我君を…… 6
石を拾って、窓に当てて割らぬよう気をつけて投げる。
窓の下の壁に当たった石に、部屋の窓が開いてあいつが顔を覗かせた。
「……矢野?」
驚いた顔で見下ろす奥野を、微笑んで見上げる。
――なぁ上田。俺は、これを区切りとするよ。
「先生、今まで――……」
ありがとうな、とそう言おうとしたのに。
「矢野、そこ動くなよ!」
大きく言って、顔が引っ込む。
その直後、ガタガターンッ! と派手な音がした。
「――おいおい。油絵ひっくり返してねぇだろうな……」
ありえそうで怖ぇ、と呟いた俺は、「そういや」と思い出す。
1度、「カッターで紙を切っている時によそ見してて」と指に包帯をグルグル巻きにされて、あいつが病院から帰って来た事があった。
「ホント、どうしようもねぇ程ガサツ……」
何度も呆れたその様子が、今は笑える。
笑っていたかった。
「矢野!!」
階段を駆け下りてきたのだろう奥野が、校舎から走り出てくる。
「今度はあんた、何コカしたんだよ?」
笑ってやった俺を、走ってきた勢いのままで抱き締める。
「まだ、日付変わってないよな?」
息を切らせながら耳元で言う声に、「あ? どうだろ?」と腕時計を見ようとした。
――のに。
両頬を手で挟まれて、動けなくなる。
次の瞬間には、キスされた。
「……ちょッ……、まっ……」
これって、ディープ……――。
「……はッ、……ん……っ……」
溢れた唾液が零れて、顎を伝う。
拭おうとする俺の手を掴んで、それすらも許さず、奥野はキスし続けた。
「――お前ね。教師としての僕と、お前の言葉の両方を叶えようと思ったら、卒業式終わってからの『今日』しかないって気付いてたか?」
長いキスが終わった途端、もう1度抱き締められて。
いきなりグチられた。
「お陰で全然、絵が手につかなくて完成しないったら……」
「ちょっと待て。ギリギリにしか完成しないのは、いつもの事だろ」
呆れた声で返す。
「――けど。返事は受け取ったよ」
あいつの長い指が触れるのと、頬や耳にキスしてくれるのを感じ受けながら、背を抱き締め返して夜空を見上げた。
「月が綺麗ですね」
「いやそこは。せめて夜空見上げながら言えよ」
俺を抱き締めながら笑っている、あいつを感じる。
「ちくしょう……」
これからもこんなふうに、くやしいけど俺は、こいつに夢中であり続けるのだろう。
闇に浮かぶ灯りが、イヤんなるほど本当に――。
「月が……」
それ以上は、声には出せなかった。
我、君ヲ愛ス……――。