44-3 帰省
夜の帳が下りようとしている頃
セイの開けた龍穴の穴から、神社の境内へと顕現する
龍脈移動……
地中の龍脈を通って移動するのだが、現代モノで一番近いイメージとしては、光輝く超高速の『動く歩道』に乗って移動してる感じだ
セイ曰く、龍脈の繋がった土地なら、何処へでも行けるとのこと
まあ、街中へ出ても、大騒ぎになるだけだし、神社仏閣へ出るのが丁度良い
神社仏閣の真下には、大概龍脈が通っているからね。移動の際はとても便利だ
たくさんの荷物を地面に下ろし、僕等はどっと出る疲れに溜め息を付く
そんな僕等を出迎えてくれたのは、不在中に神社を任されてくれた、巫女装束姿の香住だった
「おかえりなさい。早かったのね」
「ただいま。神社の事ありがとう、助かったよ」
「あ、別に良いのよ。バイト代が時給1200円も出るし」
おいおい、地方の田舎で深夜でもなく、三箇日みたいに忙しくも無いのに、その値段は破格だった
婆ちゃん……僕は、香住の半値以下で、手伝わされてましたが?
どう言うこと?
ま、婆ちゃんに文句言った所で、正式なバイトじゃなく、修行も兼ねての手伝いだからと、言われるのがオチだろうな
身内に厳しい婆ちゃんに、僕は少し泣く
「で? どうだったのよ?」
と、好奇心旺盛に尋ねてくる香住
「んー、人魚が居た」
「人魚!? 人魚って、薬で人間に化けて、舞踏会へ潜入し、王子様を毒薬で暗殺しようとする人魚?」
「肝心な人魚の恋心の部分が端折られてて、暗殺の忍者みたいに聞こえるが……たぶん、その人魚」
なんと言うか、そんな狂気の沙汰的な人魚姫の童話があったら、児童が泣くぞ
「人魚なんて、西洋のお伽噺しかと思ってた」
「それは違うぞ娘よ。日本でも、各地で目撃談が残っているし、あの不老不死で有名な『八百比丘尼』も、人魚の肉を食べたからだと言われてる位だ」
と言うセイの話を聞いて、感嘆の声をあげる香住
龍になった僕としては、不老不死の肉目当てで、命狙われる人魚達を、他人事に思えなかった
龍も、鱗とか肝とかの素材目当てで、狙われると言うからね
だからこそ、人魚は存在を隠して、正体を知った人間を殺そうとするのだな
僕も危うく撲殺されかけたし
「ふーん、人魚って本当に居るんだ……って、そうじゃなーい! 私が聞きたかったのは、宝剣の事よ!」
せっかく、残念な結果を話さずに済むと思ったのに、気が付いたか
仕方なく、香住に事の顛末を話そうとしたら
背後で光の柱が上がり、龍穴の中から淵名の龍神と赤城の龍神が出てくる
「邪魔するぞ」
「千尋さん、戻ってきたか」
「はぁ、また騒がしいのが、いっぱい出てきたな」
「セイ、そんな事言わない。良いじゃないか、お土産も渡せるし」
僕は、面倒臭そうに言うセイを宥めると、立ち話もなんだし、居間へ移動しようと促した
セイの奴、録画の溜まったアニメを消化しなきゃ成らんのに……とブツブツ文句を言ってはいるが、本当は龍神仲間が尋ねてくれて、嬉しい癖に……素直じゃないんだから
「それにしても、僕等が帰って来たの、よく分かりましたね」
「我等も、龍脈を操作する龍神ですよ千尋さん。龍脈の動きや龍穴の開け閉めで分かりますから」
「うむ、それも此方の境内で龍穴が開いたとなれば、千尋殿達に間違いないと、馳せ参じたのだ」
と、赤城さんと淵名さんが答える
龍脈操作って、そんな事も分かるんだ? と聞いたところ、龍脈を管理し円滑に流れるようにするのが、龍神本来の役目なのだそうだ
龍脈が地球の血流だとすると、龍神は血小板……いや循環器系のお医者さんって役割らしい
そんな話をしながら、荷物をもって居間へ上がる
荷物の大半は、貰ってきた服とか水着なのだが……また、大量だな
僕用に尻尾穴が作ってあるので、未使用品でも他に使い道がないから貰ってくれと言われて、全部戴いたのだは良いんだけど
なにしろ、半月分の着替えなので凄い量だ。これだけあれば、しばらく買いに行く必要も、なくなったわ
探索は4日で終わったけどね
多分、西園寺さんは、1ヶ月以上掛かると思ってたんじゃないかな
800年以上も見付からなかった宝剣だし
僕は、着替えの入った荷物を選り分け、廊下へ出すと漸く腰を下ろす事が出来た
「千尋、スカートで足開いて座らない!」
「むう……」
気を抜いて、足を開いて座ってしまったのを、香住に咎められる
これだから、スカートと言う奴は面倒だ
