45-3 身体測定
まだ、日も昇り始める前の、うっすら明るい東雲の空の下
神社のトイレで、僕の驚愕の声が木霊した
「こ、これ……もしかして……元に戻ってる!?」
恐る恐る股間に手をやると、触った感触で存在が分かる
胸が邪魔で良く見えないけど、確かに男のアレが存在しているのだ
まだ男に戻れるかも? と言う期待が、少しだけ出てきた事に、その場で小躍りしてしまいそうになるが
一つ、問題が出てくる……
『尻尾』の存在
尻尾のせいで、ズボンが穿けない今、完全な男に戻ったら……
スカート男子として、通学しなければ成らないのだ
あれ?
却ってピンチなんじゃ?
先ほどまでの歓喜は消え、一気に青ざめた
そんな風に、僕が一喜一憂していると
「おい、朝っぱらから五月蝿いぞ」
人の気も知らずに、トイレのドアを開けるセイ
「わあああ、勝手に開けるな!」
「何で、鍵を掛けとかないんだ?」
「仕方ないだろ。トイレの鍵は、香住にぶっ壊されたままなんだから」
「あぁ、あの馬鹿力の娘か……時々人間と思えん事あるよな」
馬鹿力については同意する
「でもそれ、思っても本人の前で口にするなよ。僕は、助けられないから」
「うむ、心得た。しかし、お前は尻尾が邪魔じゃ無いのか? ここのトイレより、外の和式のが楽だと思うが?」
確かにそうなのだが、洋式にも慣れておかないと……なにせ、学園のトイレは全部洋式なんだし
そこで、考え出したのが、水のタンクに向かって馬乗りでする方法
「こうやって、便座に跨がって……て、やらすな!」
「難儀して要るのだな……まぁ、自分の部屋へ戻るわ。たぶん淵名に、ベッドが取られたままだろうけど」
そう言うと、セイは去っていく
「む~、扉閉めてけー、アホー」
……まあいい
今回は、座ってする必要はないのだ
久し振りに、男のモノを使って用を足す
やはり、便利だなぁ
男も女も、両方を体験してるので、どちらも一長一短があるのが分かる
手を洗ってから、巫女装束(改)に着替え、台所へ向かう
巫女装束(改)とは、香住が僕の尻尾用に、緋袴を膝上ぐらいのスカートタイプへと魔改造したモノだ
でも、コスプレだこれ……
尻尾があるので、仕方ないけどね
さて、ご飯をセットして炊けるまでに、境内の掃除をしようとしたら
セイが、また現れて
「境内の掃除なら、俺がしてきてやろう」
「珍しい事もあるんだ……雪でも降るのかな?」
「俺が手伝うのが、そんなに珍しいか?」
「うん。セギャが、新しいハード出すぐらいに」
「…………悪かったよ」
あ、涙目だ
「まあ、手伝ってくれるのは、嬉しいけど……どんな風の吹き回し?」
「あ、いや。今日も学園へ一緒に行って良いかな? てな……」
「それは構わないけど」
「本当か!? ならば、俺の弁当も頼む」
そう言うことか
弁当は、いつも香住に任せっぱなしだったし
弁当箱が、あったかなぁ
僕が、弁当箱の心配をしていると、眠そうな眼を擦りながら、赤城さんと淵名さんが現れる
「おはよう、千尋さん。我も付いて行きますよ」
「同じく、儂も行くぞ」
「おはようございます。お二方も行くなら、お弁当を重箱にしちゃいますか」
僕がそう言うと、セイが面白くなさそうに
「なんだ、お前等も行くのかよ。だったら境内の掃除手伝え」
セイは、眠たげな2龍を連れて出ていく
じゃあ、境内の掃除はお願いして、久し振りにお弁当作りますか
重箱に、おかずやお握りを詰めていくと
「おはよう、珍しいわね。千尋がお弁当作るなんて」
「香住、おはよう。いやなに……龍神達が皆して、学園に来るって言うからさ」
「なるほど、それで重箱な訳ね」
千尋一人でいっぱい食べるんだ……と、ビックリしちゃった。などと言う香住
そんな訳あるかい!
ピザの特大サイズを、ほぼ一人で食べきった、香住さんに言われたくないわ!
