6.田町マテックス その2
ちょっと短いですけど、前話の続きです。田町マテックスの行く末は?
6.田町マテックス その2
「それではこれより臨時株主総会を開催します。 ちなみに司会は私がやらせて貰います」
ここは町工場、田町マテックスの会議室。俺は田町社長とその妻、そしてその長男つまり詩織の兄を前にして緊急の臨時株主総会の発議をしている。俺が筆頭株主であり、残りの株は詩織の家族がほとんどを所持している。いわゆる同族企業ってわけだな。
オブザーバーは田町詩織。
田町マテックスは典型的な同族企業。市中に出回っている株は家族以外が持っている以外の残りの49パーセント。その株を俺はすべて買い占め筆頭株主になったわけだ。ちなみに株は暴落を続けており僅か1億円ほどで手に入れることが出来た。
「で、動議ですが、まず現社長の解任を要求します」
これは社長を除く全員一致で可決。そして詩織の兄を次の社長にすることにした。これは満場一致、といってもたった四人であるが。ちなみに他の役員はここが倒産寸前ということですでに辞表が提出されていた。 それで役員が足りないので俺が会長兼COO、詩織を専務とすることにした。あと芽衣とその父、佐助も執行役員に就任。人数的には法的に足りることとなる。これもなし崩し的に承認。佐助はこの場にはいないがズームで会議に参加。この世界は遠隔会議もできるらしい。素直に感心する俺。
「で、現社長は一般役員降格となるわけですが、その理由はわかっていますね」
俺は念のため釘を刺す。
「ええっと、高利貸しから金を借り、あげく資産を乗っ取られる所だったと」
その不法な高利貸しの手先が先のチンピラというわけだ。あろうことか花菱のシークレットサービスの訓練所から逃げ出した元ヤクザ屋さんだ。昔のつてを頼って今回の仕事を得たらしい。悪事は失敗し、島流しの処分となる。孤島の鉱山で働かされることとなったが。
アークランドでも犯罪者は銅や錫の鉱山で働かされるので似たようなものだ。
「ええ、 そのとおりです。 それより新社長。 今回の倒産騒動の原因を説明してください」
「ええ、 それは前社長が欲に駆られ、 新しい製品に手を出し、 あげく失敗したことです」
そのあたりの経緯はすでに花菱のほうでも把握しており、詳しい経緯が俺のタブレットに送られてきた。そこには今回の経緯が事細かく記述されていた。
一部画像もある。
「調理用の無水鍋ですね。ここの鍛造技術を応用して制作したようですけど、結局は欠陥品ですべて返品ということですね。その数、約一万個。三千万円近い赤字を出しておいて、結局その製造に使った鍛造マシンも破損ですか。このマシン確か三億円もするんですよね。お話になりませんね」
俺は資料の写真を見ながら実物の無水鍋を目の前にして比較する。資料にはレントゲン写真もあり明らかに内部に鬆が入っている。これでは使い物にならない。
「ええ、修理にも五千万円ほどかかるので、現在お手上げ状態です」
まだ二十代半ばの新社長。確か田町健太郎とかいったな。ずっとうつむいて覇気もない。
「かなり純度の高い鉄を使っているのにもったいないですね。それに今時、無水鍋ですか。もう一つ工夫が欲しいですね」
「なにぶん内の家族には商売っけのある者はいないのでして」
「この会社は実質的に私のものになりました。では好きにやらせてもらいますね。せっかくですからもう一度、無水鍋を売り出しましょう。こんどは付加価値をつけてです」
「でも、鍛造マシンが・・・」
「心配要りません。すでに手を打っています」
会議室のテレビ画面に清友麻衣子の姿が映る。いや、すでに花菱麻衣子であるが。
「ユリカ、言われた通りに公開資金ファンドの目処はついたわ。あとは試作品のデータとかアップし、資金を集めるだけよ」
「とりあえず試作品は花菱自動車の工場を借りて行います。マシンの修理代は私が立て替えておきますのですぐに業者を呼んでください」
それから俺たちは会議を終えると無水鍋の金型と余っていた原料の鉄板を持ち出し、近くにある花菱自動車の工場へ向かう。父から工場の設備は自由に使って良いと許可を得ているのでフリーパスで中に入れた。
「付加価値をつけると言いましたけど、これを鉄板の表面に塗布するのです。その後鍛造マシンで鍋を製造してください」
俺が取り出したのはミスリルというアークランドでしか取れない金属を溶かし込んだ液体。 これを塗布し鍋を作る。 鍛造時にミスリルは鉄と一体化し二度と剥がれなくなる。
「これはなんですか?」
田町健太郎が聞いてくるが、
「花菱の最高機密です。教えるわけにはいきません」
正確にはアークランドの技術なのだけどな。とりあえず試作品は完成した。
再び田町マテックスに戻り性能実験だ。 厚さ五ミリの鉄板の深い鍋。 蓋も同じく厚い。とりあえず水を入れコンロで沸かす。弱火で三十秒。そこで火を止める。
待つこと一分。健太郎は恐る恐る蓋を開ける。
「えっ? 沸騰している?」
そう、ミスリルは空気中のマナを取り込み熱に変えることも出来るのだ。
一度外気より高い熱を加えるとミスリルが一分ほどで周囲のマナを取り込
み、それを熱に変える。熱に変え続ける時間は三十分から一時間ほど。非常に効率的に煮炊きが出来る鍋なのであるが、実はアークランドの鍋では普通の技術だ。ただミスリルはかなり高価なので一般庶民には高値の華であったが。
「これを売り出せば絶対儲かるわ」
「なんか、現代の物理法則を完全に無視しているような気がするのですが」
「そこは適当にごまかしましょう。売れれば良いのよ」
