52-3 約束と願い
誤字報告ありがとうございます。本当にすみません。助かります。
龍脈に関して、私は氣の通り道と解釈しましたが、人によっては、龍其の物の通り道と、解釈する方も居るようです。
となると。龍脈移動も、まったくの的外れでは、無いかも知れませんね。
それと、念のため。龍神が必ず水神と言い訳でなく、金運を上げる白龍や、病や毒を食べて治す龍神も居られます。
海に囲まれた島国なので、龍神に水神が多いのは確かですが、全部ではないので、ご了承ください。
夢を……見ている……
なぜ、夢だと思うのかは……
亡くなったばかりの両親の部屋で、少年が泣いているからだ。
僕は、この光景を知っている。
7年前の秋の事。
心が壊れてしまい。病院で放心状態だった僕を、幼馴染みの香住が引き戻してくれた。
でも……
今度は、溢れる感情を抑えられなくて……
夜、香住達と別れた後。
独りに成ると、僕は両親の部屋へ行き、泣いてばかりいた。
哀しくて……悲しくて……
僕は涙が枯れるまで、毎晩泣いていた。
そして、ある晩の事。
男の子が現れて、こう言った。
「おい! メソメソと情けない奴だな」
人の気持ちも知らないで、そんなことを言う少年に、腹が立った僕は
「うるさいな、あっちいってよ! どうせ君も、直ぐに居なくなるんだろ!」
皆そうだ!
両親も、妹も、僕の周りから、居なくなってしまった……
「俺は違うぞ、最後の瞬間まで一緒にいる。契約もあるしな」
「本当?」
「ああ、だからお前を嫁にもらってやる」
「嫁って、僕は男の子だよ」
「この際そんな事、構わないだろ」
「構うよバカ!」
「良いんだよ、夫婦で有ることが、大事なんだから」
「夫婦?」
「ああ、よく言うだろ。『死が二人を分かつまで』って」
「それ、神道じゃ無くて、カトリッ……」
「あーもー、細かい事を愚痴うるさいな! この国の雌は、16歳で結婚出来るって言うから。16歳になったら、俺と結婚しよう」
「だから、僕は男の子……」
「良いな! 約束だぞ」
そう言うと、少年は強引に小指を絡め、僕は指切りをさせられた。
「これで俺達は夫婦だ」
「だから、僕は男の子だし、まだ9歳だよ」
「じゃあ、夫婦未満って事で、家族だ」
眩しいほどの笑顔を向けてくる少年
年齢は追々解決しても、僕、男の子なんだけどなぁ
それからと言うもの、家に帰ってから、独りに成る事は、無くなった。
毎晩、少年が現れては、一緒に遊んでくれたからだ。
不思議な事に、朝起きると居なくなるのに、夜は必ず現れ、寝るまで傍に居てくれる。
でも……何処へ消えてしまうんだろう……と
当時は、不思議で堪らなかった。
それから月日が経ち。
中学へ進学する頃に成ると、香住の門限が21時まで引き延ばされ
一緒に夕御飯を作ったり、宿題したりで、独りの時間は殆ど無くなった。
その頃から、少年の姿は見なくなったが
今考えれば……あれはセイが少年に、化けていたんだと思う。
そう……
あの頃から僕は……
家族の居ない寂しさから、セイに護られていたんだ……
◇◇◇◇◇◇◇◇
気が付くと、そこはセイの部屋だった。
僕は、セイの眠る布団に寄りかかって、寝てしまって居たようだ。
あの後、傷による発熱が続く、セイを看病していたが、傷は中々良くならなかった。
「目が……覚めたのか?」
セイは弱々しく、僕に言ってくる。
「ごめん、寝ちゃってた」
僕は、セイの額に置いたタオルを、桶の氷水に浸すと。額をくっつけて熱を測る。
龍神の平熱が、どれくらいか分からないけど、額から伝わる熱さはかなり高かった。
氷水で冷やしたタオルを、搾って額に戻し、セイの顔を眺めていると
「ずっと看てくれてて、疲れたんだろう……もう良い、自分の部屋で休め」
「いや、大丈夫。それに思い出したんだ。『約束』の事」
「約束…………そうか…………」
「うん、ずっと側に居るって約束。今度は僕が一緒にいるから」
「ダメだ……お前まで倒れたら、どうする」
「大丈夫。知らなかったのか? 僕は龍になったんだ。そんな簡単には倒れないよ。それに……僕達『夫婦』だもの」
「ふっ……夫婦か……そうだったな」
「うん。嫁にもらってくれるって言っただろ。嘘だったの?」
「いや……本気で好きになってた……だが、別れが決まって居たから……ずっと名前を呼ばなかった……情が移ったら、別れが辛くなるだろ……だから……」
「バカ! 変な処に気を使うなよ! 僕だって、何時までも泣き虫で弱い、9歳のままじゃ無いんだから」
「ふふ……確かに、大きくなったな……お前が中学に上がってからだから……3年ぶり? か……逢って吃驚したぞ」
