47-3 平穏な日
放課後
他のクラスの身体測定も無事終わり
僕は、頭上で食後の昼寝をする龍神達を乗せたまま、教室で帰り支度をしていると
香住の攻撃で、気絶していた正哉が、回復した
「待てぇ高月! つい口が滑っただけで、本心ではな…………あれ?」
「もしもーし。正哉大丈夫か? 香住なら部活へ行ったぞ」
「千尋? 何だか嫌な夢を、見ていたようだ」
それ、夢じゃないから……
僕の方が、気絶からの回復が早いのは、龍の再生力のお陰だろう
祟り神の後なんか、千切れ掛けた脚が繋がったし
不思議生物にでも成った気分だ
術反射が無ければ、回復術も使えたらしいが、反射が却って仇になってるみたい
異世界ファンタジーじゃあるまいし、攻撃魔法が飛んで来る事なんて、然う然う無いのにね
(※小鳥遊ルートで、魔法が飛んでました)
「ほら、正哉も帰り支度しなよ」
起きたてで、まだよく状況が理解出来て無いのか、後頭部を擦りながらボーッとしている正哉
「お昼ご飯は?」
「もう終わったよ」
本当に大丈夫なのかな?
「……なんか、一番美味しい処をスキップした、エロゲみたいだ」
「例えがアレだが、概ね合っている」
「ちょっと待て! 女子のお着替えイベントは!?」
一番良いところって、お昼ご飯じゃなく、そっちかよ!
「そんなイベント無いよ!」
「チクショー見逃したぁ」
本当アホだな
「あのなぁ、女子だって覗かれるの嫌だろ。覗かれてるのが、妹の紗香ちゃんだったら、正哉だって嫌じゃない?」
「え? 寧ろ毎日見てますが? というか、成長記録の写真を撮ってるぜ。ほらスマホの写真、これが今朝の紗香。で、こっちが昨日の紗香。そして、これが一昨日の……」
スマホに撮った写真をスライドさせて見せていくが、1日や2日でそこまで変わらないってば
本当にダメだなコイツ、早く何とかしないと
「正哉、もういいから! はぁ、紗香ちゃんが不憫だ……」
「何だよ。千尋だって、女子と身体測定受けて来たんだろ? どうだったよ?」
「どうだったって言われても……目のやり場に困ったというか、それどころじゃ無かったというか……あ、でも。鴻上さんの胸は、普通の大きさだったよ」
「それは、いらない情報だ」
あ、凄い嫌な顔してる
「そこまで嫌わなくも、良いのに」
「いや、嫌いとか好きの問題じゃないんだ。今は妹の事に、全力投球したいからな」
……
もう、鴻上さんと付き合っちゃえよ
紗香ちゃんも助かるし、僕も鴻上さんから、逆恨みされずにすむし
「だいたい紗香ちゃん。この夏、バレーボールの大会だろ? あんまり邪魔しない方が、良くない?」
「邪魔などするわけ無いだろ。俺の応援で、勝ちを呼び寄せないとな」
一体、その自信は何処から来るんだろう
「ま、まぁ。ほどほどに頑張れ」
「おう! て、雨降ってるのか!? 何だよ、今日1日晴れって、天気予報言ってたのに」
気持ちは分かる
僕だって、雨の匂いがしなければ、傘持ってこなかったし
「小僧! 心配しなくも27分後に止むぞ」
いつの間にやら、昼寝から起きたセイが、僕の頭上から話題に混ざってきた
「そうなんすか? 27分かぁ。ちょっと待つには長いな」
さすが、龍神ともなると。そこまで正確な時間が分かるのか
僕なんか、これは降るなとか、そろそろ止みそうだ、位しか分からないけどね
「もし急ぎの用があるなら、コヤツの傘を借りていくと良い」
「千尋の? でも、それじゃあ、千尋がびしょ濡れに成りませんか?」
「大丈夫だ。コヤツも水神の端くれ。雨は逆に力が増す」
まだ肌寒い海に潜って大丈夫だったし、雨で風邪は引かないと思うけど
問題は、濡れて制服が透ける事かな
さすがに、それは恥ずかしい
「じゃあ、はい。傘貸してあげる」
「本当に良いのか?」
「うん。実は折り畳み式の傘も、予備で持ってきてあるんだ」
「用意が良いな。さすが水神の龍だけあって、天候の事は抜け目がないんだな。じゃあ、有り難く借りておくぜ」
そんな事を話なが昇降口へ行くと、置き傘の無い生徒で、ごった返していた。
「すげえな人集りだな」
「仕方ないよ、予報では降水確率ゼロだったんだし」
「ま、人間の予想では、所詮そんなもんだ」
そう言って、僕の頭上で踏ん反り返るセイ
「もう、髪の中から出るのは構わないけど、他の人に見付からないでよ」
「大丈夫だ。姿を消す術は掛けてある。抜かりはない」
そこへ、どこかで聞いた声が
「斎藤君!」
「げぇ、鴻上……」
人混みの中から、鴻上さんが出て来て、正哉に抱きつこうとする
が
正哉も鴻上さんを、手で押さえ突っぱねて、逃げようとしていた
「千尋ー。助けてくれー」
「えー、嫌だよ。何時もそうやって、僕に押し付けて逃げるし。せっかく傘貸してあげたんだから、二人で相合い傘してけば?」
「相合い傘ですって!? たまには良いこと言うのね瑞樹千尋」
「てめえ、千尋ぉ、親友を売るのかよ!」
「御幸せに~」
