あばんちゅーる
『浅き夢の終焉』
好きとか愛してるとかそういうのじゃない。
そういうのじゃないけれど、何故だかずっと胸に残っている。
この気持ちを何と形容していいのか分からずに、もう5回春が来た。
4月中旬、風の中に含んだ春の香りがあなたの温もりを思い出させる。
狭い田舎町で、私たちは激しく求め合った。
21歳の私には周りからも「結婚する」と思われていた恋人がいた。
私だってその人と人生を共にするのだろうと俯瞰していた。
彼はお金にルーズで、私のバイト代は彼のギャンブルに消えていた。
そんなことも、もう気にしないようにしないと自分を保てないぐらい、私は愛に飢えていた。
この人を逃したらきっと私はもう自分が壊れてしまう。
そう思って、心を殺して消えていく愛をただ見つめていた。
そんな私の前に、あなたが現れたのだ。
初めて会った瞬間に、激しく感情が動いたことを今でも覚えている。
単純に、容姿が好みだった。
私をジッと見つめる茶色い瞳に、心が苦しくなった。
私たちが関係を持つまでにそう時間はかからなかった。
もうひとつの愛を手に入れた私は、やっと恋人から解放される喜びでいっぱいだった。
けれど、いざ別れようとすると、私の中に恋人への同情心が残っていたことに気がついた。
なぜだか捨てることができなかった。
それでも、あなたとの関係はどんどん進んでいった。
恋人と完全に縁を切ることができないまま、夏を迎える。
「なあ、付き合わんか?」
あなたからそう言われるのは、もう分かっていた。
ついに、全てにけじめつける時がやってきたのだ。
その日は朝から激しい雨が降り続いていた。
「そうやね……。」
土砂降りの音にかき消されそうなほどの吐息で私は答えた。
夏の雨は、何かを押し流すような重たさがある。
あなたと会った帰り道、わたしはすぐに恋人に電話をかけた。
何かを悟ったような恋人の声が、今でも耳にこびりついて仕方ない。
3年間、恋人の車で助手席は私の特等席だった。
窓の外では、ますます酷い雨がアスファルトを打ち付けていく。
目も見れなかった。
”好きな人がいる”
そう呟いた私の言葉に、彼は激しく取り乱した。
こうなることが目に見えていたから、ずっと避けてきたのだ。
それでも、もう戻れん。
私は全てを振り切るように、傘もささず車を飛び出した。
声が聞こえなくなるところまで、走って走って逃げようとした。
そんな私にしがみつくように、異常に取り乱した彼は雨の中、座り込んで泣き叫ぶ。
見えなくなるところまで、はやく、はやくーーー。
これで振り切ったら、あなたの元へ行ける。
はやくーーーーー。
頭で分かっていても、体が動かない。
私は降り頻る暗闇の雨の中、激しく絶望した。
こうなることは分かっていた。
彼にはわたしが必要で、私はこの人から逃れることすらできないのだ。
膝をついて泣きじゃくる彼から、もう離れることはできないのだ。
それからのことは、何故だか覚えていない。
付き合おうという約束を裏切ったわたしに、あなたは電話の向こうで激しく感情を昂らせていた気がする。
”最初から好きじゃなかった”
そう思い込むことにして、私はただ季節が変わるのをジッと待っていた。
その日から、あなたは私の前に現れることはなかった。
これでよかった。
これでよかったんだ。
言い聞かせて、わざとスケジュールをいっぱいにして過ごした。
あなたを忘れることができないまま、わたしは22歳の春を迎えようとしていた。
あのとき別れない選択をした彼は、結局ギャンブルから抜け出せなくなり、一緒にいることはできなくなった。
そのときの別れ際はあっさりとしたものだった。
そんなある日、あなたから突然連絡が入った。
あの雨の日からもう1年が経とうとしていた。
「飲みにいかない?」
ラストオーダー間近のお店で、一杯だけ飲んだけれど、そのとき何を話したのか記憶に残っていない。
ただ、過去を振り返って小さな答え合わせをした。
帰り際、もうあの人とは別れたと話す私に、あなた「俺を捨てたんやけん、あの人とは結婚でもしてくれんとやりきれんわ……」と悲しいような悔しいような笑顔を見せた。
その帰り道、何度も何度もあなたとの会話を繰り返し思い出した。
だけど、今でもあのときあなたがどうして私を飲みに誘ったのかだけは、分からない。
分からない。
それ以来、小さなこの街で、何度かあなたを見かけたけれど、いつも隣には違う女の子を連れていた。
もう交わることは、2度とない。
春が来ると、出会った夜の生暖かい空気を思い出す。
夏が来ると、あなたと交わった重たくて気だるい温もりを思い出す。
そうやって、もう5回目の春がやってきた。
あなたは、この退屈な街を抜け出したと噂で聞いた。
もうあなたを見かけることもなくなった。
たった2つの季節を共にしたあなたを想うとき、私はいつもこの感情に戸惑ってしまう。
あなたを選んだ未来を想像すると、どうしても胸が疼く。
2度と戻らない春は、絶対に風化されない。
あと何度春を迎えるだろう。
だけどどうしてか、私があなたを想うのと同じように、あなたが私を想っていることがわかる時がある。
さよならあなた。
夏の雨に全て溶け流して、全てを飲み込もう。