お兄さまお兄さまお兄さまお兄さま!!!
次の日、サクッと私の護衛としてお兄さま―――エディ・ベルンシュタインが紹介された。
バシッと騎士服を身に纏い帯剣したお兄さまが、きりっとした表情で護衛対象である私に一礼している。
紹介するまでもなくお兄さまだけど体裁は必要で、私は初めてお兄さまから騎士対応を取られた。
硬派で真面目なまさしく騎士の鑑と言っても過言ではないお兄さまからの騎士対応。
何気に初めての体験。
人生初、身内でなく護衛対象対応。怜悧な瞳を添えて。
我が人生に一片の悔いなし。
~完~
ハッ!!いけないこれからドキドキ★護衛のお兄さまと素敵な二十四時間が始まるというのに一日を終わらせるところだった!!なーに勿体ないことをしているのイヴ・ベルンシュタイン!!ここが始まりよしっかりしなさい!!
お兄さまが騎士団に入団してから何かと忙しく、私も学園に入学して時間が合わず、丸っと一日一緒にいることもなくなってしまったけれど今!それが許される!!合法!!ありがとうございます殿下崇めます!!とにかく深呼吸よ!深く…吸って…吸って…吸う…お兄さまの香り…!!
落ち着け。
いけない。これじゃただの変態だわ。
私は変態じゃない。変態じゃない。ちょっとお兄さまの香りとか筋肉とか御顔とか筋肉とかお兄さまが大好きなだけの妹。イエス、妹。妹はお兄さま大好き。それが世界の摂理。そうよ真理。一はお兄さま。全はお兄さま。イエスお兄さま。私は真理を体現しているに過ぎない。ただそれだけ。実にナチュラル。お兄さまがいてこそ世界。私は今日も世界の中心で家族愛を叫びます。妹としての義務です。実に幸福です。だからこそ油断せずに行こう。
「…殿下の命により、今日から護衛の任についたわけだが、お前は普段通りにしていて良い。お前が動けることはわかっているし、過保護にするつもりはない。勿論守るが、好きに動け。殿下の許しは得ている。来い」
「お兄さまぁ~っ!」
ああああ好きぃいいいい!!
我慢できずにお兄さまに突進して抱擁する私。どこぞのご令嬢と変わらぬ猪ぶりですね!!私も自称すべきでしょうか!!ですが自称猪令嬢が増えるのはよくない事ですね自重します!!そもそもあの方何故自称しておられるのですかね!?公爵令嬢ですよね!?
私の愛に溢れた渾身の突進を難なく受け止めるお兄さま。甲冑ではなく騎士服のお兄さま。普段は複数人で殿下の護衛に当たり、甲冑姿ですが私の護衛は単騎なので動きやすさを重視して騎士服のみです。軽量化されています。
殿下をお守りするときは防御重視ですが、私を守る際は攻撃&確保重視って感じですね。同じ護衛でも役割の違いです!!
お兄さまの騎士服は…ちょっと親しみが足りない!!惜しい!!
笑顔が無いので!!子供には怖がられます!!どちらかというと甲冑を纏っている方が似合うお兄さまです!!私はどちらも好きですけどね!!
ちなみに危険度は騎士服の方が高いです。何の危険度かって?私が死ぬ危険度です。
騎士服を着て激レアの笑顔を見せられた場合私は致死量のダメージを負って死にます。残念ながらまだ見たことが無いです。それだけ激レア。
「本当に仲がいいね」
「ハッ!!」
殿下居りました―――――!!
居りましたわ!!ずっと居りましたわ!!形式的にお兄さまを紹介してくださったの殿下ですもの!!ずっと居りましたわ――――!!
それなのに私ってばお兄さまへまっしぐら!!そのままマタタビを嗅いだ猫のようにゴロニャーしています!!ごろにゃぁあ!!
ゴロニャーを見られているにゃぁ!?不敬―――!!自重しなさいイヴ・ベルンシュタイン!!尊き方の前で存在ガン無視とか阿呆なの!?阿呆かもしれない!!阿呆です!!
「ベルンシュタイン兄妹の仲が良好なのは有名だったけれど」
「有名でしたか!?」
なんと!!有名とか何故!?私は妹として当たり前にお兄さまを慕っているだけなのに!!家族愛を叫ぶことに一体何の珍しさが!?…あ、珍しいからでなく熱意の問題ですかね?確かに皆さん慎ましいので私の様にお兄さまに直接愛をぶつけることは少なさそう。そういえばあまり見ませんし…?淑女として当たり前かもしれません。私の様に愛情フルオープンははしたないと言われたことがあります。
一応気を付けているんですよ!?ただ久しぶりのお兄さまでお兄さまチャージが出来ていなかったんです!!つまり堪え性のない私が悪いですねごめんなさいませ!!
