臆病者の戦い方-9
「ルード、潜んでいたアサシンカメレオンも仕留めておきました」
「ああ、ありがとう」
パーティーの指揮を任されているのか、ルードはギルド員に指示を出すと剣を鞘へと戻す。
「さて……ご無事でしたか? お嬢様方、もう安心ですよ?」
そして、白い歯の見える爽やかな笑顔を浮かべ、いつの間にか腰を抜かして地に尻をつけていたメイプルとバーニャに手を差し伸べた。
「あ、ありがとうございます」
バーニャはその手を取って、まだ何が起きたのか理解していない様子で立ち上がる。
「ほら、そちらのお嬢さんも」
「あ、いいです。自分で立てますので」
一方メイプルはスッと立ち上がり、素早くルードから距離を取って頭を下げた。
すかした男が苦手なのだろうか? 俺、お前のそういう正直なところ好きよ。
「それよりユンケルさんです! 大丈夫ですか!」
「あ……そ、そうだ! ユンケル!? 大丈夫なの!?」
その後すぐ、横たわる俺の下へと二人は駆け寄る。
「ああ……こんなミルクまみれの犬を拭いたボロ雑巾のような姿になって! 今回復しますね」
「そんなにひどいかな? 俺締め付けられて骨とか内臓にダメージがあるだけで、見た目はそんなにボロボロじゃないと思うんだけどなぁ? おい、目を合わせろ」
とはいえ、身体が動かないくらいには重症だった。
そんな俺の傍にメイプルは寄ると、精霊の力による光がメイプルの手元へと集中する。
精霊術式を初めて見るリューネはその光に見惚れてか、それを静かに見届けた。
「お前……治療できるのか?」
「私はバーニャちゃんのように攻撃的な精霊の扱い方は得意じゃないですが、その代わり、癒やしの力を精霊さんに借りるのが得意なんです。一生恩に感じてくれていいんですよぉ~?」
「えへぇ~」と気の抜ける顔で、とんでもないことを口にするメイプル。
魔素を持つ者が使える一般的な魔法でも、治癒効果のある魔法を使える者は珍しいからだ。
本来、聖魔教団で訓練を受けた僧侶が扱える特別な力であり、扱えないのが普通である。
「なんでもありだな、精霊術式」
メイプルの手から放たれた光が俺の全身を駆け巡り、眠くなってしまう暖かさに包まれた。
少しずつだったが痛みも治まり、身体が軽くなっていく。
「それで……ユンケルはどうしてここに? あなたたちは……誰?」
そこで、苦しそうだった表情が和らいで安心したのか、リューネが俺に問いかける。
「仕事でここに来たんだよ…………まあ色々あって、ピンチになったけど」
「いったいなんの仕事よ……? それに色々って……」
何も言うまでもなく察したのか、リューネはバーニャとメイプルの二人を交互に睨みつけた。
責任を感じているのか、バーニャはリューネに見られると暗い表情になって俯く。
「俺たちのことはもういいだろう? 助けてくれたことには感謝してるけど、それよりリューネはどうしてここに?」
「……それは私から説明しよう」
リューネを背後へと下がらせ、どこか威圧的な態度で、ルードが俺の前へと立つ。
何故かはわからなかったが、ルードの表情は険しかった。
「二日前、この森に住まうモンスターの討伐を依頼され、我がギルドの仲間が向かったのだが……いつまで経っても戻らないので我々が救助隊として派遣されたのさ」
その時、ルードとリューネの仲間が、恐らくは俺たちを助けるために放りっぱなしにしていた荷車をこの場へと運ぶ。どうやらここに来た時に見た荷車の跡は、救助者を運ぶためにリューネ達が運んできた時のものだったようだ。
「悲鳴が聞こえたので急ぎ向かった途中、君たちと遭遇した……というのが現状だ。あの悲鳴は君か……もしくは彼女たちかな?」
「悲鳴を上げた奴なら……あんたらが倒したマンティコアに喰われてたよ。そっちの方角に遺体があるはずだ。原型がないから、誰かはわからないだろうけど」
言いながら、俺は逃げてきた道を指差す。マンティコアは木々を倒して強引に迫っていたため、どの道を行けば遺体に辿り着くかはその痕跡で簡単にわかるだろう。
「遺体の数は?」
「一つだ」
「単独行動……連携を大事にする彼らが? 同行した二人は既にやられたということか? レベル18を超える彼らがこの森で殺されるなんて想像できないが……直接確認するしかないか」
俺からの報告を聞くや否や、ルードは振り返って遺体のある方角へと歩き始める。
「さっさと起きたらどうだ? そこにいる僧侶の女性のおかげで、もう歩けるはずだろ?」
ルードは歩きながら俺を一瞥すると、冷たく言い放った。
この人、バーニャとメイプルには手を差し伸べていたのに、俺には厳しすぎでは?
