51-3 決壊
瑞樹神社と龍神湖と作中は成ってますが、本当の名前は、某豆腐を運ぶ漫画に出てくる山で、有名な所です。
何故、赤城はそのまま名前を出してるのに、と思われるでしょうが、作中に性転換が入ってますからね。
実際の神社で性転換のご利益は無いので、瑞樹神社と変えてあります。
ご了承下さい。
瑞樹神社の上流にある湖、龍神湖の畔にて、オロチ対3柱の龍神が戦いを繰り広げる中
淤加美と僕は、一緒に戦場へ駆け付け、戦いを止める。
直接オロチと話してみたが、そこまで悪い奴に思えないんだよな。
アホだけど、そこがまた憎めないんだ。
そこへ、淤加美様が
『騙されるな千尋よ。アヤツは、散々人間を食い捲った、化け物なのだぞ』
それは……分かっています。
でもね、元人間の僕に言わせれば、神様全員『化け物』なんですよ。
途方もない力を持ってて、時には地形を変え、気紛れで天変地異を起こす……
オロチと何が違うのか?
人を食ったから? 天変地異で人間を死なせてきた神と、何が違うんだろう
そう考えてしまう……
「やっぱり、再封印は止めましょう」
「なっ!?」
龍神達の驚愕な声がハモる。
『千尋や、御主籠雌に囚われておったのを、忘れたのかや!?』
そう僕の内側に居る淤加美様が、考えを改めるように言ってくるが
「まあ、ほら。僕、無事だし。無理に封印しても、可哀想だもの」
『可哀想とか、そう言う問題じゃない! 山の大きさの大蛇なんじゃぞ! ここの麓にある、相馬原の人間の軍でも敵わんぞ!』
「大丈夫ですって、淤加美様。昔と違って人間の軍隊も強いですから。海からやってくる怪獣だって何度も追い返しますから」
「それは、特撮映画だ馬鹿者」
とセイ
ちっ、セイは知ってるのか。
「兎に角、封印は無しです。心臓さえ見付からなければ、問題ないですし」
僕が、勾玉に入れて持ってるからね。
オロチも、心臓が大きいって先入観で居るから、先ず強力な探知でもされない限り大丈夫だろう。
更に言えば、それだけ強力な探知術なら、僕が反射して撹乱できるので
僕が、持って居る限り。心臓は見付からないはず。
「と言う訳で、帰って良いですよ」
そうオロチに、挑発も兼ねて撤退を促すと
「おい! 巫山戯るなよ! 黙って聞いて居れば、帰って良いだと? 何様のつもりだ!」
あらら、案の定オロチがご立腹だ。
「あのね、ここに龍が4匹も居るんだよ。4対1……勝ち目は無いでしょ」
『千尋や、妾も居るのを忘れるでない!』
あ、いや。僕の数を抜いて、4匹って言ったんですけどね……
だって僕、戦いとか出来ないし。
「たかが、トカゲの分際で、思い上がるなよ!!」
オロチは、そう吼えながら、神氣を身体から放出し、此方にプレッシャーを与えてくる
『千尋、これ以上の挑発は危険じゃ、妾と代わるが良い』
「駄目ですって、淤加美様と代わったら、戦闘に成っちゃうでしょ」
『しかし、向こうはやる気じゃぞ!』
「ふふ、何も勝負は、力と力で着けるものばかりじゃ、無いんですよ。お酒の呑み比べ勝負ってどうです?」
「酒の呑み比べ勝負!?」
今度は全員の声がハモった。
「良い考えだと思うけどなぁ。自信がないのなら、無理にとは言わないけど……」
そう言って、チラッチラッとオロチを見る
「やってやろうじゃないか! 纏めて酔い潰してやる!」
掛かった!
オロチ改め、チョロチめ!
