臆病者の戦い方-4
「あいつ……いつもあんな感じなのか!? あんなのでよく今まで生き残れたな!?」
「だ、大体あんな感じですね……困っている人はほっとけないみたいで、これまではターゴンさんがいつも傍にいたのでなんとかなったんですが……バーニャちゃ~ん、今日はターゴンさんいませんよぉ~! はぁ……はぁ……そろそろ歩きませんか?」
「お前、体力なさすぎでは?」
さっきの様子は、困っている人をほっとけないという感じではなかったが……とにかく、このまま放っておくと、下手すればバーニャが命を落としかねない。かといって考え無しに追いかけても、バーニャだけじゃなくて俺たちまでも危機的な状況に陥ってしまう。
「ここに来るまでに聞いとくべきだったな……メイプル! この森に生息するモンスターは!? 地元近くの森のモンスターなんだからわかるだろ!?」
「ええっと……色々いますけど、特に厄介なのはミノタウロスとマンティコアですね」
「マンティコア!? ミノタウロスの五倍はやばい相手じゃねえか!」
たかだか薪を納品するだけで、相場の二倍の報酬が支払われる理由がわかった気がする。
そりゃ、それだけ危険なモンスターがいる森に、わざわざ伐採に来る奴は少ないだろう。
ミノタウロスの恐ろしさは最早説明するまでもないが、問題はマンティコアだ。マンティコアは四足歩行の巨大かつ獰猛な獣で、口に生え揃う鋭い牙で噛みつかれると、一度の咀嚼でミンチになるくらい顎の力が強い。しかも、ミノタウロス並みに力も強く、レベル0の俺が殴られれば骨なんて粉々に砕けるだろう。
挙げ句の果てに足も速く、普通に逃げたところで絶対に追いつかれる。
基本はミノタウロス同様、レベル10が数人掛かりで戦うのが普通の相手。
何よりも厄介なのが人肉を好むため、人を見かければ問答無用で襲い掛かってくるところだ。
「あ、それとアサシンカメレオンもいますねぇ~」
「アサシンカメレオン!? デンジャラスってレベルじゃねえぞこの森!」
マンティコアがいるだけでもこの森の中を進むのは勘弁願いたいのに、追い打ちをかけるようにメイプルは同じくらい厄介なモンスターの名を口にする。
アサシンカメレオンはレベル3でも倒そうと思えば倒せる相手だ。しかし、それは見つけられたらの話である。普段は常に擬態して隠れているため、遠目からではまず気付けないのだ。
身体も小さな子供くらいの大きさしかなく、剣を突き立てられれば俺でも倒せるが……アサシンカメレオンに気付かず、攻撃を受ければ間違いなくレベル0の俺は死ぬ。
ロープのように長い舌を瞬時に伸ばし、槍を突き立てるように心臓を刺してくるからだ。
息を殺し、気付いた時には致命傷を負わされていることから森の暗殺者とも呼ばれている。
「お前らよくそれで、森の中で薪を拾いましょうとか言えたね?」
「いやぁ、ターゴンさんが依頼するくらいだから、私たちだけでもなんとかなると判断してのことだと思いまして……いけるのかな~って思ってました。でも冷静に考えれば無理ですね」
「冷静に考えなくても無理だけどね?」
正直、こうやって森の中を走り回っているだけで、いつ殺されるのかと不安になる。
マンティコアに遭遇すれば間違いなく助からないし、アサシンカメレオンも動く物体に反応して攻撃を仕掛けてくるからだ。
せめて松明があればなんとかなったが……陽も真上だったのでさすがに持ってきていない。
「そうだ……メイプル。精霊術式を使って火を熾せないか?」
「ふへ? どうしてですか?」
「マンティコアもアサシンカメレオンも熱を嫌うんだよ。平原に出ずに森に生息してるのも、太陽光の熱を避けてるからだ」
「なるほど……バーニャちゃんのように攻撃的なのは得意じゃないですけど、火をただ熾して維持するくらいならできますよぉ~」
「それで充分だ。ないより遥かにマシのはず」
