キミはオレの希望 2
「公立に落ちるのも『でしょうね』なら、私立だろ。私立は面接あるぞ。今から敬語を練習しておかないと、本番でボロボロだ」
「私立も受けない。就職するってば」
本気であるのはさすがに予想外だったのか、檜山は左手からこめかみを剥がし、俺を見つめる。
左手の薬指では、指輪が光っていた。
「なぁ、先生。どーして結婚したの?」
「何?」
「結婚なんて――…」
――ロクなもんじゃない。
世間で一流と呼ばれる企業に勤める父親は、世間体ばかりを気にして。
元教師だった母親は、いつまで教師だった過去に縋っているのか。自分の息子が英語ができない事を受け入れられずにいた。
「ねぇ、なんで?」
重ねて問えば、しばらく考えた檜山が「そういう時期だったんだよ」と肩を竦める。
「私もいい歳だったし」
「まだ29じゃん」
「まだ15の君に言われたくないよ」
俺の担任である時にわざわざしなくてもいいのに、と思う。
それも、同じ中学の教師と。
俺にとっては、最悪の組み合わせだった。
さて、と檜山が腕時計を見る。
そろそろ次の生徒の時間なのだろう。
俺にとって彼は特別でも。彼にとって俺は、自分が受け持つクラスの『ただの生徒の1人』だった。
「落ちるぞと危機感を煽ってみても駄目。私立を薦めても駄目。――なら菅田。どうしたら君は、『やる気』になってくれるのかな?」
「だから就職するって」
「……私が――嫌なんだよ」
「は?」
さすがにポカンと、口が開いた。
「何それ?」
「君はやればできるのに、やらない。そして周りは――親さえもが、君が『できない奴』だと思ってる。私はそこが、気に入らない」
「………………」
――バカじゃないだろうか……。
檜山を見つめ、思ったのはそれだった。
「さて、そこでだね。……最終手段だ。私のために、頑張ってみる気はない?」
微笑む檜山の左薬指で、指輪が光る。
直接彼に触れた事も、ないクセに。
その指輪を外してやりたくて仕方なかった――。