神話だと、アルコールに弱そうだし。酔い潰してしまえば、封印はともかく、す巻きにして利根川に流して仕舞えば良い。
産まれて直ぐの水蛭子を、海へ流した伊耶那岐命と伊耶那美命夫妻よりは、増しでしょ。
オロチは、『山神』だけじゃなく『水神』でもあるから、川に流した位じゃ、全然平気だろうけどね。
セイが、僕の近くによってきて耳打ちする
「呑み比べってお前なぁ……もし負けたら、どうすんだよ」
「大丈夫だってば、日本神話でいくと、お酒に弱い筈だから」
あまり、気乗りのしない顔をした、セイを他所に
呑み比べ勝負をする為、山を下り、ウチの神社へ移動する。
仕入れておいた、お酒類を冷処から出してきて、居間へ通し1杯目を注いで回った。
すると、僕の御猪口が出てないのに、気が付いたオロチが
「雌龍、お前は呑まないのか?」
「僕は未成年だから、呑まずに御酌役ですよ」
「みせいねん? なんだそれは?」
「この国の決まりで、二十歳を過ぎないと、呑めないんです」
「それは人間のルールだろう? 龍にまで適応されるのか?」
言いたいことは分かるけど、ダメなものはダメです。
他の龍神達は二十歳処か、齢3桁は超えてるだろうし、問題ない。
ただ、今回の勝負。1番呑めそうな、淤加美様が、僕の中に居るんだよな。
勿体無い。
まあ、いざと成れば、水を操る術で、アルコール密度を上げてやれば、良いんだし
切り札の、アルコール度数90を超す、ウォッカもある。
数品づつ、簡単な肴を出してやり、開始の合図を僕が掛け
全員が、1杯目を飲み干す。
案の定、淵名さんがテーブルに突っ伏し、ダウンした。
「やっぱりか……」
淵名さんが弱いのは、さすがに見慣れたので、誰も驚か……
「おい、嘘だろ? まだ、1杯目だぞ……」
あー、オロチは初見だったね
「はい、気にしなーい。2杯目注ぐよ」
オロチだけ、流れに取り残され、ポカーンとしていたが、何時もの事だからと、注いで回ったら、どうにか気を取り直したようだ。
「しかし、コイツは美味い酒だな」
「まあね、純米大吟醸の『龍殺し』だからねぇ」
「それで、1匹死んだのか……」
いやいやいや。淵名さんは死んだんじゃなく、弱すぎるだけです。
『妾も呑みたいのぅ』
そう淤加美様が、騒いでるけど、僕が二十歳超えるまで、我慢してください。
「取り敢えず、淵名さんが可哀想なので、客間に寝かしてきます」
僕は、淵名さんを背負うと、客間の布団に寝かせて、居間へ戻ると
全員が、各々勝手に注いで、呑んでるし
「かぁ~、うめえな。お代わりだ」
もう1升瓶空にしたのかよ!
誰だよ! オロチが酒に弱いなんて神話書いたの!
「此方も、お代わりですよ~、ヒック!」
……
「俺もお代わり! 後、この胡瓜の漬物も」
……
龍神達が出来上がってどうする。
まあ、でも。オロチを酔わせる事には、成功してるし。
もう少し呑ませれば、オロチも酔い潰れるだろう。
僕は、テーブルの上の空いた皿を、片付けようとした……その時
山の上の方で、ズンッと鈍い音がして、微振動がしてきた。
「おい! 今誰かが地の術を使って、湖の一部にひび割れを起こしたぞ!」
そうオロチが叫ぶ。
「馬鹿な! 龍神湖の水が麓へ流れたら、人間の町は全滅だ!!」
と赤城の龍神
「くっ、こんな事なら呑むんじゃなかった!」
ふら付きながら立ち上がるセイ
冗談でしょ?