「出来れば、手伝って欲しいな。凄い量なんだよ」
「もう、仕方ないなぁ。千尋は、そのままお弁当作ってて、朝食は私が遣って置くから」
香住の指示のお陰で、手分けをして、何とか仕上げる事が出来た
「本当に助かった。ありがとう香住。一人なら間に合わなかったよ」
「本当なら、手間の掛かるオカズは、前の晩に仕込んで置くものだから、時間が掛かるのは仕方ないわよ。ほら、千尋は着替えて来ちゃいなさい」
お言葉に甘えて、残りを香住にまかせ、制服に着替えてしまう
が
弁当作りに時間を取られた為、やっぱり遅刻ギリギリの登校になるのだった
僕と龍神達は、急いで朝御飯を掻き込むと、身支度を簡単に整える
「本当に、いつもギリギリよね」
申し訳無いです
「あ! 香住待って。傘持ってって」
「え!? 傘って、雨雲なんて無いじゃないの」
「いや……雨の匂いがする」
「何よ、雨の匂いって? そんなの分かるの?」
「うん、何となくだけどね」
「ふふ、人間の娘よ。こやつの言う通り、持っていった方が良いぞ」
小さくなったセイが、僕の頭の上から言う
「その様だな。大降りではないが、降りそうだ」
そう言ったのは、やはり小さくなった赤城の龍神
淵名の龍神は、小さくなって居るものの、僕の髪の中で眠っている
「神様達が、そこまで仰るなら。千尋、傘借りてくね」
おい
僕の言葉は、信じなかったのに……
しかし、なんだろ……テレビでも、降水確率ゼロだったのに
何故か、雨が降るような……そんな、匂いがするんだよ。あと肌に感じるの
説明は上手く出来ないけどね
僕らは、傘をもって学園へ走る
丁度、学園まで半分ぐらい来た処で、雨が降りだした
「わ!? 本当に降ってきた」
「狐の嫁入りだね。直ぐ止むと思うよ」
「千尋、本当に人間離れしたわね」
人間離れと言う言葉に、少しショックを受ける
まあ、この角と尻尾じゃ、人間って言っても無理があるのだけど……
「いやいや、人間の娘よ。天候を当てるぐらい普通に出来るぞ。天候を操れて一人前の龍神だしな」
とセイの言葉に、そうなんだ! と感嘆の声をあげる香住
確かに、水神の龍は、『恵みの雨と豊穣』の神様でもあるからね
人間でも、祈祷の『雨乞い』で、低い成功率ながらも、雨を降らせられるんだし
龍神とも成れば、朝飯前なのだろう
僕では、雨を降らせるの無理だけどね
だいたい、降るのが分かるだけでも、自分でビックリしたし
予礼が鳴り響くと同時に、校門を抜ける
ギリギリセーフだ
昇降口で靴を履き替えていると、狙ったように雨が止む
「セイ、天候を操れるなら、着いてから降るようにしてよ」
「出来るがな、あまり薦められん」
「そうなの?」
「ええ、結局『自然』に手を加えることに成りますから、しわ寄せが、どこかに現れるんですよ」
と赤城さんが補足する
龍神達の話では
旱魃で、雨がずっと降らなかったり。逆に、雨が降り続き、洪水に成るような緊急時以外は
、自然に委ねた方が良いって事らしい
普段、何でもない時に、あまり手を加えすぎると、緊急時に歯止めが効かなくなるというのだ
そのんな話を聞きながら、廊下を走り
どうにか、ホームルームにも、滑り込みで間に合った
「よーし。今日は欠席者なし。じゃあ、本日は身体測定だから、男女別れて着替えるように」
そう言って、担任が教室を出ていく
……
…………
「はあああ!? 聞いてないよ!」
香住の方を見ると
ゴメン言うの忘れてた、と手の平を合わせて謝る仕種をしてる
不味い
今僕は、股間に男のアレが戻ってるのに……
ん? 待てよ
良いのか? 男のアレあるなら、男子で受ければ良いんだし
「よし! 千尋。着替えるんだろ? 行くぞ」
そう正哉が肩を叩いてくる
僕は、正哉と教室を出ようとするが
「お待ちなさい!! 瑞樹千尋!! あなた、また斎藤君と……」
「こ、鴻上さん。別に僕は、着替えに行こうと、していただけで……」
「あなたねえ、男だか女だか、はっきりしなさいよ!」
ご最も
でも、どっちと言われてもねぇ
自分でも、男だか女だか、もう良く分からないよ
そもそも、人間ですら無いし
「正哉は、どっちだと思う?」
「え!? 俺に振るのかよ。そもそも、最初に言ったろ『俺は、どんな姿のお前でも、好きだって』さ。お前との友情は、変わらねえ!!」
「な!? 好き……ですって?」
あ、鴻上さんがショック受けてる
正哉……お前の真っ直ぐな処は、嫌いじゃ無いんだけど、言い方が不味いってば
鴻上さん。絶対、誤解してるぞ
「ゆ、許さないわ!!」
鴻上さんは、座っていた椅子を振りかぶると、襲い掛かってくる
「うわぁ! 逃げろ千尋!」
「危な!! 今、椅子が鼻先を掠めて飛んでったし」
「わははは、全く見ていて飽きないな、お前等」
そう頭上で笑い転げるセイ
コノヤロウ、他人事だと思って……
僕と正哉は、鴻上さんの投げる椅子を避けながら、廊下を駆ける
「正哉! もう一噌の事、妹にしか興味が無いって、言ってあげなよ!」
「言ったよ、言ったさ! でもな、『ご冗談を』って笑い飛ばされた」
それを聞いても、心が折れないとは、ある意味質が悪い
「なんと言うか……学園と言うのは、危険なところだな。『ぶるーれい』のアニメで見たのと、だいぶ違う」
そう言いながら、水を出して廊下を濡らす赤城さん
ごめんね。なんか、『学園』に対する夢を潰しちゃったみたいで……
赤城さんが撒いた水で、派手にスッ転ぶ鴻上さんだが
僕らは、廊下を水浸しにしたからな……
後で、反省文書かされて、高く付きそうだ
急いで、男子更衣室に飛び込む、僕と正哉
さすがの鴻上さんでも、男子更衣室までは入れまい
だが、一つ誤算が
男子の目線が僕に集まっているのだ
あー、女子の制服だからか……
だが、残念でした。今日の僕には、男のアレが戻ってる
いわば、女装しているようなものだ
女の制服を脱いでしまえば、『なんだ、男じゃん』って意欲を失うはず
「なあ千尋、お前……胸は不味くないか?」
そう気まずそうに言う正哉
……
「はっ! そうだったぁ!」
胸の事、すっかり忘れてたし!
