キミはオレの希望 1
「この学校で1番に落ちるとしたら、君だぞ」
高校受験を前にして言った担任・檜山の声は、可哀想なくらい俺の耳を素通りし右から左へと抜けた。
「でしょうね」
両親が聞いたら発狂しそうな台詞だったが、あいにく俺には、どうって事ない言葉と内容だった。
「落ちたら就職でもするよ」
そしたら家も出られて、親のスネも齧らずに済んで、バンバンザイだ。
「私の教え方が悪いのかな? 中でも英語が最悪だ」
俺の内申を見ていた視線が、上目遣いに俺へと向けられる。
「お母様は元英語の教師だろう?」
なのに何故できないんだ? と訊かない処は、今までの担任よりよっぽど人間ができている。
俺の母親は担任が変わる度、まるで自分を誇示するように英語教師であった事を担任に言った。
もちろん、檜山にもだ。
「それはすごいですね」
「でしたら色々とご存知ですね」
元同業者ほど厄介なモノはない――とばかりに。
驚いた顔をしてからおべっかを使っていた今までの担任達とは違い、檜山は「あ、そうなんですか」と答えただけで、すぐに俺の事へと話題を戻した。
ギリ。
母親が俺の隣で、奥歯を噛み締めたのが判った。
俺は母親が居るのとは反対側の口角を、僅かばかり上げる。
――イイザマ。
俺の心の声が聞こえたかのように、檜山が俺を見た。
目が合ったのは、一瞬。
だけどその一瞬で、彼とは何かが繋がった気がした。
すぐに俺から母親へと視線を戻した檜山は、何事もなかったように面談を続けた。
「ねぇ、先生。どうしてあの時、スカしたの?」
「あの時?」
突然の質問に、檜山は静かに俺を見返す。
無言だったのは、数秒。
小さく息を吐くと、やれやれと言うように机に左肘を付いてこめかみを支えた。
「質問してるのは、私の方が先なんだけどね。……お母さんのじゃなく、『君』の三者面談だったからだよ」
視線を机の上の内申書に落としたままの檜山に「さすが」と思う。
あれはもう、何ヶ月も前の話。
俺の今の言葉だけで、すぐに思い当たるなんて。
――あなたは知らないんだろうな。
あの時から彼は、俺の『特別』になった。
「あ、そ。先生への答えは、『教え方』の問題じゃない、だよ。人間には、得手、不得手ってあるだろ? 合う、合わない、とかさ。俺は英語が苦手なんだ。――どうしても合わない」
「合わないんです」
「え?」
檜山は肘を付いていない方の手で日誌を持って、ポン、と軽く俺の頭を叩いた。
「先生には敬語」
「えっ…、今更かよ」