メイプルは指示を受けて頷くと、深く呼吸して顔を引き締める。
暫くして、メイプルの周囲にどこからともなく暖かな淡い光が集い始めた。
直後、炎のように揺らめく球体がメイプルの周囲に四つ浮かび上がる。
「洞窟探査用の精霊術式ですが、一応触れば火と同じくらい熱いので注意です」
「いいぞ! これで危険な目にあう可能性がグッと下がる」
しかしなんて便利な力なんだ、俺も使えるようになりたい。切実に。
「あ! 見てくださいユンケルさん。行き止まりですよ!」
走りながらメイプルはバーニャの走る先を指差す。そこには、人が通れる幅がないくらいに木々が密接に生え並んでいた。このままいけば、迂回するためにバーニャは一瞬立ち止まるだろう。その瞬間を狙って俺がタックルを決めれば、無事にバーニャを捕まえられる。
「……邪魔よ!」
しかし、メイプルと同じくバーニャの周囲に淡い光が集中すると、突如激しい風がバーニャを中心に巻き起こり、生え並んでいた正面の木々が斧で切るよりも綺麗に一瞬で切断される。
そして、木々は道を作るように左右へと倒れた。
「ふぁ!?」
想像以上に強力な精霊術式の威力を前に、さすがの俺も驚きを隠せなかった。
だがあえて言わせてほしい。
そんなことできるなら俺がわざわざ斧を使って樹木を切り倒す必要なかっただろ。最初からやっとけよ、それ。
「っつ……止まれメイプル!」
バーニャが切り倒した木々を超えて先へ進んだのを見届けた後、俺はすかさず立ち止まる。
メイプルもその理由に気付いたのか、俺が声をかけるまでもなく立ち止まった。
俺たちの進路を塞ぐようにアサシンカメレオンが現れたからだ。
恐らく、バーニャが切り倒した木々にひっついていたのが落ちてきたのだろう。木々の上で眠っていたのを急に起こされて寝ぼけているのか、身体の擬態も木に張り付いている時と同じままで、目を凝らさなくてもそこにいるのがわかる。
「そぉい!」
「ふぁ?」
「動くなよ……メイプル」と言いかけたその時、バーニャと同じようにメイプルを中心に突風が巻き起こる。そして、メイプルが素早く手を振るった次の瞬間、アサシンカメレオンはさっきバーニャが切り倒した木々と同じく、綺麗に真っ二つになって息絶えていた。
「いや、お前もそれできんのかよ」
わざわざ人数分の斧を用意して、せっせと木を切りつけてた俺がアホみたいじゃん?
なんでそんなことできるのに蝶々とか追っかけてるの?
「いやぁ、これくらいなら私でもできますよぉ~。バーニャちゃんみたいに木を切るだけの威力は出せませんけど」
「いや……ナイス判断だ。おかげで攻撃を受ける前に倒せた!」
目の前の障害が消え去り、俺たちは遠く離れたバーニャを追って再び駆けだす。
早くバーニャを止めないと冗談抜きで危険だ。今みたいに、いつモンスターと遭遇するかわからない。それに、森の深部へと進めば進むほど、モンスターと遭遇する可能性は増す。
今のもただ運が良かっただけで本当なら……そう考えて俺は青ざめる。
「…………ん? あれ?」
「ほぇ? どうしたんですか?」
「いや……なんか違和感があってさ。さっき俺たち、アサシンカメレオン倒したよな?」
「真っ二つにしましたねぇ」
「何言ってんだこいつ」とでも言わんばかりにメイプルは首を傾げる。
俺も自分で言っておいてなんだが、何言ってるんだこいつと思う。実際、さっきのアサシンカメレオンは誰がどう見ても仕留めたとしか言いようのない惨状になっていた。
しかし何故か、倒したという実感が湧かなかったのだ。
「どうしたんですか?」
「…………なんでもない。急ごう」
少し気にはなったが、どうせくだらないことだろうと切り捨て、俺たちはバーニャを追って森の中を走る。その後も、あいつ……体力ないとか嘘だろって思うくらい走り続けた。




