死を覚悟しないとやってられない男-3
翌日、いつもと変わらない日々は戻ってきた。
危うくミノタウロスとは全く別の要因で死者が出るとこだったが、今日も穏やかで平和な朝を迎えることができている。
これもそれも、俺が身体を張って戦ったおかげだ。なのに……村の連中はミノタウロスを一撃で倒したリューネを褒めるばかりで、俺のことはちっとも褒めてくれない。
そればかりか、リューネを気絶させたのが俺だったと知るや否や「怪我人が出たらどうするつもりだったんだ!」と怒られる始末。一番死にそうになったの、俺なんですけど?
まあそんなわけで、今日も今日とて、ふて寝中。もう絶対に働かないでござる。
「起きろっ!」
「やめてよ! 弱い者いじめはやめてよ!? まだ俺をいじめたりないっていうのか!?」
そして今日も今日とて、リューネが俺から布団を奪おうとしてくる。理由は昨日と同じだ。
結局、昨日の戦いを終えても俺のレベルは上がらなかった。
ミノタウロスから溢れ出した魔素が、ほぼ全てリューネに吸い取られていた時点で察してはいたが、やはり俺のレベルはどうあがいても上がらないらしい。
そんなわけで、リューネが何を言おうが、こんな早朝から身体を動かそうとは思えなかった。
「お前もしつこいな……どのタイミングから見ていたかは知らないけど、昨日の俺の無様な姿を見ただろ? 結局ディーチに頼まないとダメージすら与えられない雑魚なんだよ、俺は」
「でも、ユンケルが一番活躍していたじゃない!」
本気でそう思ってくれているのか、リューネは真っ直ぐに俺を見つめる。
村の連中は褒めてくれなかったので、素直に嬉しいと感じてしまった自分が悔しい。
「レベル0であれだけ活躍できたんだよ? ミノタウロスの前に立ったのが仮に他の人で、同じレベル0だったらきっと死んでる……! ユンケルはレベルが上がれば誰よりも強くなれる素質があるはずだから……!」
「そのレベルが上がらないから、こうしてふて寝しているわけだが?」
気持ちは嬉しいが、そろそろ理解してほしい。
というよりしつこすぎる。こいつ、かれこれ一時間はここにいるんじゃないだろうか?
「お姉ちゃん、お兄ちゃん? もうすぐ朝ご飯ができるから家に来てね?」
その時、開けっ放しだった扉からコンコンとノックの音が響く。
視線を動かすとそこには、おたまを片手にエプロンに身を包んだシルの姿があった。
今日もシルは尊い。わざわざこうして俺の家にまで来て報告してくれるのだから。
「今日も悪いな、すぐ行くよ」
お互い両親不在のため、俺は食事をする時はリューネの家に厄介になっている。
作るのは主にシルだが、シルは嫌な顔一つせず毎日美味しい食事を用意してくれるのだ。
「今日の朝はね、コーンポタージュ作ってみたんだ。初めて作ったから、上手にできてないかもしれないけど……」
美味しいと言ってもらえるか不安なのか、シルは落ち着きなくモジモジとしていた。尊い。
「大丈夫だ。シルが作ったものなら絶対に美味いし、俺は絶対に残さない」
「本当? いっぱい作ったからたくさん食べてね!」
そう言って太陽のような笑顔を浮かべると、シルは鼻歌交じりに部屋から立ち去った。
邪悪な心を持った俺にはあまりにも眩しすぎる。
心の汚れきった俺なんかが近付いては、穢れてしまうのではないかと臆病になるくらいに。
「はぁ……シルは日に日に尊さを増しているな、もうすぐ尊さが臨界点を超えそうだ」
「臨界点を超えたらどうなるのよ?」
「多分……死ぬんじゃないかな?」
真剣に答えたのに、リューネは汚物を見るような引きつった顔を向けてきた。
やめて、そんな目で俺を見ないで。
「いいから起きなさい! 朝ご飯の前にちょっと走り込むくらい……いいでしょ!?」
「そんなことするくらいなら畑を耕すね!」
ちなみに俺は、普段は畑仕事をしている。
いくら強くなりたいとはいえ、生きていくには食いぶちを稼ぐ必要があるからだ。
リューネの両親が亡くなり、俺の両親が旅に出てからはずっと畑を耕して生きてきた。
いつかはリューネの両親を奪った魔王を倒し、高額報酬のクエストをガンガンこなして楽な生活を二人にさせてやろうと頑張ってきたが、どうやら俺には無理のようだ。
なので、俺はこのまま農民として畑仕事に専念する人生を送りたいと思う。
「起、き、な、さ、い!」
そんな俺の心境を知らず、この女は俺を起こそうと強引に服を引っ張ってきやがる。
「あ、ちょ! それ以上服を引っ張らない……アッ!」
暫くして、俺の服はビリッビリに破けた。
いくら安物の生地の服だからって、腕力ありすぎでは?
