この空の下で、キミへ 1
3月14日。
屋上に出た俺は、一瞬自分が寝惚けてんのかと思った。
「…………は?」
――里見敬先輩。
あれ?
この人確か、卒業したんだよな? と自問する。
制服ではなく私服でいるのだから、もうここの学生でなくなったのには、違いないようだ。
「……なんでここで寝てんの?」
意味解んねぇ、と近付いて、幸せそうに熟睡している先輩の傍らに座り込む。
風で揺れる、額にかかる前髪を、そっとどけてやった。
こんな事ならコート持ってきてやればよかったなーと思う。
私服で寝に来るって判ってたら、屋上そうじしといてやったのに。
とか。
そんなどーでもいい事を頭に浮かべながら、寝ている先輩の顔を眺めた。
――ずっと、眺めていてーなぁ。
なんて、思ったけれど。
風邪でもひかれたら夢見悪いし、そんなワケにもいかないので、起こす事にする。
「あのー、すみませーん。ここ、部外者は立ち入り禁止なんですけどォー」
口の横に手を添えながら言ってやる。
途端。
ガバッと先輩が飛び起きた。
ププッ、と笑ってる俺に気付いて、「っんだよー」と俺の頭を小突いて再びゴロンと横になる。
「なんでここに居るんスか」
「あー、アレだよ。今日ホワイトデーじゃん。和美にお返ししてきたトコなんだ。他にも何人かもらってたから、他の娘には郵送して……」
「なんスかそれ。――自慢?」
言いながら、密かにいっぱい貰っていたことにショックを受ける。
「まぁなー。俺、モテっからさ」
ニヤリと笑った先輩を軽く睨んで、ああ、和美さんには直接渡したんだな……と小さく笑った。
「ちゃんとお返しとかするんッスねー」
ちょっと意外ッス、と言うと、「なんでだよ」と軽くケリが入った。
「ちゃんとお返ししたぜー。和美には飴。マシュマロ渡そうと思ってたら、マシュマロ嫌い、とかアイツ言うんだぜー。ワガママだっつの。マシュマロ旨いのによー」
グチる先輩に、ハハッと笑う。
失恋した身としては複雑だが、やっぱり先輩の居る『この空間』は穏やかで、嬉しかった。
「――あ。あれッスか。俺にも何か買ってきてくれたんスか」
そんなのいいッスのにー、と続けようとしたのに、「いいや」とあっさり言われる。
「……………………」
――何しに来たんだよ、あんた。
軽く殺意が芽生えた処で、「え、なに。何か欲しかった?」と訊かれる。
「……いいえ。そう言やフランスでも、貰った女の方はお返ししなくてもよかったッスね、確か」
あんたは女じゃないケドな。
俺のスネた様子に、「アッハ」と先輩が笑った。
「お前にはコレ、やろうと思ってさ」
ピラッと、二つ折りの小さな紙を渡してくる。
「何スか?」
広げてみると、数字の羅列。
090 から始まってるから、ケイタイの番号のようだ。
「コレって……」
「そ。俺のケイタイの番号。――お前、知らなかったろ」
「ええ、まぁ……」
これからも遊んでくれるってコト?
「ヒマな時は電話していいってことッスか?」
「まぁな、そんな感じ」
寝転んだままの先輩が、頭の後ろで手を組み目を閉じた。