我君を…… 4
「月なんか、出てねぇよ」
絞り出した自分の声が、ひどく震えている事に、涙が出そうになる。
「言葉なんて、要らねぇ」
震えを止めるように何度も唾を飲み込んで、声を出した。
「もし、違うってんなら。もし――違う答えがあるってんなら。俺が『卒業』するまでに、あんたから俺にキスしろ。俺が、此処の生徒じゃなくなるまでに。――あんたから。……もう、あんたに呼ばれない限り、俺からこの部屋に来ることはしねぇよ」
最後に焼き付けるように奥野を見つめてから、背を向ける。
鍵を開けて、ドアを閉めてから、駆け出した。
部屋から充分離れた場所で、壁に握った拳をあてる。
「もう……何なんだよ……」
ズルリとしゃがみ込んで。冷たい壁に肩を預けるようにして。
「判ってた、ことじゃねぇか……」
バカだ、俺――と。
誰も居ない廊下で独り、身を震わせた。
自分で言った言葉どおり、俺があの部屋に行く事はなかったし。
当然あいつから、俺をあの部屋に呼び出してくる事もなかった。
だけど卒業までの間、美術の授業は普通に受けたし、廊下であいつと擦れ違う時も、今まで通りの反応と挨拶を交わした。
もし――。
同じ相手を想う者同士である上田と俺との違いがあるとすれば、そこだろうと思う。
キャーキャーとミーハーに友人達と騒ぐワケでもなかったが、上田の奥野に対する想いは真っ直ぐで、滲み出す想いが、周りにまで伝わってきていた。
だから奥野も、彼女に対しては人一倍気を遣い接していた。
心無い噂なんて、立つ事のないように……。
――あんな、ガサツなヤツでさえ。
彼女を傷付けたくはなかったのだろう。
俺は、2人の時以外は完全に『その他大勢の生徒』に徹していたから、奥野も気楽なモノだっただろうけど。
そして――。
俺達は挨拶以外の言葉は交わさぬままで。
卒業式を迎えた。