ズボンだったら、気にせずに済んだものを……
僕は、仕方なく居住まいを正して、これで文句あるまいとアピールをすると
香住は、満足げに頷いて、沸騰を知らせて鳴っているヤカンを取りに、台所へ行ってしまった
一息付いて居間を見渡すと、借りてった漫画本の話を始めてる、赤城の龍神さんとセイ
その隣で、赤城さんが返しに持ってきた、漫画を読みだす淵名の龍神さん
皆、好き勝手な事を始めている中で、全員分のお茶をいれ終わると
「もう、千尋ったら、焦らさないで宝剣の事聞かせてよ」
そう目を輝かせて聞いてくる香住
これ以上、香住を焦らすと、飛び乗られてプロレス技の『フランケンシュタイナー』でも掛けられそうなので、素直に話した方が無難だ
「別に、焦らしてる訳じゃないさ」
なんと言うか、哀愁の漂う西園寺さんの背中が思い浮かんでしまって……
「結論から言うと、錆びて使いもんに成らない」
「ちょっと! 宝剣って、神話の天叢雲剣でしょ!? 神剣でしょ!? 何で錆びるのよ?」
「んー。塩水が合わなかったとか?」
「そんなアホな……宝剣でしょうに……」
「まぁ、宝剣と言っても、オロチの尻尾から出てきたモノだしね」
だからこそ、嘗て身体の一部だった天叢雲剣に、オロチの心臓が反応したんだと思う
「じゃあ、どうするの? オロチを斬れるのは宝剣だけでしょ?」
「いや、須佐之男命が持ってた、『十束剣』でも斬れるけど……」
「アレは、天照大御神が、3つに砕いてしまったからな」
と、セイが僕と香住の話に混ざってくる
まあ、その砕いた欠片から、神様生まれてるんだけどね
「そうなんだ……」
「あー、でもほら。他にも神話に名高い宝剣や神剣あるし、西園寺さんが、錆びた宝剣を『関』へ持ち込んでみるって言ってたしねぇ」
「関? 関って、あの刃物職人さんの町で名高い関市?」
「そそ。刃物職人さんの町なら、研師も凄腕の職人さん……『神剣 研師』が居るだろうからってね」
それに、西園寺さんの方で、当てがあるみたいだったし
「娘よ、案ずることはない。オロチなんぞ、俺が自慢の爪で引き裂い……あつ!!」
セイが、勝手に土産物を漁っていたので、熱々のヤカンを押し付ける
「そのお土産は、これから配るんですがね」
「良いじゃないか、どうせここで配るんだろ」
「仕方ないなぁ。はい、龍神のお二方には、純米大吟醸のお酒です。あとフグ系の蒲鉾に、お茶漬け……これ、セイが選んだろ」
「分かる? 美味そうだろ? あと、俺の自分用に買ったヤツも出してくれ」
そう言って、袋から自分用のお酒を出して持っていき。待ちきれないのか、お茶の入っていた湯飲みを飲み干し、そこにお酒を継ぎ始めた
まぁ、美味そうではあるが、酒と酒の肴ばっかだし
だいたい、僕は未成年だっちゅうに
「はい、香住にもお土産」
「ありがと、千尋は夕御飯どうするの?」
香住の問いに、セイを見ると、すっかり晩酌モードに入ってるので
「どうせ、ツマミを作れって五月蝿いだろうから、あとは僕がやっておくよ」
そう言って、香住に巫女のバイトを上がってもらう
香住も、自分の家の支度あるだろうしね
晩酌モードに入ると、長いからな、酒に弱い淵名さん以外
結局、酒の肴を作ったり、洗濯機回したりしてたら、良い時間になってしまった
龍神達が、セイの部屋でアニメ鑑賞会始めたので、僕はお風呂をいただくことに
「お、ちゃんと直ってる」
宝剣探しに行く前に、壊れた風呂の蛇口が新しくなってて、良い感じだ
「ソコだけ新しいと、変じゃないか?」
「まあ、でも。全部新しくすると修理費が……って、セイ!?」
「おう、風呂に入ろうと思ってな」
「お前な、僕が入ってるの知ってて、入ってきたろ」
僕の非難の声など、お構い無しに、掛け湯をして湯船に浸かる
「ふう、いい湯ではないか」
「オッサンか!?」
僕も一緒に湯船に浸かり、向かい合って座ると、手の平を合わせて水鉄砲を作り、お湯をセイへ飛ばす
「うお! どうやった?」
「ふふん、こうやるんだ」
最初から手の平を組んで見せるが、セイには上手く出来ないみたいだった
何度も、水鉄砲でお湯を飛ばしていると、セイがキレて水を操って飛ばしてくる
馬鹿め、僕には反射があるのだ
使ってるのが『術』である以上、全て反射してお返しする
「うがぁ!」
「バカだなぁ、物理攻撃以外、効かないってば」
「じゃあ力ずくで……」
そう言って僕に覆い被さってくるセイ
あれ?