どうしよう……
男子更衣室の隅っこで、立ち尽くしていると
「仕方ないな。ほら」
正哉は、そう言ってジャージを広げると、僕を隠すように前に立つ
「ありがとう、正哉」
「良いから、早く着替えちまえ」
正哉の好意に感謝しながら、着替えを始めると
「おい、斎藤。後ろに隠してるのは、何かなぁ?」
「そうだぞ、俺達にも見せろよ」
そうだそうだ! とスケベな奴等が騒ぎだす
「ふ……見たかったら、俺を倒してからにするんだな」
やだ、今日の正哉さん格好いい!
「なら、この柔道部、次期主将が御相手しよう」
お前……まだ1年で次期主将って……
だいたい、黒帯じゃねーじゃん!
身体が大きいから勧誘されて、学園で始めたばかりの、自称柔道部主将じゃん
「行くぞ、ほーお。アチョー」
柔道な筈なのに、なんちゃって拳法の構えをとってる
ツッコミ処が多すぎる
「おおお!! ほぁたあ!」
正哉、お前も乗っかるんかい!!
「面倒じゃ、儂が流してやる」
え!?
「ちょっと、淵名さん!?」
直後、淵名の龍神が大量の水をだして、更衣室がたちまち水の溜まった水槽状態になる
と
水圧に耐えられなくなった、更衣室の入り口のドアが吹っ飛ぶのだが
男子更衣室の外で、聞き耳をたてていた鴻上さんもろとも、大量の水で押し流した
「あーあ。怒られるぞ、これ……」
水の中でも無事だったのは、水中で息の出来る、僕を含め4龍のみ
周りを見渡すと。皆、咽せてるので、呼吸停止は居ないみたい
良かった
「正哉、ごめん。いつもの踊場で着替えてくるわ」
「けほっ、けほっ。そうか……分かった」
咳き込みながら、気にすんなと言っていた正哉
ごめんよぉ、最初からそうすれば良かった。
まあ鴻上さんに追われてたから、男子更衣室へ飛び込んじゃったと言うのもあるんだけどね
そう言えば、鴻上さんは……
あ、廊下の隅っこで伸びてるし
水圧のかかった、更衣室のドアに吹っ飛ばされて、目を回しているみたいだ
起こすと面倒そうなので、そっと立ち去り、いつもの踊場へ向かう
道中、僕の頭の上で、セイと赤城さんに、やり過ぎだと怒られてる淵名さん
ちょっと可哀想だ
まあ、龍神の物差しで、人間に合わせろと言うのも、難しいのだろう
僕は踊場で、香住特製の尻尾穴ジャージに着替えようと、制服を脱いだのだが
「あれ? あれええ!?」
「どうした?」
「セイ……僕の股間……アレが無くなった」
「ん!? 俺が雌龍にしたんだから、無いのは知ってるが?」
「違うんだ、今朝はあったんだよ」
「ある訳ねーだろ。寝惚けてたんじゃ無いのか?」
「セイ、お前、何かした?」
「あのな、お前は術反射持ってるのに、何も出来ねーての」
そうだよね……
なんか、ここの処。尻尾が生えたり、男のアレが生えたり無くなったり……
僕の身体、どうしちゃったんだろ
どうも、オロチの心臓が入った勾玉を身に付けてから、身体が安定しないのだ
だからと言って、その辺に捨て置く訳にもいかないし
もう、厄介だなぁ
とりあえず、尻尾穴ジャージに着替え、身体測定へ向かう
どうか、これ以上変わりませんように……