「初めて洞窟で逢ったとき、本当は僕の事知ってたんだろ? 知ってて知らない振りしてたな?」
「うむ……7年前の時は、子供の姿で、逢いに行ってたからな。子供の頃の約束など、とっくに忘れていると思って……」
そうか、セイは自分が契約に縛られてたから、僕にまで約束をたてに、迫りたく無かったのだろう
だから、誰を伴侶に選ぶのかを、僕に任せたのだ。
「でもさ、女の子にされた時点で、僕の未来は決まってたんじゃない?」
「いや……もし人間の雌を伴侶に選んだら、雄に戻してやるつもりだった……」
「あー。僕が妹を、祟り神と一緒に取り込んだら、守護神として術反射が付いちゃったからね」
イレギュラーが発生しちゃった、という事か
「そうだ、戻したくても、戻せなくなってしまった」
「別に良いよ。今となっては、女体の方が、お嫁さんらしくて良いし」
尻尾は余分だけどね、そう言って笑う
僕は、セイに何か食べられそうか聞くと、何も要らないと言うが
さすがに、栄養を取らないのは不味いと思い、お粥を作りに台所へ立つ。
「淤加美様、セイの傷……良くならないんです……どうしたんでしょうか?」
『……言いにくいのじゃが……あの龍の生命力は、尽き掛けておる。だから、傷が治らんのじゃろう……』
「そうですか……」
全く予想してない訳じゃ無かった。
だって、僕の脚の時でも、3~4日で治ったのに、現龍神であるセイの方が、治りが遅いと言うのは、おかしいからだ。
セイは契約で、この神佑地の為に命を削って来ていて、もう殆ど生命力が残って無かったのに
その残りの命を、僕と一緒に居ることに、使ったのだ。
結果、オロチとの争いに巻き込んで、余計に命を縮めてしまった。
こんな事なら、オロチの心臓が入った勾玉を、さっさと西園寺さんに渡して、次の神佑地へ運んでもらえば良かっんだ。
それが、母親の形見だからと、少しでも持って居たくて……
今となっては、悔やんでも、悔やみきれない。
僕は、流れ出る涙を拭いながら、コトコト煮込むお粥を火からおろすと、刻んだネギを入れて、蒸しにするために暫し置く
香住から、泣くなと、あれほど言われたのに、駄目だな……
『大丈夫かへ?』
心配して、淤加美様が、声を掛けてくれる
「残されてく方が、こんなに辛いなんて、思いませんでした」
『それは、仕方がない。妾とて、御主の身体が無ければ顕現できぬ、思念体みたいなモノじゃからのう。身体を持つと言うことは、必ず終わりが来るものじゃ、それが嫌なら、妾同様に、身体を捨てなければならぬ』
代わりに、誰からも気付かれ無くなるがの、と言う淤加美様だが
それは、それで、孤独で寂しいだろうな。
出来たお粥を持って、セイの部屋へ訪れたが、それを口にすることは無かった。
その晩から、セイは昏睡状態に陥り、目を覚まさなく成ってしまったのだ。
大岩から助けてくれる時に、呼んだ僕の名前……
あれを最後にして、成るものか!
僕は、あらゆる文献やネット迄使い、救う手立てを調べ尽くしたが、見付けることは出来なかった。
「淤加美様……もう、本当に何も打つ手が無いのでしょうか?」
絶望に打ち拉がれて居ると、淤加美様が
『まったく、方法が無いわけではない』
「え!?」
『……龍玉が在れば……』
「龍玉? あの龍が、手に持ってる玉の事ですよね?」
『うむ。龍玉なら、もしかしたら、助けられるかもしれぬ』
「それは、何処に在るんですか!?」
淤加美様の話では、龍玉は駿河の国……現在S県の水窪湖の上流にあると言う。
ただし、龍玉の中身は空っぽとの事で、中身を汲みに行かねばならないらしい。
『本当は、教えたくなかったのじゃ。龍玉の中身を満たすには、龍脈の1番深い処にある、氣の濃い澱みを汲まねばならぬ。氣の濃い澱みは、龍神でも耐えられず、融け混んでしまうのじゃからの』
御主が融けてしまうと、龍神の後釜が居なくなってしまう。と心配する淤加美様だが
「それでも僕は、このままセイを見殺しには出来ません」
『良いか、八尋鉾もつっかえるから、持っていけんのじゃぞ。澱みの氣は、術でも呪い出もないゆえ、反射もできん。御主の身体1つで行かねば成らぬ』
「分かって居ます。淤加美様は、一緒に融ける訳にいかないでしょうから、出ていてください」
『妾の事は大丈夫じゃ、本体は貴船に居るからの。それに、妾が居らねば、龍脈の深みへ誰が案内するんじゃ?』
心配せんで良いから、一緒に連れてけ! と言ってくれた。
S県、戸中川上流。
龍脈移動により、この地へ現れた僕らは、水窪湖より更に上流の川を、源流へ向かって歩く。
川を上りながら、龍玉を探すのだが……はっきり言って、どんなモノなのか分からない。