「まさか……君まで王都にまで来ているなんてね、レベル0がいったい何しに来たんだい? 今みたいに、誰かの命を危険にさらすためにここに来たのかな?」
故郷の村でルードが俺をレベル0と知った時の表情から薄々感じていたが、どうやらこの人は弱い男に対しては軽蔑的な態度をとるようだ。
あの時は、リューネを勧誘していた手前もあって、態度を抑えていたのだろう。
「村で大人しくしていればいいものを……そんなにリューネ君の傍にいたいのかい?」
「俺がどこにいようと勝手では?」
「ふん……実力もないくせにこの森に挑むなんて、身の程知らずもはなはだしい。君のせいで魔法を扱える可憐な女性を二人も犠牲にしていたかもしれないと思うと、怒りが収まらないよ」
言い返せず、俺は唾を飲み込んで押し黙る。
森に入るつもりはなかったとはいえ、今回のような事態を想定して準備していなかったのは紛れもない事実だ。それに準備したからといって、助かったとも限らない。
この森の危険性を事前に調べ、来るべきではなかったというのは、その通りだと思う。
「ち、違うんです……あの、その……私のせいで」
きつく俺を睨みつけるルードの間に入り、バーニャが申し訳なさそうに手を胸に当てる。
だがルードは、そんなバーニャを見て鼻で笑った。
「女性に責任を感じさせるなんて、男としても失格だ。やはり……レベル0の君がリューネ君の才能を食い潰していたとしか私には考えられない。君がいなければ彼女はもっと……」
「そんなに俺が嫌いか? まだそんなに話したこともなかったと記憶してるが?」
「弱いくせに、強い誰かに守ってもらって粋がる男を好きになれる奴なんているかい? リューネ君が君を慕っているのが不思議なくらいだよ。どんな言葉で言いくるめたのやら」
「ちょっと……ルードさん」
さすがに心無い言葉にリューネも不快に感じたのか、ルードを睨みつける。
するとルードは「少し言いすぎたよ」と肩をすくめて歩を進めた。
「リューネ君、私と一緒に前衛を頼めますか? 残りの三人は彼女たちと……彼を護衛してあげてください。森の中は常に危険が付き纏いますから」
ルードは手招きして、リューネを呼び寄せる。
リューネは気を遣って俺に一度視線を合わせると、ルードの傍へと駆け寄った。
「私、あの人嫌いです。なんていうか、すごく頭悪そう」
「さすがメイプルさん、言いますねぇ」
俺を回復しつつ、嫌悪の視線をルードに向けるメイプル。
「ユンケルさんはなんで言い返さなかったんですか? 私、ストレス溜まりましたよ」
「そうよ、それに……どうして私が悪かったこと、あの人に言わなかったの?」
二人は不服そうに俺を見つめる。
「言ったところで何かが変わるわけでもないだろ?」
「でも、あんたが悪かったみたいになってたじゃない」
「誰のせいになったとしても同じさ、これからのことや結果が変わるわけじゃない。それに……あのキザ野郎の言っていたことも、あながち間違いじゃねえよ」
今回のことで、俺は改めてレベル0の弱さを思い知った。
確かにバーニャやメイプルの使える精霊術式は強力ではあるが、それでも複数のモンスターに囲まれれば、どうしようもないくらいに無力なのだ。
そして、いくら強くなろうと、レベルを持つ者には決して届かないということも。
「やっぱ強いな……王都一のギルドってのは」
ルードだけじゃなく、その仲間の三人もとんでもない速さと力を持っていた。
逃げるのに必死だったマンティコアを、一瞬で片付けてしまうほどに。
強くなれると聞いてすっかり忘れていた気持ちを呼び起こされた気分だった。
レベル15になったリューネの力を前にして、一度理解していたはずだった、
【どうあがいてもこれに届くことはない】と。
なのに……王都に来てまで何をやってるんだろうな? 俺。
「さて……っと」
メイプルのおかげで動くようになった身体を起こし、俺は立ち上がる。
これで二回目だ。強くなるのを諦めようと思うのは。
いよいよリューネも、俺らしくないなんて言わなくなるかもな。
「どこ行くの?」
立ち上がって早速歩き始めた俺に、バーニャが問いかける。
「どこって……あいつらについて行くんだよ。生きて帰りたいだろ?」
そう返すと、バーニャは何も言わずに俺のあとに続いた。
今回のことで身の程を思い知ったのだろう。ずっと顔を俯かせている。
少なくとも、レベル0の俺たちにできることは多くないのを知ったはずだ。
「…………あ?」
その時、再び言いようのない違和感に襲われた。
嫌な汗が浮かび上がり、俺は思わず立ち止まる。
「ぶへ……どうしたんですか急に?」
立ち止まった俺の背中に額をぶつけ、メイプルも俺の視線の先を見つめる。
「なあ……なんかおかしくないか?」
「ほぇ? ……へ?」
俺がそう指摘すると、気付いたのかメイプルも眉根を寄せた。
視線の先にあったのは、ルードたちが倒したマンティコアの死骸。




