50-3 飛翔
一人称で、オロチと龍神セイの『俺』を区別するために、オロチの方は『オレ』と片仮名表記にしております。
神話の龍水神、淤加美神様の御力により、籠雌から無事に脱出した迄は良かったのだが……
脱出先が四国のT県の剣山であり、北関東まで帰らねばならないのに、柊の八尋鉾が、龍脈の入り口に引っ掛かると言うアクシデントが勃発。
仕方なく、龍神の飛翔術にて、関東に向かうことに成ったんだけど……
『淤加美様、本当に大丈夫なんですか?』
僕は、途中で墜るんじゃ無いかと心配する。
何故なら、今までの経験上、こういう悪いフラグは、絶対に裏切らないからだ。
「心配するでない! 妾を誰だと思うて居るのじゃ」
『淤加美様だから、心配なんです!』
「なんじゃと? 八尋鉾まであるのじゃぞ! 失敗なぞ有り得ん」
そう言って、八尋鉾を空へ掲げる淤加美様だが、本当に長くて邪魔だな
『八尋鉾って、半分位に成りませんか?』
「戯け! 短くしたら、八尋じゃ無くなって仕舞うじゃろ」
確かに
一尋が5尺~6尺とされたため、5尺としても八尋は、約12メートルちょっとになる
だいたい、電柱位の長さかな? 太さは電柱程、太くないけど
そう考えると、長いよねぇ
こんなのが、邪気を祓う聖なる鉾って言うんだから、未だに信じられず疑ってしまう
「用意は良いかえ?」
淤加美様がそう言うと、僕の返事を待たずに、飛翔を開始させる
すると、周りの草木を揺らしながら、風が集まって来て、僕の身体を押し上げ浮かばせたのだ
巫女装束改のスカートが、風を受けてはためく中で、僕は感嘆の声をあげ
『おおおお、淤加美様!? 浮きましたよ!!』
「ふっ、妾をその辺の龍神と一緒にするでない!」
『でも、術反射が掛かると思っていましたが、大丈夫なんですね』
「龍の飛翔は、本来術で翔ぶのではなく、風を呼び竜巻に乗って舞い上がり、そのまま風を纏って翔ぶのだからの。生まれもった能力みたいなモノじゃ」
風の術を掛けると言うより、術で呼んだ風に乗っかると言う方が適しているらしい。
人間で例えるなら、移動するのに歩いたり、走ったりするのと同じ感覚と言うことだ。
確かに、人間に化けて無ければ脚が無いし、龍って浮いて移動する以外無いものね。
そうこうしている内に、風が集まって来て小さい竜巻を創ると、一気に僕等を空の高みへ押し上げた
『お……淤加美様!? 翔んでる! 翔んでますよ!! 凄い!!』
「ええい、燥ぐでない! 恥ずかしいわ!」
『だって、僕、空の上って初めてなんだもの』
どの位の高さなんだろうか……飛行機の窓からの風景みたいに、ビルが小さく見えて、家々の屋根が、良い具合に隙間を埋めて建ち並ぶ
前方を見ると、遥か遠方に続く、山々の緑が濃く映えて。下側には、さっきまで居た剣山が見え……
ん? 見える?
『ちょっと、淤加美様。僕が翔んでる姿って、丸見えなんじゃ?』
「ん? なんじゃ、そんな事か。パンツなど見せておけ」
『そんな事か……じゃありませんよ! てパンツ!? ちょ。今、巫女装束改でスカート式じゃないですか! 不味いですってば、今はスマホとかで、直ぐ撮影されちゃうんですから!』
「大丈夫じゃ、雲を纏って居るので、外からは龍雲が見えるだけじゃ……たぶん……」
……おい
『たぶん、て何ですか!? たぶんって』
「ええい、狼狽えるな馬鹿者め。だいたい、翔んでる自分の姿なぞ、外から見たこと無いのじゃから、知るわけなかろう」
えええ、逆ギレ?
