この空の下で、キミへ 2
風が吹いて、先輩の前髪を揺らす。
額で踊る様子に、「払ってやりてぇなー」と思った。
「俺さー」
瞼を閉じたままで、先輩が口を開く。
目を向けて、しばらくその言葉の先を待つ。
けど、いつまで待っても続けないので、聞き間違いかと視線を逸らそうとした瞬間、先輩が目を開けた。
起き上がると、膝に肘を置いて頬杖をつく。
「……お前は知ってるかもしれないけど。和美がチョコ渡したいって言った時、最初は屋上に呼ばれたんだよ」
「はぁ」
もちろん知ってる。
そん時先輩は、「寒いから」って嫌がったんだ。
「俺、それ断ってさー。何でだろって後から考えたよ。寒ィのなんて、いつもの事だし」
「はぁ。……まぁ、そうッスね」
「お前――だったんだよなぁ。頭の隅に浮かんでたの。……お前に見られたくねぇって、思ってたんだ」
「は?」
俺? と思っていると、先輩がまっすぐ俺を見つめた。
「お前と屋上で別れた後だったけどな、気づいたの。お前の前では、渡されたくなかった。――和美のでも。他の娘のでも」
「………………」
先輩から、目を逸らせられない。
そして先輩も、俺から少しも目を逸らさなかった。
「一応、さ。お前に言われた事も、よく考えたんだぜ。女に恥かかせないって意味とかさ。和美と付き合おうかって思ったりもしたけど。……出来なかった」
「えっ」
付き合ってるんじゃ……ないんスか。
「卒業式の数日前には、和美に伝えて。……泣かせちまったよ」
肩を竦めた先輩に、心臓が、バクバクと音を立てる。
そして卒業式の後の和美さんを思い出した。
先輩から言われた後だったのに、あんな風に先輩と笑ってたのだ。
「……いい女ッスね、和美さん」
「まぁなー」
先輩も、そう言って少し笑う。
その瞳は今、和美さんを映しているに違いない。
「……なぁ。――触れていい?」
先輩が、首を傾げるようにして訊いてくる。
あらためて問われても困る。
声を出せないでいると、クスリと笑った先輩の手が伸びてきた。
首の後ろに手が触れて、引き寄せられる。
俺の、唇に。――先輩の唇が触れて、顔を覗き込まれた。
「今日は、突き飛ばさないんだなー? 優樹?」
顔を真っ赤にしてる俺を見て、ニヤニヤと笑ってる先輩に「ウッセ、バカ」と返す。
キスされて。初めて名前で呼ばれて。
照れないヤツがいたら、見てみてーよ。
「俺も、していいッスか。……キス」
一瞬。
キョトンとした先輩が、ニヤリと笑う。
「ドーゾ?」
先輩の腕を掴んで、先輩の額に口付ける。
前髪に、ずっと嫉妬してた。
触れたいと、ずっと思ってた。
その額に触れられて、嬉しく思う。
――それなのに。
「オコチャマー」
クスクスと笑う先輩を、シバいてやりたい……。
――なんで俺、あんたを好きなんスかねッ!