俺も乗りかかった船だ。多少強引ではあるが話を進めてしまう。計測されたエネルギー変換率は八百パーセントというものであったが、当然この世界ではあり得ない数字。
とりあえず、データは現在の物理法則ギリギリの線ででっち上げる。ま、本物のほうが遙かに高性能なのだから問題はないだろう。
『良かったわ。これで詩織も女学院に復帰出来るわね』
実験が終わるとすぐに元ユリカが意識の上に上ってきた。
『いや、まだだ。できあがった物を効率的に販売しないとな。これからが大変だぞ』
『それもそうね。 それより詩織には本当のことを話したいの。 もちろんあなたのことも』
『大魔王サタンだけは勘弁な。アークという異世界から来た女の子って設定で』
『しかたないわね。でも魔力のことはバラしちゃうけど。鍋のこともあるし』
『そのあたりは仕方ないか』
そして、その一週間後。
「はい、清友テレビショッピングをご覧いただきありがとうございます。本日ご紹介するのは無水鍋。でもちょっと他とは違うんですよね詩織さん」
ここは清友ホールディングスビルにあるテレショップの収録スタジオ。テレビでおなじみの清友テレビショッピングの収録が始まっていた。俺もこちらの世界に来て何度か見たことのある番組というかCMだ。が、司会はいつものお姉さんではなく、なんと俺だ。しかも進行役は田町詩織。
「はい、ユリカさん。実は私の兄が開発したとっても熱伝導率の良い鍋なんです。今日はカレーを作ってみますね」
材料はすでに用意されているので、それを鍋に放り込むだけ。そして火にかけおよそ一分でそれを止める。
「えっ? もう火を止めちゃうんですか。それじゃ生煮えになっちゃいますよ」
俺はさも驚いた表情を浮かべる。ま、演技だけどな。
「いえいえ、大丈夫。では十五分ほど待ちますね」
実際の放映部分ではごまかさないように時計を横に置いて早送りするらしい。俺たちは十五分待つ間にテロップを手に持ち鍋の宣伝文句を掲げる。 これは清友麻衣子の提案。
今は花菱麻衣子であるが、仕事では清友麻衣子で通している。なんといっても清友テレビショッピングの責任者だからだ。つまりコネで鍋を宣伝しているわけだ。
そして十五分後。
「はい、できあがりました。ちゃんと美味しそうに出来ていますよ」
鍋からは盛大に湯気が上がる。焦げていないか心配になるが、鍋にかけられた状態維持魔法で大丈夫だ。俺の塗布したミスリルには鍋内部が百度以上にならないような状態維持魔法も付与されている。
そして白いご飯に盛り付けられるカレー。俺はそのカレーを美味そうに食べる。
そこで元ユリカが俺の上に顕現する。髪は金髪になり、目はブルーに。
「うわっ、凄く美味しい。特にニンジンが中までほっこり。私苦手なんだけどこれなら大丈夫。この鍋、凄いわね」
「もちろんです。今なら特別価格でご奉仕できます。電話は・・・」
収録はうまくいったようだ。映像チェックする。麻衣子によると元ユリカが顕現したところはCGみたいで問題ないとのこと。明日から全国ネットで放映とのことだ。
『これで、おそらく田町マテックスの借金はなくなるわね。ありがとうアーク』
『いや、それほどでもない。俺は人助けが好きだしな』
『とても大魔王サタンの発言とは思えないけど』
『サタンはやめろ。人聞きが悪い。俺はアークだ。あくまで』
『悪魔でしょ』
そして、またその二日後。
俺と詩織はアトレリア女学院の職員室に呼び出されていた。生活指導の先生からの説教らしい。眼鏡で年増のいかにも厳しそうな女教師が担当らしい。進路指導室に連れて行かれこれからいわゆる「取り調べ」なのだそうだ。容疑は女学院に許可無くテレビに出たこと。もちろん許可を取ってもダメだそうだが。
「ということで、本当なら退学処分なのですけど、今回は初回なので停学で済ますことにします」
結論ありきの説教だ。が、そこに理事長が乱入? 叔母さんの伊王春子だ。
「この二人に停学処分はいけませんわ。なんら女学院の規則に反しておりませんし」
「いえ、でもテレビ出演とかどう考えても校則違反です」
「ユリカ。生徒手帳持っているかしら。そこの第三十二条読んでみて」
「ええっと、アルバイト等は禁止である。ただし家業を無報酬で手伝う分には不問とする。ですね」
「ユリカに田町詩織さん。お二人はこの件で報酬は貰いましたか」
「 「いえ、貰っておりません」 」
「しかも、二人にとってこのテレビCMは家業の一環ですよ。なら不問といえますね」
詩織はもちろん自分の会社の製品の宣伝。俺ことユリカは花菱の令嬢で今は花菱傘下におかれた清友テレビショッピングのオーナーでもあるのだ。
理事長の言葉に生活指導の先生は渋々納得したようだ。
「ということでお二人は帰ってよいですよ。お疲れ様でした。とくに田町さんは会社が持ち直して良かったですね。この女学院にも残れましたし」
「はい、ありがとうございます理事長先生。これもユリカのおかげです。お二人には感謝してもしきれません」
「いえ、良いのですよ。ユリカにはこれからも末永い友情をお願いしますね」
「はい、もちろんです。では失礼します」
どうやら一件落着。後日、俺と詩織はその美少女っぷりが評判となり他のCM出演の依頼も来たのだがもちろんすべて断った。が、密かにファンクラブが結成されていたことは俺のあずかり知らぬところであった。
「ユリカたぁーーーん、詩織たぁーーーん、ラブ!」
動画サイトにアップされたテレショップのCMは再生回数が瞬く間に一億回に達していた。
いよいよ次話は女子校ならではのイベントです。期待してください。
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