大丈夫かなぁ……
『でも、空の上って、もっと寒いものかと思ったら、ちょっとだけ肌寒位なんですね』
「暖かい上昇気流に巻かれておるからの。それに、龍自体の身体が、寒さとか熱さに強いせいも、有るじゃろうて」
成る程、人間と同じ尺度で測れないって事か
…………
『……淤加美様? 今、横移動してます?』
「当然じゃ、関東に向かって移動中じゃが何か?」
『えー、遅すぎじゃありません?』
「戯け! これでも数百キロは出ておる」
数百キロかぁ、北関東まで直線距離で5百キロ位だから
時速250キロとして2時間……西園寺さんの方が先に着くな
高いところに居るせいか、余り風景が動かないので、速度感覚がなく、余計に遅く感じる
『もうちょっと何とか成りませんか?』
「う~む、やってみよう……」
淤加美様は、更に風を集めようとしているみたい
すると突然、目の前の雲の中から白い物体が飛び出して来た
『ジャンボ旅客機!? 淤加美様!!』
「ちぃ!」
淤加美様は僕の身体を捻って回避行動にでる
間一髪、どうにか旅客機の下を潜るが、質量が違いすぎて
旅客機の気流に巻かれ、バランスを失い、僕らは地上に向かって墜ちていく
「にぎゃああああぁぁ!」
『だから墜ちるって、言ったのにいいぃぃ!』
墜ちてる最中に、空港が目に入る
そうか、関空か! 失念していた
身体の主導権を、淤加美様に渡して、僕は内側に居るせいか
後ろで、テレビを観ている感覚なので、冷静でいられるみたい
何処か良い着地場所は……
やっぱり海かなぁ
僕が着地場所を冷静に探していると
「ええい、この程度! 何ともないわ!」
そう言って、立て直しに掛かる淤加美様
さっき、にぎゃああああって悲鳴上がってましたがね
言うと怒られそうだから言わないけど……
淤加美様は、風を纏い直し、雲を呼んで姿を覆い隠すと、飛翔を再開した。
「もう季節柄、大陸から吹く追い風も弱いから、これ以上は速度を上げられんぞ」
『なら真空度を上げられますか?』
「真空度? なんじゃソレは?」
『今がたぶん、ジャンボ旅客機が飛んでる対流圏にいるんです。対流圏では、真空レベルが低真空状態なので、中真空……高真空まで持って行ければ……抵抗を減らして速度をあげれます』
「成る程、読めたぞ。柊の八尋鉾を使うのじゃな?」
『はい、高度を成層圏まで上げてる時間は無いですからね。柊の八尋鉾の日開きの方を使って、空気の層を開くんです』
「面白い事を考えるのう。宜しい、やってみよう。日開きの八尋鉾よ!! 風の結界を開け!!」
八尋鉾を前方に突き出しながら、そう叫ぶと、前方の雲が左右に割れ真空レベルが上がる
刹那! 速度が急激に上がり、よく宇宙アニメに出てくるワープに入ったように、雲が割れて流れていく
問題は、呼吸が出来るかどうか……
『淤加美様? 大丈夫ですか?』
『すまぬが、念話に切り替えるぞ。声が発せられん。多少息苦しいが、大丈夫じゃ』
それだけ大気が希薄になっていると言うことか
だが、お陰で速度は格段に上がった
どうか……無事で居て……セイ
速度が上がって、どれくらい経ったであろう
身体の主導権が淤加美様のままなので、時計を見る事が出来ないけど、既に富士山は遥か後方だし、そろそろ地元が見えてくるはず。
『淤加美様、そろそろ瑞樹の神佑地だと思います』
『じゃろうな……前方に雷雲が出ておる。おそらく戦闘中であろう』
そう言うと、淤加美様は龍眼を使って、雷雲の下を望遠鏡を覗いたかのように、拡大させる
オロチ!?