龍神湖は、火口に出来た火口原湖で、深いところは水深14メートル、と言う淡水湖だ
まだ、梅雨前とはいえ、かなりの水量が貯まっているはず
そんなのが、一気に流れ出たら……
僕は、外に立て掛けて置いた、柊の八尋鉾を掴むと、上流の龍神湖へ駆け出した。
今、素面でまともに動けるのは僕だけだ。
『妾も居ると言ってるではないか! すぐ忘れておって寂しいぞ』
「すみません淤加美様。出来れば、お力を御貸しください」
『うむ。では、入れ代わるぞ!』
そう言って、僕と交代する
(内と外が入れ代わり『』と「」が変わります)
龍神湖への道を登って行くと、地響きが大きくなってくる。
と、同時に湖から流れ出る川の水量が増えてきて、土砂混じりの濁った水に成ってきた。
土石流……古い呼び名なら『山津波』
タダの泥水じゃなく、岩や流木が混じった大水だ。そんなのに流されたら、家屋など一溜まりも無い。
「こりゃ、本格的に不味いのぅ。水を止めたり、治めたりするのは、妹の闇御津羽の方が、得意なんじゃがの」
『井戸と灌漑の龍神様でしたね』
「うむ。まあ、居ない者ねだりしても仕方がない。我等と八尋鉾で何とかするぞ」
そう言って湖の畔まで駆け上がったが
湖は既に、決壊寸前の状態だった。
『一体誰がこんな事……』
その時、『もう1つ、封印を解いてる者が居る』と言っていたオロチの言葉を思い出す。
その者も、同じオロチなら、『山神』の力を使って、湖を決壊させるのも、容易であろう。
「千尋や、詮索は後じゃ! 今は集中して、流れを抑えるぞ!」
『分かりました』
とは、言ったものの
僕ら水神には、湖の水を抑えるだけで、根本的解決になってなかった。
淤加美様が、全力で抑えている処に、赤城の龍神さんがやって来て一緒に抑えに回る
「これはキツイですね」
「気張るのじゃ! ここで決壊させたら、何もかも一気に押し流されるぞ!」
そうは言っても、根本的解決にならない。
何故なら、ずっと術で抑え続けてられないからだ。
そこへ、遅れてセイとオロチが現れる。
「うぐっ、長くは持たぬ! うぬらは、止められる用なモノを探すのじゃ!」
淤加美様が、遅れてきた2人に指示を出す
「そんな事言ってもよ……」
「おい、オロチ! あの山の大岩落とせるか?」
セイが、山に突き出た岩を指差した。
「あれを関止めに使うのか!?」
「ああ、上手く行けば、水の流出は止まる」
「……やってみよう」
オロチは、岩に向けて右手を突き出し、力を込める
すると、岩が微振動を起こし、少しずつ動きを見せ始めた
地切りが済むと、ゆっくり転がり始める大岩
あれが、決壊地点に填まれば、関止めになってくれるはず
セイが上手く水刃で木を倒し、大岩を誘導していく
よしよし、こっちに転がって来る……
こっち!?
そう言えば、僕達は決壊地点に居るんだった!
『淤加美様、回避を』
「駄目じゃ! 今離れたら、大きく決壊して、大岩でも水が止められなくなる!」
マジか
さすがに、大岩の勢いが着きすぎてる
そこにセイが、湖の水を使って、大岩が砕けぬ位の、絶妙な圧力の放水でブレーキを掛けるが
「止まりきらぬな」
「これまでか……」
淤加美様と赤城の龍神さんが諦めムードに入った。
その時
「トカゲ共! オレに感謝しろよ!」
そう言い放つと、オロチは右手の中指と人差し指の2本をクイッと立て、大岩の前の斜面を陥没させる
大岩は陥没の穴に、はまり掛けながら転がるので、スピードはかなりの落ちた。
更にセイが放水を続け、岩のスピードを殺していく。
これならギリギリ逃げられそうだ。
そう思った途端!
岩の通り道の斜面が隆起した!
