我君を…… 3
奥野は僅かに驚いた顔をして、少しの間の後、フッと笑った。
「ありがとう。僕も矢野のこと好きだよ」
軽い調子で返してくる。
「それは――。生徒として……って事なんだろうな」
指を握ったままの俺の手はそのままに、「勿論そうだよ」とどうという事もないように微笑んだ。
「意外と絵には真剣な処も好きだし、僕が行っていた大学に合格してくれたのも嬉しい」
教え子だし、今度は後輩になる、と。あくまで教師としての顔をして言った。
「俺、は――…」
くやしくて、イラだたしくて、握る手に力を込める。
震えてんのなんて、もうとっくに伝わっているんだろう。
「生徒として、言ったんじゃねぇよッ!」
手を引っ張って、胸倉を掴むようにして。さっきまで俺が座っていたイスに、奥野を座らせた。
ガタンッ! と。イスが大きく軋む音がして、痛みに奥野が顔をしかめる。
「お前ね――」
文句を言おうとした奥野を睨みつけて、手は離さずに、座面の彼の腰の横へと膝を付いた。
呆気に取られているのか、引いているのか。
何も言わない奥野の両肩に、手を置く。
止めろと言わない彼に、唇を近付ける。
唇が触れ合う寸前、あいつは顔を逸らせた。
「……っ……ふ、……ふふ……」
思わず、自嘲に笑いが洩れる。
これが、俺達の距離。
俺が、許される距離だ。
手を握ることが出来る。指にキスもさせてもらえる。
「好き」と言えば、「好き」と返してもらえる。
座っているイスに、膝を付く事も、両肩を掴む事も許される。
――だけどキスは、拒むんだ。
「これが…………あんたの、答えってワケだ」
顔を伏せて呟いた俺に、奥野は「だって」と言った。
「矢野は生徒で、僕は教師だ」
「そんな――言い訳……」
俺は奥野から手を離して、膝も引く。
「じゃあ俺が卒業したら、今度はなんて言い訳する気だよ? さっき言ってたように『後輩だから』? それか『未成年だから』って? ……――そんで結局は、『お前は男だから』って最後まで俺を拒むんだろ?」
向かい合って、あいつを見下ろした。
俺を見上げていた奥野は、何かを思う顔をしたけれど、結局は何も言わずに笑いを吐く。
「なんだよ。『月が綺麗ですね』とでも言えっていうの?」
笑って。肩を竦めて。
この期に及んで、冗談に紛らわせようとした。
……卑怯だろ。