そこには、まだ人の姿のまま空中に浮く、オロチの壱頭が顕現していた
『セイは? セイの姿はありませんか?』
『う~む。地上は木々が邪魔で、死角になっておるからのぅ。もう少し近付いて見ないことには……しかし、千尋や。御主、どうやってオロチを、倒すつもりじゃ?』
『それは……』
ヤマタノロチ
日本書記では、『八岐大蛇』。古事記では、『八俣遠呂智』と書かれている、八つの頭を持つ大蛇である。
かつて、須佐之男命により倒されたと言うのが、神話のお話だ。
(※細かい詳細は、長くなるので省く)
八俣遠呂智は、『山神』と『水神』である為。
水と水では勝負が着かなそうだが、向こうには山神としての力もあり、その点に置いて、此方は不利が生じている。
まあ……いざとなれば、淤加美様が、『光』と『闇』を持って居られるので、互角以上の戦いが出来そうだけど
その場合、戦場地がどうなるか……考えたくもない。
僕はそもそも元人間。今は龍に成っていても、人外による、能力同士の戦いなんて、想像も及ばないが、人間には人間の知恵がある。
過去から学ぶと言うヤツだ
日本神話で、ヤマタノロチを退治するのに使ったのは……そう、お酒だ!、それも7回絞った強い酒。
その為に、多種多様のお酒を冷処へ集めてある
が
今はお酒を取りに行ってるより、セイの事が心配で仕方がない。
やがて、近付くにつれて。セイ達龍神3柱が、神社の上流にある、龍神湖の畔の地面に、臥しているのが見える。
どうにか間に合ったようだ。
『千尋よ、どうするのじゃ? まだ気が付いて居らぬようだし、不意打ちをかけようかの?』
淤加美様の言葉に、それも考えたが、再生されては意味がない
封印の道具を持った、西園寺さんが居なければ、倒しては甦るの鼬ごっこをするだけになってしまうからだ
そうこう考えてる内に、オロチの壱頭は、左手を上げると、山の一部が崩れて、大岩がセイに向かって転がり始めた
『不意打ちをは無しです! 淤加美様、あの岩を」
『心得た!』
オロチの脇をすり抜け、転がる大岩へ八尋鉾を突き刺した。
大岩は、鈍い音を立てて崩れ落ちる。
「お前……無事だったのか!? 良かった……」
セイはそう言って、自分の事より僕の帰還を喜ぶ。
そのセイの前に、ゆっくりと降り立つ淤加美様
「千尋さん!」
「千尋殿!」
同じく、赤城の龍神さんと、淵名の龍神さんが、歓喜の声を上げる
「なんじゃ御主。雄の龍神が、3柱も揃って情けないのう」
そう言いながら、淤加美様は、砕いた大岩の残骸から、八尋鉾を引き抜くと
オロチに向き直り
「待たせたのぅ。真打ち登場じゃ!」
「貴様は、雌龍!? どうやって籠雌から抜け出した!」
「ふんっ! あのような紙結界など、妾が簡単に解いてくれたわ」
「おのれ!言わせておけば……」
淤加美様、お願いだから、余り挑発しないで
出来れば穏便に、お酒で酔わせて終わりにしたいのに
一触即発の事態に、僕が困っていると、セイから念話が入る
『おい! 登場が少年漫画みたいに、格好良すぎるだろう。さては、何処かでタイミング計ってたな? 変な喋り方だし』
『アホか! これでも四国から翔んできたんだよ! それに、変な喋り方なんて言うと怒られるぞ』
『怒られる? お前以外に誰が居るんだよ』
『妾じゃ!』
突然、念話に割り込んでくる淤加美様だが、ちょっと不機嫌そうだ
『だから誰だよ! スットコドッコイ』
そう念話を飛ばしてきたセイの頭に、淤加美様は八尋鉾を叩き込む
「ぐおおお……」
頭を抱えて、痛みにのたうち回るセイ
だから言ったのに……そもそも、スットコって……
「ふん! 者共、聞いて驚け! 妾は淤加美神。瑞樹千尋の身体を借りて顕現した古き龍神じゃ!!」
決まったのう、と自分に酔いしれる。
挑発するな! ちゅーの、本当にアホな方ばかりだ。
オロチは、淤加美様の名乗り口上を聞くと、赤い眼を細めて右手を上げる。
すると、龍神湖の水が持ち上がり、水の刃となって襲い掛かってきた。
その数5つ。
淤加美様は、水刃を前に微動だにせず微笑んで佇む
すると、不思議な事に、水刃は少し手前で、タダの水に戻り地面に落ちた
「妾に水は通じんぞ」
そう微笑んだまま答える淤加美様
当然オロチにも水は効かないだろうから、反射の手の内を見ぬよう、水刃をキャンセルしたのか
ってちょっと。神話級な戦いは止めてよ!