僕は、ハンカチを出して大袈裟に振ると。正哉は鴻上さんに引き摺られて、昇降口を出ていった
確か、鴻上さん隣町の出身だから、バス通学だった気がするが……
まぁ良っか
「さて、僕らも帰ろっか」
「うむ、そうだな。じゃあ、水避けの術を上に張るぞ」
「へ? そんな術あるの? て言うか、僕は術反射があるんだけど」
「いや、お前自身に掛けるんじゃないから、問題ない筈」
そう言って何かを、ぶつぶつ唱えるセイ
「もういいぞ、外に出てみろ」
セイの言葉で、昇降口の外へ出てみると
雨が、僕の頭上50センチ程上空で、お皿のように広がり落ちてこないのだ
「凄いじゃん!」
「だろ。水を操る龍神だからこそ、出来る所業だ」
おお、水溜まりを下から見上げるなんて、凄い光景だ
何処かの水族館で、水の中にガラス張りの通路を造って、お客さんを通らせるってテレビでやってた事あったが、それの小型版って処かな
ただ、此方は術で浮かせてるので、ガラスが無いけど
ん?
これ……雨がどんどん溜まっていってるけど、不味くね?
却って遮るモノが無い分、危険な感じが増してるんですけどー
「セイ……これ、大丈夫だよね?」
「大丈夫ってなにが?」
「いや、急に術が解けたりしないよね?」
「…………大丈夫だ」
何だよ、今の間は?
即答じゃ無かったセイの解答で、余計に心配になった
水の塊が頭上にあって、何だか罰ゲームみたいな気分で、雨の家路を帰えっていく
「そうだ、セイ。晩御飯何が良い?」
「ん? 別に俺は何でも良いがな。と言うか、何時もそんな事聞かずに、作って来るじゃないか。今日に限ってどうしたんだ?」
「あ、いや。何か食べたいリクエスト無いのかなって」
「ん~。じゃあ、『はんばーがー』が食べてみたい」
「ハンバーガー!?」
「うむ、テレビCMで美味そうに食ってるの見てな、俺も一度食ってみたいんだ」
出来れば、手作りで食べさせたかったけど、ハンバーガーって手作り出来んのか?
まあ、バンズは焼けるが……中の肉はハンバーグ挟めば良いのか?
あと他の具材は?
ピクルスとか玉ねぎで良いのかな、後タレをどうするんだろう
ケチャップ? で良いのかな?
んー。これは、実際に店へ食べに行って、研究せねば
「よし! セイ、これから店へ研究しに出掛けるぞ」
「研究ってお前なぁ、店で食って来るなら、作る必要無いんじゃないか?」
「いや、お前の料理は和食だけだと言わせぬよう、自作出来るようになってやる」
「そうか、まあ俺は構わんがな」
雨が少しずつ弱まっていき
丁度、ウチの神社の石段下まで来る頃には、雨も止み虹が出ていた
「あのさ、そろそろ術を解いてよ。雨止んだしさ」
ずっと頭上に水があるので、気になって仕方がない
「ん? そうか」
そう言って、セイが指をパチンと鳴らすと、頭上の水が自由落下を始めた
本来なら刹那であろう瞬間が、スローモーションになって、落ちてくる水
あーあ。やっぱり、こんなオチか……
素直に、最初から折り畳み傘にしとくんだった
と、後悔しても後の祭りである
幸い神社のすぐ前で良かったわ
一旦、ウチに戻った僕は、濡れた制服を脱いで干す
宝剣探しの時に、西園寺さんから貰った私服へと、着替えようとしている処に、セイが来る
「セイ! ノックぐらいしろよ!」
「良いだろ、夫婦なんだし」
「あのな、親しき仲にも礼儀……」
「これをやるよ。塗り薬だ」
セイはそう言って、貝殻みたいな入れ物を投げて寄越す
「塗り薬? なんのよ?」
「お前、今日の胸測定の時に、乳房の下側が汗疹出来てたろ。それ塗っとけ」
確かに、胸が大きいせいで、乳房の下側に汗疹が出来んだよねえ
って
「見えてたんじゃねーか!」
僕は、セイの頬に拳をめり込ませた
「ご、誤解だ! 『龍眼』のせいで、ハンカチ程度の目隠しは、透過してしまっただけだ」
「通りで、体重計の針の事も、説明しないで通じてると思ったら……全部見えてたんかい!」
まったくもう……油断も隙も無いんだから
でも、これは有り難い
龍に成ってから、人間の薬類が全然効かなくて、正直困っていたのだ
涙目になってるセイの頬へ、ありがとうとキスをした
後で良く考えたら、どうしてあんな事したのか……
まぁ、セイも喜んでるみたいだったし。良しとしよう
支度も終わり、出かける準備も整ったのだが
ずっと寝ていた淵名さんは、セイの部屋のベッドで寝てしまい
起こそうとしても、起きないので、テイクアウトして、婆ちゃんの分と一緒に買ってくれば良いやって事になった
本当に、寝てばかりだな淵名さんは……
僕とセイは、淵名さんを残し、神社を出て街へ向かう
「まったく、酷い目にあったよ。あれなら傘を使った方が良かったし」
「いやはや、初めて使ったからな。四散するかと思ったら、そのまま落下すると思わなかった」
「おい! 初めてって何だよ」
「ん? 初めては初めてだ。普段龍神は、雨など気にしないからな。濡れても乾かせるし」
そう言えば、そうだった
更衣室で濡れた服も、乾かしてたっけ?