一人あわあわする私に、殿下は少し遠い目をなさった。やっぱりお疲れです?私がダンスレッスンで振り回したばかりに…?あ、別件ですか。
オロオロ様子を窺う私に微笑んだ殿下は、滑るように近づいて私の手を掬い上げた。両手でぎゅっと包まれて、全身の熱がそこに集まった錯覚を覚える。熱い。どっかんと太鼓の破裂音…しっかりして私の心臓!!
「仲がいいのは良いことだけど、僕を忘れないでおくれ。もう僕は君の愛無しでは生きられない身体なんだ」
語弊!!!!!大袈裟!!!!!
言い方に語弊があります殿下!!そしてかなり大袈裟です!!!
「任せた。必ず守れ」
「はっ」
私を見つめるのとは違う夜の静けさを纏った目でお兄さまをひたと見据え、短く命じる。
私に張り付かれたまま、お兄さまは淀みなく敬礼で応えた。
お兄さまに張り付く私の傍に殿下がいるわけなのでお兄さまと殿下も滅茶苦茶近いですね!!私を挟んでとても近いです!!私はサンドイッチの具罪になりそうです!!具は罪ですか?罪無し!!
殿下はもう一度私の手をぎゅっとして、ちゅっとしてから退室なさいました。
公衆の面前で真実の愛の口付けをかました私よりよっぽど殿下のがキス魔な気がしませんか!?ちゅっちゅしている気がしませんか!?いや挨拶で手の甲とか頬とかにしますけど大体が触れる振りですよ!!あと手袋越しだったりですよ!!がっつりちゅっちゅするのは恋人同士…こい…びと…同士ですね婚約者内定してますもんねー!!何もおかしくなかったです!!私がただ恥ずかしいだけでしたひゃああああ―――!!
殿下が退室なさって、残されたベルンシュタイン兄妹。
午前中は座学の時間なのでこれからお勉強の時間だけど、まだ家庭教師が到着していないのでちょっとした空き時間。殿下はその隙間を狙ってお兄さまという名の護衛を付けてくださった。本来ならもう少し余裕を持って紹介するところだけれど、お兄さまとは知らない仲ではない為実にあっさりとした任命となった。あっさりというか雑だったかもしれないけど、これは私に対して大いに気を遣ってくださったのかもしれない。
お兄さまがガッツリ跪いて私に騎士として対応する…?興奮するかもですが常にその距離だと発狂しますわ。寂しいいいいって発狂します。
殿下がいるというのにいつものような対話をしてくれたお兄さま。このあたりからして、事前に殿下が許可を与えてくださったという事、だと思う。じゃないと不敬です。不敬不敬。私もお兄さまに突撃令嬢だったので不敬。大変申し訳ありません!!
そんな不敬兄妹をスルーしてくださる殿下は懐が広いです!
「いや、ガッツリ嫉妬していただろう」
「しっと」
お兄さまの胴体にへばりつく私を気にせず、お兄さまは慣れた動作でセミの様にくっつく私を片手で抱えて移動した。ちょっと大きめな一人用ソファに腰掛けて、私をその逞しい膝の上に乗せる。居心地の良い場所をもぞもぞ探してから、私はお兄さまの胸元にピッタリ寄り添った。このフィット感。安心感。実家のような安心感です。
慣れ親しんだ感覚でふにゃふにゃしながらやらかした不敬をお兄さまとお話ししていれば、お兄さまが不思議なことをおっしゃった。
…え?嫉妬?
「しっと?殿下がお兄さまに?しっと?」
「俺は常々将来の義弟には誤解を与えるだろうと思っていた」
「誤解とは?何かありましたか?」
「今この状態のことだ」
お兄さまのお膝に座っている事?
むしろ家族として普通のことでは?
お兄さまが憐れんだ目で首を振った。
…え、普通のことじゃないんですか?
「普通はこの年にもなれば、妹は兄に抱き付いて移動しないし頬擦りもしないし匂いも嗅がないし寝台も別だ」
「なん…だと…!?」
衝撃を受けました。雷が落ちるほどの衝撃。常識という大地が割れる。私は足元が崩れて地底に落とされたような心地になった。うっそやん…!!
世の妹たちは兄の存在が希薄でも生きていけるという事ですか…!?妹として世界の中心:兄はどうしたのです!?姉大好きでもいいんですよ!?家族大好きですよね!?私は大好きです!!
好意は人それぞれとして、とお兄さまが前置きをしてから口を開きます。
「年頃の娘が抱き付く異性は、好意を抱く相手だ」
「そうですねお兄さま大好きです」
「種類が違う。いや、俺の言い方が悪いのか?年頃の娘が自分からすすんで抱き付くのは、将来の仲を誓うような相手だ」
「ぴょえっ!?」
え、家族でなく血のつながりのない異性という事ですか!?
むしろ私はそっちの方が恥ずかしくてできませんが!?
「父親や兄にはきつく当たることの方が多い。同期にはお兄さまと慕ってくる妹は幻想だと言われたことがある」
「なんと…!?」
私ってば幻だったんですか!
