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転校生は運動もできるらしい

 第二グラウンドを使って行われているソフトボールでは、2年3組と3年1組が試合をしている。


 2年3組が先攻で、現時点では2回裏で0対0。短髪の気の強そうな真田さなだれいが、男顔負けの剛速球を投げては並み居る3年1組の俊英をことごとく三振に打ち取っている。真田はソフトボール部の中でもエース級だというからこの試合はもらったな、と今朝トーナメント表を確認していた男子が言っていたのは本当らしい。


 月本はほたるを探してキョロキョロとと首を振る。


 いた。


 ほたるはどうやら先発出場のようで、今はセンターのポジションで左手にグローブをはめている。顔は相変わらずの無表情。飄々としている感じが逆に相手にプレッシャーをかけていそうだ、と月本は思った。

 彼が3組の応援組に合流すると同時に、カキーンという金属バットの小気味よい音が響く。

 白球が、雲一つない青い空へ上がった。

 上空にはトンビが一匹、輪を描いて旋回している。

 ボールは美しい放物線を描いてセンターへ落ちていく。真田はマウンド上で行く末を見守る。打者は1塁を蹴って2塁へ走る。

 ほたるは落下地点へ正確に走り、グローブを構え――


 落とした。


 ほたるが頭上に構えたグローブが、無情にも白球を弾いた。一気に3年側から歓声が上がる。打者は2塁を蹴って3塁へ。3塁コーチャーが腕をぶんぶん回す。ライトの夢野とレフトの飯島があたふたとほたるの方へ駆け寄る。あちゃー、こりゃダメだ、と観客の誰かが言う。なるほどダメだと月本は思った。

 ほたるは流れるような動作で落とした白球を土の上から拾い、バックホーム。彼女から発射された白球は、大砲のようにすさまじい速度で寸分たがわずキャッチャーの構えるミットへ、轟音を立てて収まった。ワンテンポ遅れて走者がホームベースを踏む。


 しん、とグラウンドが静まり返る。

 第一グラウンドから「マイボマイボ!」という声がきこえた。


「アウト!!!」


 審判が叫ぶと同時に、今度は2年の方から歓声が上がった。お祭りのような騒ぎだ。たかが1アウト、されど3アウトチェンジ。あわやランニングホームランかというところを、見事ほたるのレーザービームで仕留めたのだ。

 月本は幸運にも先の顛末の見届け人となることができた。

 彼は今までの経験から、ほたるには秘められし運動神経、あるいは才能があるのではないかと勘繰っていた。今日はそれを確かめようとも思っていた。そしてソフトボールの試合を見に来てほたるがエラーをした時には、ただ大人の女性を小脇に抱えて練り歩けるだけの馬鹿力女だと危うく決めつけそうになっていたが、彼女の剛腕を見てまた評価を改めた。おそらく彼女の運動神経はすさまじい。今はライトを守っている夢野が、前日に「五百蔵さんはバットの握り方も知らなかった」とあきれ半分にぼやいていたが、それを埋めてなお有り余る才能が、彼女にはあったということだ。


 ピッチの9人が戻って来る。入れ違いに出て行く3年の中で、先ほどランニングホームランから一転ほたるに刺された女生徒が肩を落としているのが見えた。


「すごい! すごいよ五百蔵さん!」


 ほたるが戻って来るやいなや、ベンチを温めていた生徒、応援に来ていた男子、完封勝利を目指す真田などなどの面々が、次々とほたるに声をかけた。皆誰もがほたるをほめたたえていた。ついさっきまで得体のしれぬお嬢様転校生だったのが、急にピンチを救ったヒロインになった。「おい、あれ何キロ出てたんだよ?」「分からん、ただ160キロは確実だろうな」「嘘だろ!?」応援に来ていた野球部の諸氏からそんな声がきこえてくる。


 皆が欣喜きんき雀躍じゃくやくする中、当のほたるは相も変わらぬ無表情で、汗の一つも流さず、極めて涼しげにベンチに戻った。彼女はさっきのプレーがさも当たり前かのように振る舞っていた。それがまた周囲の評価を上げた。

 目が合う。

 ほたるがベンチを立ってこちらへ駆け寄ってきた。


「月本」

「や、やあ。見てたよ」

「どうだった?」

「どうって……僕は野球したことないけど、すごかったよ」


 以前動画サイトで見た、メジャーリーガーのスーパープレーさながらだった。多分すごいのだろう。

 気の利かないコメントだったが、ほたるはあえてとがめようともせず、


「ありがとう」


 無表情のままに言う。

 先頭バッターの飯島が出塁した。


   *  *  *


 試合は1対0で2年3組の勝利に終わった。3回表にほたるがタイムリー2ベースヒットを打って得られた1点を、真田が気迫のピッチングで守り抜くという形になった。

 接戦も接戦で、試合後選手たちは張り詰めた糸が切れたようにめいめい崩れ落ちた。その中でほたる一人だけが余裕たっぷりに体育座りをしている。彼女はまだクラスから浮いているらしい。間違いなく試合のヒーローだったはずだが、試合が終わればまた元の不思議な転校生に逆戻りしている。女子は話しかけたくても話しかけられないという感じだし、男子がチラ見しているのは体操着から長く伸びる脚を見ているだけだろう。

 月本も遠巻きに見ているだけの一人だったが、なんだか彼女にはひどく憂愁をそそるものがあったので、気がつけばほたるの方へと足が向く。


「大活躍だったね」


 ほたるは目線を月本の方に向けると、自分の左隣の土を平手で二回叩いた。座れという合図だろう。月本は若干離れて腰を下ろす。すると、ほたるが空いたスペースを埋めるように月本の方へ詰めてきた。


「すごかったじゃん、さっきの試合。打って守って」

「ううん」

「ソフトボールはやったことあるの?」

「ない」


 意外だった。


「フライを落としちゃった」

「あれは……初心者なら誰でもするミスだよ。僕だって、多分」

「月本は、野球部なの?」

「いや、僕はサッカーだよ。今は骨折して練習できてないけど」

「……大丈夫?」


 ほたるがいたわるような視線を、月本の右腕に向ける。


「もうほとんど痛みはとれてるし、多分来週には全快すると思う」

「そう」


 ほたるは自分の前方に、視線を戻す。第二グラウンドでは今は第二試合が行われていて、長身の女子がピッチャーの投げた甘い球をフルスイングで打った。レフト方向へ高く高く上がり、外野の頭上を越えてさらにグラウンドの隅へ転がっていく。応援から歓声が上がる。おそらくランニングホームランだろう。

 レフトの女子は初心者に加え運動があまり得意でないようで、一生懸命走って拾ったボールを見当違いな方向へ投げた。それをセカンドが追ってまた拾った頃には、走者一掃のランニングホームランとなっていた。一歩間違えれば、さっきの試合もこんな風になっていたのかもしれない。


「喉、乾かない?」

「別に」


 ほたるは試合から視線を外さずに言った。


「そっか。じゃあ僕は自販機で飲み物買いに行くから」


 そう言って辞そうとすると、服の裾をつかまれる。


「ど、どうしたの?」

「わたしも行く」

「そ、そっか……」


 二人は連れ立って後者の方へ歩き出す。

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