思わぬ遭遇
東条のお願いを気安く請け合ったは良いものの、さて夢野と仲良くするにはどうすれば良いのか分からない。3組の仲間として切磋琢磨を続けてもうすぐ半年になるが、彼女とはプリントのやり取りこそすれど、プライベートに立ち入る雑談をしたことはない。演劇部に誇りを持っているようではあるが、演劇のことなど中学2年生の男子に分かるわけもない。演劇を観ている暇があったら、AVを観ているような連中である。
それに、だ。
サッカー部にはコミュニケーション能力に長けた男が集まるのは確かだが、全員が全員そうであるわけじゃない。東条と加賀美はどうだか知らないが、月本はあまり人づきあいが得意な方ではなかった。サッカークラブのよしみとして、他のチームメイトが仲良くしている奴らと話すことはあるけれども、個人的な付き合いほぼ無いのだ。
困った。
あぜ道を歩きながら、月本は思案に暮れた。学校の南側では、1年生の連中が田んぼの中を走っている。ファイオーファイオーというけだるいかけ声が聞こえる。ヒラショ――――――ファイオーファイオーファイオー。
「ラーメンでも食わねえ?」
隣を歩く東条が発案する。お、いいねえ、と加賀美。しかし月本は乗り気になれない。ラーメンといえば箸を使ってチュルチュル吸う食べ物だが、自分は今右手を使えない。左手で箸を使うにはいまだ慣れていないから、フォークでもなんでも店長から拝借しなければならないだろう。しかし、ラーメン屋でフォークを使うのは3歳で卒業している。今更11年も逆行する気になれない。
「僕はパス」
「なんでだよ、行こうぜ」
「箸が使えないんだよ」
「そんなんフォークでも借りろよ」
「恥ずかしいだろ、そんなの」
「俺からすれば、変なプライドにこだわってる方が恥ずかしいぜ」
ぐうの音も出ない。
「それに、作戦会議すんだよ、どうすれば東条が夢野とくっつけるか」
「作戦会議って……」
「なんか楽しそうじゃん、それ」
渦中の東条はノリノリである。加賀美も加賀美で自分を逃す気はないらしい。
月本はため息をついた。
「……分かったよ」
「っしゃあ! 決まりだな」
3人は住宅街の中を進む。
* * *
東条の選んだラーメン屋は、去年の6月に新しくオープンした店だ。俗に言う家系ラーメンで、名前こそ聞いていたがこんな田舎町、そもそもラーメン屋の頭数自体が少ない。もちろん家系なんていうものはなかった。それがとうとうこの平山市の田舎町にもできたのだ。近所ではすでにちょっとした話題になっていた。
昼には遅く、夕飯にはまだ早い時間帯の店内は、あまり人がいなかった。幸いテーブル席があったのでそこへ通される。
月本と加賀美が隣り合い、向かいに東条が座る。
注文を済ませると、東条は一度目を閉じて深呼吸をし、
「……で、夢野とは仲良くなれそうか?」
「話すくらいなら造作もないな」
加賀美の言葉にうなずく。そう、話すこと自体は容易だ。彼らは別にコミュ障ではない。
「でも友達になるにはどうかなあ。夢野、あまり男子といるところ見たことないし」
「当たり前だろうが!夢野はそんな軽い女じゃねえんだよ!」
「お前が夢野の何を知ってるんだよ……」
すぐにラーメンが運ばれてくる。家系といえば濃厚な醤油豚骨、今まで塩か味噌か醤油しか知らない3人にとっては新鮮なにおいと味である。
「うめえ!」
東条が叫ぶ。さっきまでの深刻な顔はどこへやら、目を輝かせて麺をすすり、スープを吸い、海苔を食べている。苦笑しつつも月本がスープを飲む。確かに美味い。あまりこってりしたものが好きではない彼でもリピーターになりそうなほどだ。それくらいの吸引力がこのラーメンにはある。
「確かに美味いな。ここに夢野連れてくればイチコロなんじゃねえの?」
「女子とラーメン屋か……ハードル高くね?」
「そうか?美味いし安いし文句ないだろ」
あくまで加賀美は自分の目線からものを言う。しかし月本は違った。以前知り合いの女子と2人で牛丼屋に行った際、女の子を牛丼屋に連れてくのは無いなあ、と苦笑混じりに言われたことがあった。
「いや……やっぱりラーメン屋は駄目だよ」
「なんだよ、まるで知ったような口だな」
加賀美が唇を尖らせる。
