわけですが。
興奮状態のロレッタ嬢から零れる言葉は要領を得ず、感情のまま話題はあっちへ行ったりこっちへ行ったり、八百屋の両親に詫びる言葉だったり祖母への疑問だったり記憶の抹消を懇願したり…調子ぶっこいた過去の自分への慟哭だったり。
「舞い上がっちゃったのよぉおおお…!だって上流階級の人たちって身嗜みも顔立ちもキレイだったんだもの!絶対ぶつ切りじゃなくて飾り切りよ!泥まみれの出荷前と違って綺麗に洗われて最前列に陳列された購入直前に決まってるわ!そんな選ばれし者に優しくされて甘やかされて口説かれて調子に乗ったのよ!!そうよ私はお調子者よ!!それも致命的なお調子者よ!!」
わっと両手で顔を覆って大泣きするロレッタ嬢は大興奮。多分私に訴えているつもりはないのだろう、口調も大分崩れて彼女の素が見える。言うほど彼女のことは知らないけど。私は彼女が令息たちに囲まれてお茶会しながらキャッキャ笑っている様子しか知らない。
つまり愛らしい様子しか知らない。その愛らしい顔はちょっとお見せ出来ない看板必須。
「でも僕のアンジュって言いながら手にキスされたら自分特別だって思うじゃない王子様よ!?見た目だけじゃなくて本物の王子様がしてくれるのよ!?自分特別だって思うじゃない!!思っちゃったのよ!!私チョロイからそう思っちゃったのよぉおおおお!!」
わ、わかる―――!!
私は思わず心の中で盛大に頷いた。わかる。私もチョロイから分かる。
私しか見えていませんって顔で熱烈に口説かれたら自分がその人の特別だって舞い上がる気持ち、凄くわかる!!
「優良物件が好意丸出しで近寄ってきたら舞い上がるに決まってるじゃない!舞い上がったわよ木に登ったわよ天まで昇ったわよ調子に乗ったわよええ!調子に乗って!!私ってばワタシカワイイカラミンナニアイサレテルーってうっきうきだったわよ!!お猿さんだったわよ!!転がり落ちたの!!あああああああ恥かしい黒歴史いいいいいいいい!!」
ロレッタ嬢はうおおおおおと頭を抱えてのたうち回った。し、鎮まり給え!
何とか宥めてコロシテ…イッソコロシテ…とべそべそ泣き続けるロレッタ嬢の背中を撫でる。お茶会でキャッキャしていた様子が嘘のように、愛らしい顔がべちょべちょだ。渡したハンカチは二枚目である。べちょんべちょんの一枚目はお兄さまがさっと回収してちょっと離れた侍女さんに託した。流石の早業ですお兄さま!!
しかし、成程…ロレッタ嬢は本当に、無自覚で魅了の呪いを掛けていたらしい。
勿論彼女の言葉を信じるなら、と注釈は付く。
でも、これが演技だとしたら殿下に続く女優賞を授与するレベル。いえ殿下も演技ではないはずだけど、それだけ疑わしいけど本気だろうという意味で…物悲し気な殿下が脳裏をよぎって思わず弁明してしまった。し、信じますとも…!!信じないとちゅっちゅされる…!!あっれぇ殿下の物悲しい顔は一体どこへ!!
とにかく、ロレッタ嬢は嘘をついていないだろう。
そもそも呪いとは何なのか。それは、実を言うと詳しく解明されていない。
ただ、ぼんやりと「呪う力」というものがあって、目に見えないそれは何らかの儀式、手順を踏むことで効果を発揮することが分かっている。
その「呪う力」は目に見えず、保持している人としていない人がいる。ただし、それを自分で自覚するには相手を呪って見ないと分からない。何せ目に見えない力なので、自覚症状もないのだ。
どうやら遺伝するわけでもないようで、「呪う力」は未だ研究が続けられる不思議な力だ。
他国ではこれを「魔力」「霊力」「神通力」などいろんな呼び方をしている。この力を持つ人たちの呼び方もたくさんあるが、我が国では女性を「魔女」男性を「呪い師」と呼称していた。
昔は男女統一して呪い師と呼んだのだけれど、他国から流れて来た女性が「よくわからない力を持つ女は魔女だ」と発言したのがいつの間にか浸透し、定着した結果呪う力を持つ女性は魔女と呼ばれるようになった。
しかし魔女とは、マイナスの意味を持つ印象が強くて、良い魔女。悪い魔女と前置きが置かれることが多い。これはお伽噺が大好きな国民性が多大なる影響を持っている、と個人的に思っている。
つまり魔女も呪い師も、同じ畑の同じ品種の野菜だ。
ただ土地柄呼び方が違うだけで…って何故か野菜を例えに出してしまった。ロレッタ嬢につられた。
解明されていない力だけど、全て分らないわけでもない。
呪いの力を制御する呪い封じなども開発されているし、呪いの力があるか測定するための小さな呪いの手順なども確立している。
それに我が国では魔女も呪い師もそこまで多くなくて、調査可能な貴族はともかく平民たちはそんな測定を行わない。調査は義務化されておらず、魔女や呪い師を名乗る者にだけ真偽の査定で行う形が多いそうだ。
だからぼんやりとした呪いの力を自覚しないまま生活している人間は、とても多い。
人は自分がもたない力を恐れるが、誰もが持っている可能性があり、誰もが持っていない可能性を持つ「呪いの力」は、運動神経や反射神経、記憶力や手先の器用さの一つとして考えられている。
なにより呪いの力は手順を踏まない限りないものと同じだから、自覚しなくても何の問題もない。
ないけれど―――ひとたび自覚のない人間が、悪戯心で手順を踏んで誰かを呪えば。
「こんなはずじゃ…こんなはずじゃなかったのよぉお…」
こんな感じになるのだ。
これ、庶民では割とよくある事故である。
庶民ではよくあることだけど、貴族では「呪えるか」調べるので滅多にない事故。




