我君を…… 2
「だいぶ出来てきたな」
ん? と訊き返してきた奥野に、アゴで油絵を示す。
「あぁ、なんとか個展にも間に合いそうだよ。――たぶん」
「だからギリギリんなってからアセる、その性格なんとかしろよ」
先輩と一緒にやる個展なんだろ、と呆れた俺の言葉に笑った奥野が、筆を持とうと手を伸ばす。
――コンコン。
今日2回目の、ノックが鳴った。
「はい」
返事して、奥野がドアへと向かう。と同時に、俺はドアからは見えない物陰に隠れた。
「すみません。スケッチを見て頂きたくて」
美術部の部長だった上田は、幽霊部員だった俺とは違って、真面目に絵を描いていた。
そして真面目に、奥野を想い続けてきたのだろう。
「頑張ってるなぁ」
感心したように呟いた奥野が、「見せて」と言う。そして廊下に出ると、ドアの閉まる音がした。
俺に彼女との会話を聞かれたくないのか、上田に俺が居る室内を見せたくないのか――どっちなんだろう、と思ったりする。
ボソボソと聞こえる話し声は、何を言っているのか判らない。
しばらくすると上田の遠ざかる足音がして、奥野が室内に戻ってきた。
「部活が引退になってからもよく来るな、彼女」
俺の言葉に「そうだね」と小さく奥野が頷く。
「彼女が行くのは有名な美大だから。不安なんだってさ」
そう言って、肩を竦め笑った。
「でもこのままだと、ただの僕好みの絵になってしまいそうで怖いよ。僕好みの絵が、彼女の行く大学の教授が評価する絵かどうかはわからないから」
「あんた好みの、絵になりたいんだろうよ」
じっと見つめながら言ってやる。
俺を見返した奥野は、しばらくの間を置いて、クスリと笑った。
「矢野、お前は。たまに訳の解らない事を言うね」
思わずハッと笑いが洩れる。
「あんたのそーいう、大人のズルい処は嫌いだよ」
俺の言葉に、ヒョイと片眉を上げる。
そうして筆に伸ばした手を、掻っさらってやった。
――相変わらず、綺麗な指をしていると思う。
最初に好きになったのは、男のクセに細くて長い指だった。
神経質そうで、繊細そうで。
でも性格は全然神経質でも繊細でもないって、後から思い知らされたんだが……。
「先生の手、好き」
呟いて、奥野の指へとキスをする。
抵抗しない奥野は、けれどボソリと呟いた。
「さっきトイレ行ってきた手だよ」
呆れる。
そんなんで、止めさせられるとでも思ってるんだろうか……。
「手、洗ってねぇの?」
「いや、洗ったけど」
「……ま。あんたのなら舐めてやってもいいケド」
「はい、セクハラ反対」
奥野のセリフに、クスリと笑ってやる。
いつも油絵の具の匂いがする指は、微かに石鹸の香りがしていた。
その指に、もう1度キスをして。
「先生が……好き」
指を握ったまま、上目遣いで奥野を見つめ、告白した。