さっきの制服も、干さずに乾かして貰えば良かったか、失敗したな
僕らは、街に着いて、最初に目に入ったファストフード店へ、入店する
「おお! これが『ふぁすとふーど』店か!?」
「何にする?」
「何って? 『はんばーがー』に種類があるの?」
「あるよ。僕も正哉と何度か来ただけで、そこまで詳しくは無いけどね」
「じゃあ、テレビCMでやってたヤツ!」
「はいはい、あと味見るんだから、オーソドックスなハンバーガーも頼もう」
「待て待て、俺が注文してみたい」
「別に構わないけど、出来んの?」
「何事も挑戦だ」
まいっか
無理そうなら、僕が隣から、助け船出してやれば、良いんだものね
「いらっしゃいませ、こんにちは。ご注文がお決まりでしたら、どうぞ」
「今、テレビでやってるヤツが、あるのか?」
「御座いますよ」
「では、それを一つ」
「ご一緒に、お飲み物は如何ですか?」
「飲み物!? えっと……」
突然、予期してなかった質問で、混乱するセイに、助け船を出す
「セットにしちゃおう。飲み物はお茶で良い?」
「お、おう」
僕は、オーソドックスなハンバーガーを、同じくお茶のセットで頼み
出てきた商品を持って席に座る
「こ、これが……あの『はんばーがー』ってヤツか」
くるくる回しながら開け口を探すセイに
「包み紙を、裏から開くんだよ」
「おお! 成る程な! 後はCMみたいに食べれば良いのだな」
「うん、紙まで食うなよ」
セイがハンバーガー相手に、舌鼓を打っている間
僕は自分のハンバーガーを、包み紙の上へと分解し研究する
バンズとビーフパティ……それとオニオンとピクルス……後は、ケチャップで良いのか
だいたい予想していた通りだ
次は組み立て直して、味の方を……
「なぁ、今度は俺一人で、注文してきて良いか?」
「別に良いけど、そんなに食えるの?」
「大丈夫だ。任せておけ!」
そう言うと、また注文の列に並ぶセイ
何だか嬉しそうな姿を見て、僕は思い違いをしていた事に、気がついた
こう言った注文の経験も、セイにとっては初めてで、楽しくて仕方ないのだ
僕はただ単に、セイの食べた事の無いモノを、美味しく食べさせれば、良いものだとばかり思っていたが
こう言った、何気無い瞬間も、セイには大切なんだと……
最初は研究の為だったけど、本当に来て良かったと思った
「ほら、見ろ。俺にも買えたぞ」
「ぷ、何だよ。店員さんの口車に乗せられて、ポテトまで付いてるじゃん」
「だって、『ぽてと』も一緒に如何ですか? って言うから」
まあ、食べきれるなら良いさ
「じゃあさ、それ食べ終わったら、淵名さんと婆ちゃんと香住の分。3セットをテイクアウト……って分からないか、えっと……持ち帰りでって言えば良いから、買ってこれる?」
「おう、任せておけ!」
急いで食べ終わると、また列に並ぶ
普通なら面倒臭くて嫌がるのが、初めてで楽しいんだろう
ああ、こんな日がずっと続けば、良いのに
僕は、セイの嬉しそうな横顔を見ながら、そう思うのだった。
次話から、シリアス展開に入る予定です。
あくまで、予定ですが書いてるウチに、ネタが浮かぶと予定が狂う事も
予定通りなら、次話『籠雌』(カゴメ)です。