「まあ、ちょっとね。やっぱり女の子を連れてくならオシャレなとこか、話題のスイーツとかじゃない?」
「バッカお前、それは大人の恋愛だろうが。子供のうちはラーメン食って鬼ごっこするのが最高だろ」
「小学生かよ……」
東条は頭を抱えた。彼が相談した2人に恋愛経験は無かったのだ。あると思って声をかけたわけではないが、コイツらに相談しても芳しい答えは返って来ないかもしれない。本番は別の誰かに相談しよう。そう思った。
「でも月本、お前火村さんと仲良いじゃねえか。よく2人で遊ばねえの?」
「早苗は……アレは女の子ってより、お姉ちゃん的な感じだからなあ」
「贅沢言いやがってこの〜!」
嫉妬混じりの声を出しながら、加賀美が月本の丼からチャーシューを奪う。あ、俺も。東条もほうれん草を盗んだ。
「あ、オイ!」
月本も負けじとフォークを使って海苔やらラーメンやらを器用に奪う。国盗り合戦ならぬラーメン盗り合戦が始まった。が、申し訳ありませんが店内ではお静かに願いますという店員のマジなトーンの注意によって、あっさりと終戦宣告がなされた。三者痛み分けに終わる。
「てか火村さんよりもお前、最近転校生と仲良かっただろ。えーっと……」
「五百蔵な」
「そうそう、五百蔵。アイツとはなんの関係もねえの?」
聞かれて、月本は苦い顔をする。
「あの子は別世界の住人だから」
「は? なんだそれ?」
「東条は聞いたこと無かったか。あの転校生、毎日ベンツに乗って帰ってんだよ」
「マジで!? 金持ちじゃねえか!」
「だからだよ……僕みたいなのが仲良くしていいのかって思ってさ。最近は会話もしてない」
くだらねえ、と東条が鼻息を吐く。
「たとえ夢野が金持ちだろうが、俺は絶対諦めねえぞ」
「それは好きだからだろう。僕は別に五百蔵とどうなりたいというわけでもないから」
「チキンが」
「チキンだな」
東条と加賀美に笑われる。月本はムッとしてスープを啜る。だんだん冷めてきた。
「そろそろ出るか」
「だな」
三人揃ってごちそうさまと言い、店から出ようとすると、外から聞き覚えの声がした。男ではなく女の声。優しげだか芯のある声だ。
まさか、と月本は横を見た。
加賀美と東条もうなずく。
そのままドアを開けると案の定、
「あれ、月本と……加賀美」
件の人物――夢野咲希が、友人らしき女子生徒を2人連れて立っていた。
「夢野か。奇遇だな」
加賀美が気さくに答え、月本も愛想笑いを浮かべる。
「あんたら、ここのラーメン食べたんでしょ? どうだった」
「美味かったよ。ね?」
東条に話を振る。が、彼は夢野を前にして頭が真っ白になっていた。顔は真っ赤だった。月本が頭をはたくとハッと我に返り、
「あ、ああ、美味かったな! 俺のお墨付きだぜ!」
「アハハ、なにそれ」
夢野が笑う。東条が嬉しそうに顔を崩した。気持ち悪い。
彼女が月本に振り返り、
「この人は知り合い?」
「うん。1組の東条。僕らと同じFCひらやまの部員だよ」
「へえ。夢野咲希です。月本たちとはクラスメイトです」
「と、東条伸也っス! よろしくっス!」
「なんで敬語……?」
「はは……そういえば、お前らもここでなんか食うのか?」
「うん、そのつもり」
夢野はそう答えたが、彼女の右隣にいた生徒が、
「あのさ、せっかくだから6人でどっか遊び行こうよ」
「今からか?」
加賀美が困ったように言う。もう時刻は5時を回っており、中学生は家に帰る時間帯だ。
「うん、どうせヒマっしょ? 夜に帰ってもダイジョーブだって」
どうやら彼女は、夜まで遊ぶことに慣れているようだ。初めて見る生徒だが、制服は胸元が見えるくらいボタンを開けているし、スカートは校則違反を地で行くくらい短い。おまけにイヤリングやネックレスもつけており、都会に生息するというギャルっぽい見た目をしていた。夢野と付き合いがあることに驚きだが、案外友達とはそういうものなのかもしれない。
月本の苦手な人種である。が、はっきりと断る度胸も臆病者の彼にはない。それに、これはチャンスでもある。東条と夢野がお近づきになれるチャンスだ。
加賀美もそう考えたようで、
「ま、今日ぐらいいいか。お前らもいいだろ?」
「うん」
「お、おう!」
向こうの女子三人も異存はナシ。
6人は最寄り駅へ向かって歩き始める。