戦う気満々の淤加美様に、僕は
『少しオロチと話をさせて貰えませんか?』
「なんじゃ? アヤツに用事かえ?」
仕方がないのう、と言いながら主導権を返してくれた。
(内と外の『』と「」が入れ替わります)
なんか、久しぶりに戻った気がするよ
「オロチ、僕は千尋だけど、聞きたい事があって、替わって貰ったんだ」
「ふん! 誰が出ようと、知ったことか!」
「そう言わずに、君はこの間、もう1つの封印が解けてるって言ったけど、本当なの?」
僕が尋ねると、睨んだままではあるが、渋々口を開く
「ああ……本当だ。首の中でも一番厄介な奴の封印が解けちまったんだ」
「厄介な奴?」
「そいつはオレと、反りが合わなくてな。オレが東に行きたいと言うと、必ず逆の西に行きたいと言いやがる。身体は繋がってるものだからよ、何時も喧嘩になって……」
うぁ……
「食い物だって、同じ腹に入るんだから構わんのに、俺の分まで横取りして……うー、思い出したらムカついて来たな……」
…………
アホだ……
本当に、しょーもない事で……アホすぎる
「極めつけに、須佐之男命と戦ったときなんか、どさくさ紛れに後ろからブレスを吹きやがったんだ!」
見ろ、此処んところ禿げてるだろ? と僕に後頭部を見せてくる
「見せられても、あんた再生力高すぎて、どうにもなって無いよ!!」
本当にアホだ。兄弟喧嘩の愚痴を、聞かされてるみたい。
「ん……治ってるか? なら良い。だが、何かと合わないアイツと、一緒の身体は嫌なんだよ! オレが独りなら、好きに移動できるし、好きに食えるし、ブレスも吹かれねーし……良いことだらけだろ?」
「あ、うん……」
「それで、アイツより先に見つけようと思って、焦ってるわけだ」
分かる? と愚痴を聞かされる
だいぶ、ひねくれた御兄弟ですね
「まぁ、ほら。その兄弟もまだ見付けてないんでしょ? それなら焦らなくても……ねえ」
「見付かってないから、オレが先にって、焦ってるんだよ! だいたい……アイツ卑怯にも、人間の女に化けてやがった!」
人間の女だって!?
「その女性の名前は?」
「ふん! 人間の名前等知らん!」
そうか……名前は知らないか……
でも、女性に化けてるって言うだけでも、収穫があった。
後は、オロチには悪いが、町を滅茶滅茶にされるわけに行かないし、この神佑地を守る義務もある。
西園寺さんが来次第、封印させてもらおう。
本当は、封印以外に方法があれば、良いんだけどね。
だがこの時、僕らを遠くから覗く、他のオロチの眼があることを、まだ誰も知らないのだった。
ヤマタノロチが神話で呑んだお酒は、再現して売っておられる業者さん居るので、商標登録に引っ掛からぬよう実名が出せません。ご了承下さい。
今後も、架空酒『龍殺し』か大吟醸とだけの表記になると思います。