よく龍の置物が持ってたり、水墨画に描かれた龍が持った玉だと言うだけで、どんな色なのか? とか、どの位の大きさ? とか
不明な点が多過ぎる。
淤加美様は、丸い珠って言っただけで、他の情報くれないんだもの。
「あーもー、石ばっかで、龍玉なんて在りませんよ!」
急がないと、セイの命が危ないのに、何やってるんだろうと、苛立ちばかり募る。
僕は足元の石を拾うと、川に向かって投げ入れた。
『御主……何をやっておる』
「何って、龍玉が見付からないので、イライラして……」
『そうか、さっき投げたのが、龍玉じゃぞ』
早く言ってよ……
僕は慌てて川を探すが、さっき投げたのは、完全に石だったから、区別がつかない。
「特徴とか教えてください」
『丸いのじゃよ、ほらそこ』
分かんないよ。
取り敢えず、近くの丸い石を拾い上げる。
「これですか?」
『うむ、良く見つけたの、あっちにもあるが……』
「はい?」
『この辺りの丸石は、殆ど龍玉じゃ。いや、正確には、龍玉の元と言うべきか』
「龍玉の元?」
『前にも話したが。龍脈の底にある、氣の澱みを汲んで一杯にする事で、初めて龍玉になるのじゃ。つまり、今はただの入れ物に過ぎぬ』
淤加美様の話だと、このまま地上に置いていても、いずれ龍脈の氣を少しずつ溜め込んで、龍玉になると言うが、数千年単位の時間が必要との事。
今回は緊急故に、濃縮された氣で、数千年と掛かる時間を一気に縮めて、龍玉を創ろうと言うことらしい。
『良いか? 此処からが、大変なのじゃぞ。御主の持つ術反射のせいで、防護の術が張れぬ』
「つまり、素で入って汲み上げるしか無いと?」
『そうじゃ。融けて融合してしまえば終わりじゃ。自分と言うものをしっかり持つ事が大事なのじゃぞ』
そう注意事項を聞いてから、龍穴を開いてもらう。
いつもと違うのは、龍脈の中を進むのではなく、龍脈の脇を抜け最も深い処に降りていくのだが
なんと言うか……感覚としては、海中で深海へ降りていってるみたいな感じ
ゆっくりとだが、確実に深みに向かって居る。
何時も、移動に使っている龍脈が遥か上に見え、どんどん遠ざかり
やがて、下の方に光源が見えてくる。
『あれが、氣の澱みじゃ』
氣で出来た大きな湖。
近付くにつれ、光の強さが増して、目を開けているのが辛いぐらいだ。
「淤加美様、出る時の事を聞いてませんでしたが、どうしたら?」
『それは、妾が何とかしてやろう。御主は融けぬよう、気張るのじゃぞ!』
僕は、覚悟を決めて氣の澱みに飛び込んだ。
………………
…………
……
……何だろう……凄く心地よい。
寒い日に入る温泉……いや、もっと気持ちのいい
例えるなら、母親の胎内に居る赤子に成ったような……
地球の揺り籠に、揺られてる……
『ち……』
誰だろう?
『……ろ……ち……尋……ちひろ』
ちひろ?
脳裏に、青い髪の男性の顔が浮かぶ
あれ? 僕……泣いてる……
ちひ……千尋……
そうだ、もう一度、名前を呼んで貰わなきゃ!
…………
「……は!? 淤加美様!?」
『千尋! 戻ったか!? 直ぐ出るぞ!!』
そう言って、澱みの中から浮かび上がると、そのまま上がっていく。
「危なかった。あのまま融けてしまいそうな……いや、融けても構わない程、心地好かったです」
『なら、間一髪と言ったところじゃのう』
淤加美様の言葉通り。あそこで、セイの顔が浮かばなければ、融けて消えていた。
セイ…………
僕は、セイを想いながら、氣で一杯に成った、光輝く龍玉を胸に抱く。
ようやく、普段使っている龍脈の処迄上がると、そのまま龍脈移動でウチに帰るのだった。
さて、此処からが本番。
もう目を覚まさないセイを、担いで本殿へ寝かせ、出来立ての龍玉を握らせた。
「これで良いんですか?」
『うむ、此処から先は、タダの龍である御主には無理じゃ。後は龍神である妾に任せるがよい』
「でも、僕もセイのために、何かしたいのです」
『ならば、祈るのじゃ。願う心が、力になるのじゃからの』
そう言われて、身体の主導権を淤加美様に渡す。
淤加美様は、千早を羽織り、八尋鉾を掴むと
普通の祝詞と違う、龍神祝詞を唱えながら、境内を舞う。
何故、外の境内かと言うと、八尋鉾が長すぎて、本殿で舞えないからだ。
僕は、身体の内側で、祈りを捧げた。
僕の願いは………………
残り1話に成りましたね。
此処まで読んでくださり、ありがとございます。
もう出来てるのだし、原稿チェックして、折を見て投稿します。
あと念のため、私は別に、神道ではありません。
民俗学が、好きなだけです。
では、残り1話。お付き合い下さいませ。