慌てて部屋の隅にいる侍女さんを見た。ちょっと真偽を確かめたかったので。
しかし侍女さんは無表情ながら戸惑ったように視線を逸らす。えーそれはどういう感情ですか!どっちが正しいんですか!!世間一般的に兄妹はここまでくっつかないんですか!?
でもでもベルンシュタインの御家では誰も何も言いませんでしたが!?私はお兄さまほどじゃありませんがお父様にもくっつきますよ!!お父様よりお爺様にくっつきます!!大歓迎されますが!?あのがっしり感がたまりません!!お父様は現役じゃないのでお二人よりストンとしているんです!!お風呂はご一緒しませんけどね!
ベルンシュタインの御家ではそれが普通です。使用人の方々も微笑ましく見守ってくださっていますし、護衛の方々も温かく見守ってくださっています。流石に家族以外にくっつこうとすると怒られましたので、家族限定の愛情表現だとばかり思っていました。
それにしても嫉妬ですか。嫉妬…。
…何故ですかね…?
だって、お兄さまですよ?血縁者ですよ?お兄さまですよ?
ここで私が、殿下以外の殿方に抱き付くのは良くないことだと分かりますし、嫉妬されるのもわかります。私だって好きな人が別の女性を抱きしめていたら嫉妬するはずです。ですがお相手がご家族ならば、しません。だって私だってお兄さまお父様お爺様にくっつきますからね!!ガッツリ引っ付きます!!
なので好きな殿方が親族の女性を抱きしめても、仲が良いなぁとしか思わないのですが…殿下も先程そうおっしゃっていましたし、お兄さまの勘違いでは?
そう思いませんかと侍女さんにお伺いの視線を投げかけますがさっと避けられました。何故に。
解せぬと顔に出ていたのか、お兄さまの固い掌が私の頬を包みほにほに揉んで来た。それが心地よくて自分から擦り寄り…もしかしてこういったやり取りが普通ではないなのだろうかと内心首を傾げた。
でも、殿下も私によく触れる。そこに好意があるのはすぐわかるし、私からの好意を確信していたからこその行動だともわかる。何より、その頃にはもう外堀がガンガン埋まって、今後の相手がお互い以外に居ないという事もわかってきていた。はい流石にね?分かっていましたよ!!私が奇跡起こしましたから―――!!私の愛を皆さん目撃しましたから―――!!
とにかく殿下だってよく触れる。何ならお兄さまと同じくらい私に触れる。お兄さま相手は慣れていますが殿下相手は全然慣れていないのであわあわする私。ですが先程のお兄さまの発言を信じるならば…こ、ここコケ、コケコ…ッごほん。恋人として当然の距離感だったのでは?
…ハッ、お兄さまとの距離が…本来ならば恋人との距離ならば…納得します!殿下が私にべたべただったことに納得です!!成程確かにお兄さまとの距離感に似ている…!そういうことだったんですね!お兄さまとの距離が!!世間一般で言う恋人同士の距離感!!
そういう事ならば恥ずかしがらず、お応えせねばなるまい…。私たちは婚約者同士、つまりは恋人と言っても過言ではないのだから、しっかりお役目を全うしなくては。恥ずかしいけれど、ハグはいい文化です。自分以外の体温はとても安心します。照れますが、出迎えのハグを頑張りましょう。
お兄さまに頬をほにほにされながらすりすり返す私。この相手を殿下に置き換えるとその場で反り返ってブリッジ決めて悶える程度には恥ずかしいですが、いつか慣れることでしょう。これが恋人同士の距離というのなら頑張ります!!
…あ、あれでも…となると、私がお兄さまにべったりなのは世間から見てはしたないという事…?もしかして以前はしたないと言われたのは愛情フルオープンだったからではないという事!?
だってこれが対恋人仕様なら、家族とはいえ異性に恋人のように引っ付くのは見ようによってはとてもはしたないことなのでは…!?
ひぇっ私ってば、気付いていなかっただけで大分はしたない…!?
でもでもベルンシュタイン家では微笑ましく見守られていたし、お父様お爺様も大歓迎だったし…ア――――ッでも王宮でお兄さまに引っ付いていると二度見されますね!?やっぱり世間的にははしたないの!?どっち!?
「その所どうなりますかお兄さま!」
「脳内で完結せずちゃんと説明しろ」
「私ってばはしたないですか!?」
「お前程純粋無垢な箱入りを俺はまだ見たことが無い」
失礼な箱入りではないですよ多分!!
でもって答えになっているか不明ですお兄さま!!
「お前は今のままでいい」
「お兄さま…!」
お兄さまがよすよす頭を撫でてくださる…!なんだかもうそれだけでいいです!!大きな手の平の安心感が!!半端ないです!!ごろにゃぁ!
ごろごろ喉を鳴らしそうな私を慣れた手つきで撫でながら、お兄さまが呟いた言葉を、私はすっかり聞き逃していた。
「お前が変わることは、誰も望んでいない」
知らないままで居る方が幸せなこともある、と。