「大変だユンケル! リューネ! いるか!?」
そして昨日と全く同じ流れで、ディーチがタイミングよく部屋の中へと入り込んできた。
「な……お前ら何をやっているんだ!?」
頬を赤くしてたじろぐディーチ君、十八歳。
服を破いたあと、勢いあまってリューネが俺をベッドに押し倒している状態となれば、目の前に広がる光景をいかがわしく感じてしまうのも無理はない。
普通は逆のポジションだと思うが。
「二人の関係は昔から知っているつもりだけど……その、僕はまだ早いと思うんだよね」
「な、何を勘違いしてるのよ! 私とユンケルはただのお隣同士でそういう関係じゃ……!」
「とてもよかったよ、リューネ君」
「ユンケルは黙って!」
ギャーギャー言い合う二人をよそに、俺は重い腰を上げて立ち上がり、破かれた服を脱いでいつもの外着へと着替える。
「それで、ディーチは何の用だ? 俺はこれからシルが作った飯を食うスペシャルミッションをこなさないといけないんだが? 用件があるなら手短に頼むぜ」
隣でリューネが不服そうに「その前に走り込み」と顔を近付けながら凄むが、俺は無視してディーチに視線を向ける。
「二人……いや、リューネにお客さんだよ」
「ん? 俺は関係ないのか?」
「ミノタウロスを倒した人にぜひ会いたいって、王都のギルドに所属する方が呼んでいるのさ」
「王都の? なんで朝っぱらからこんな偏狭な村に?」
「忘れたのかい? 今日は五年に一度の回収日だよ」
回収日と聞いて、俺とリューネはすぐに「……ああ」と少し寂しげに納得顔を見せる。
回収日、それは五年に一度、この村に聖魔教団の司教が訪れ、死者が弔われる日だ。
「もう……そんな日か」
さすがの俺もふざけた発言はできず、溜め息交じりに頭を掻いてしおらしく俯く。
こんな偏狭な村でも、それなりに人口はいるため、五年もあれば死者の一人くらいは出る。
寿命で亡くなる者もいれば、村周辺のモンスター退治に失敗して亡くなる者、俺とリューネのように強くなるために森へと入り、実力差を見誤って亡くなる者も少なくはない。
当然、亡くなった者を五年間も放置するわけにはいかないため、遺体を燃やして村で弔うのだが、村の者や、村の教会に派遣されている教団の神父ではどうしようもない物体が存在する。
そう、ソウルジュエルだ。
遺体を燃やしても、ソウルジュエルだけは輝きを失わずに残り続けるのだ。
教団が定義する一説によれば、死ぬと同時に、魂はソウルジュエルへと封じ込められ、天に召されることなくソウルジュエルの輝きを保ち続けるとされている。その魂を解放する秘儀を代々受け継いできた聖魔教団の教祖が、無償でソウルジュエルの魂の解放を行ってくれるのだ。
それを回収しに、五年に一度、司教はわざわざこんな偏狭な村にまで来てくれる。
「今回は六人かな? 久しぶりに大人数を弔ってもらうことになるね」
「昨日俺が頑張らなかったら、もっと大人数になっていたかもよ?」
「はいはい、ユンケルは頑張ったよ。僕はちゃんと認めているさ」
苦笑しながらディーチは返す。
子供扱いが少し不服だったが、村の連中に比べたら大分マシなので満足してしまう俺。
「しかし、王都のギルドに所属するような凄い人がリューネに何の用だよ?」
「さあ……もしかしたらスカウトかもしれないよ?」
「スカウトか……まあ、それしかないか」
司教の護衛でここまで来たのだろうが、来てみたら十五歳でレベル15の逸材がいたから連れて帰ろうと考えたのだろう。実際、リューネの実力は王都のギルドでも通用する域に達しているし、今後の伸びにも期待できる。
「それじゃあササッと行って挨拶して来いよ。俺はシルが作った朝食を先に食べてっから」
トレーニングお化けを追い出す良い口実ができたと笑みを浮かべ、俺はディーチとリューネを部屋に残してシルの待つ隣の家へと向かおうとする。
リューネが戻ってきたらまたトレーニングしようとうるさく言ってくるだろうが、その前に畑仕事を始めてしまえばいい。畑仕事を妨害してまでしつこくは誘ってこないだろう。
それに最近、畑仕事をしながら終える一日も悪くないことに俺は気付き始めた。
そろそろナスときゅうりとトマトも収穫できる。昨日収穫したとうもろこしをシルに渡したらめちゃくちゃ喜んで早速コーンポタージュを作ってくれているし、こういう人生も悪くない。
「ユンケルも行くんだよ?」
だがリューネは逃がさんとばかりに俺の肩を力強く掴んできた。
肩が爆散しそうなくらい痛い。
「その人はミノタウロスを倒した人を呼んでいるのよね? 倒したのはユンケルもじゃない?」
「ふざけんな、ミノタウロスを落とし穴にはめて、火炎瓶とかあらゆる手段を使って倒した俺と、一撃で切り裂いて倒したお前、呼んでる対象がどっちかなんてわかりきってるだろ?」
「でも、ユンケルもミノタウロスを倒した人……よね?」
リューネは笑顔で肩を掴む力をさらに強める。こいつ……俺を殺す気か?
さすがしつこさと頑固さに定評のあるリューネさん。これは意地でも一緒に行かないと離してもらえない悲しい展開。
俺は無性に、二日前までミノタウロスを倒したらレベルが上がると信じていた無垢な俺を全力で殴りたくなった。