「な!?」
オロチを含めた全員が、驚愕して凍り付いた。
その隆起した斜面が、ジャンプ台に成って、大岩を空中へ打ち出したのだ
「クソ! アイツの仕業か!!」
オロチは悔しそうに言い放つ
邪魔なオロチと龍神全員を始末して、ゆっくりと心臓を探すつもりなんだろう。
大岩は、綺麗な放物線を描いて、飛んで来る。
「全員逃げるのじゃ!」
そう淤加美様が号令を掛けると、皆落下地点から逃げ出す
が、淤加美様はそのまま残り、僕だけに聞こえるよう、念話を飛ばしてくる。
『千尋や……すまんの、妾まで水止を解いて、離れる訳にいかん。身体の主である御主も巻き込んでしまうが、許してくれ』
本当にすまないと謝る淤加美様に
『そう言うことなら、仕方ありません。御一緒しますよ』
僕も覚悟を決める
空から降ってくる大岩が、どんどん迫ってくる……その時
「千尋!!」
セイが叫びながら、僕に飛び掛かり、僕を抱えてジャンプした
……が
脱出が少し遅かったせいで、セイの背中に当たったらしく、抱えられた僕らも一緒に吹っ飛ばされる。
刹那!
轟音と共に大岩が上手く填まり、決壊場所を関止める事に成功した。
どうにか僕達は、神佑地と、そこに住む人間を、護り通したのだ。
いつの間にか、目を回した淤加美様と、入れ代わってる事に気が付いた僕は
抱えてるセイに向かって話し掛ける。
(内と外が入れ代わります)
「セイ、ありがとう。助かったよ」
セイにそう御礼を言うが、返事がなかった。
「セイ? ねえ、どうしたの?」
セイの身体を揺さぶろうとしたら、僕の手が血だらけになってる事に、気が付いたのだ
まさか!?
僕はセイの傷を診るために、上着の白衣を脱がそうとして、背中が真っ赤なのに気がつく
そう、脱出時に大岩を受けた傷だった。
どうしたら……
僕は、セイを抱き抱え、病院へ向かおうとすると、赤城の龍神さんが
「千尋さん、どうするんですか?」
「セイを病院へ……」
「待ってください! 人間の病院で、龍の治療は出来ませんよ!」
「じゃあ、どうしたら!!」
つい大声を出してしまうが、赤城さんは
「我の社に、龍に効く薬が在ります。取って来ますから、千尋さんは神社へ戻って包帯と止血の用意を」
そう的確な指示を出すと、龍穴を開いて龍脈移動して行った。
僕は、セイを抱えて神社へ戻ると、言われた通り包帯とガーゼを用意し
傷口の消毒をする。
思ったより深手だった。
そこへ
「千尋! 追加の包帯とガーゼ持ってきたわよ!」
香住が、包帯とガーゼを持って、駆け付けてくれた。
「香住……セイが……セイが僕のせいで……」
僕は、事のあらましを香住に話すと
「それは大変だったわね……」
「まただ……また僕は、大切な人を失うんだ……」
そう言って、へたり込んで泣きじゃくる僕に
「瑞樹千尋! しっかりしなさい! まだ龍神様は死んだ訳じゃ無いんでしょ!? 貴女が諦めてどうするの!」
香住は、僕を無理矢理立たせると、まだ遣れる事があるはずよ! と喝を入れてくれる。
「……うん、ごめん。弱気になってた……水汲んでくる……」
そう言って、涙を拭いながら、台所へ向かう僕の背中に向かって
「それでこそ、私が好きだった貴方よ」
ボソッと呟いた。
それから、赤城さんが持ってきてくれた。薬を塗って包帯を巻く。
後は、龍自体の自己再生に、賭けるしかないとの事だった。
53話が最終話です。
既に53話は出来ていますが、52話を合わせるので四苦八苦しています。
後2話、お付き合い下さいませ。
作中での、香住が言うセリフの貴方と貴女は、意図して変えています。
奮い立たせる時は女の子になってしまった幼馴染に、好きだったと過去を呟く時は、男の子だった千尋に当てて言うので、わざとです。