なんだろう……
いつもなら、ここで突き飛ばしたりして、終わるのに
この押し倒された状況が、満更でもなく、ドキドキしている自分がいるのだ
敢えて抵抗せずに、セイの顔が僕に迫って来るのを、目を瞑って待ち構える
セイの吐息が感じられる
が
いつまで経っても、キスが来ない
それどころか、酒臭いし
僕はゆっくり目を開けると、セイの奴……寝てしまって居た
コノヤロウ
僕をその気にさせて、御預けかよ
正直ムカついたので、風呂に沈めて置こうかと思ったが、無邪気な寝顔が愛おしく見えてしまい
風邪を引かぬよう身体を拭いて、僕のベッドへ寝かせてやる
僕、どうしちゃったんだろう……
今まで、こんな気持ちに成る事なんて、一度も無かったのに
僕は、セイに毛布を掛けてやると
机に向かい、溜まった宿題を片付けようとして、教科書を開くのだが、全然頭が回らなかった
「駄目だ。コンビニでも行って、夜風に当たって来よう」
そう呟くと、簡単に着替えてウチを飛び出した
コンビニは、近場にあるので、色々と便利である
龍神達と婆ちゃんに、プリンでも買っていくか
僕は、コンビニに入ると、奥の甘味コーナーへ行く
お、新商品が出てる。正哉のヤツ、もう食べたかな?
商品に手を伸ばすと同時に、横から手が伸びてくる
「およ!?」
「お前は!? 龍神の雌!!」
「あー! オロチ!? お前も眠れないの?」
「戯け! キサマと一緒にするな!! 心臓を探していたのだが、小腹が減ってな」
「ふ~ん。良くお金持ってるね」
「金など持っとらん!」
「へ?」
「オレの眼で、術を掛ければ……」
「わー、駄目だって。店員さんが会計合わなくなって、可哀想だろ」
「ふん、人間の事なぞ知ったことか」
「ここ、行きつけのコンビニなんだから、変な事すんなよ。一緒に買ってあげるからさ」
「ほう、オレに貢ごうとは、良い心掛けだ」
「あ、2個までね。貧乏学生なんだから」
「むむ、3個では駄目か?」
「小さいのなら仕方ない。3個ね」
それから、30分悩みに悩んで3個選び出した
一緒に会計を済ませると、別の袋に入れて貰った、オロチの分を渡してやる
「はい、オロチの分。酒呑みの癖に、甘味も行けるの?」
「ん? 取り敢えず好き嫌いは無いぞ。出されれば全部呑む」
丸呑みかよ
『食う』じゃなく、『呑む』って処が、蛇らしい
しかし、こうして見ると、ただの青年にしか見えないだな
この前逢った時は、薄暗い場所だったが、今はコンビニ前なので、街灯に照らされ良く見える
眼は、相変わらずの蛇の眼で赤い色。髪は、短い金髪。顔立ちは整いすぎていて、人形みたい
服装は、黒いパーカーにジーンズ
そんな、見た目普通の青年が、神話の八俣遠呂智とは、誰も思わないだろうな
「これからどうすんの?」
「ふ、知れたこと。心臓を探して、元の姿に戻るまでよ」
やっぱり、諦めてないのね
「でも、元に戻って何するのさ?」
「そりゃ、お前。先ずは、櫛名田比売を探しだして、丸呑みするだろ」
「何千年前の話だよ……」
「それから、須佐之男命に復讐して……」
神話級の化け物の癖に、やることが復讐とか、小さすぎる
なんか、心臓渡しても、大した事しなそうじゃ?
「まぁ、程々に頑張って」
「ふ、キサマも貢物。大儀であった」
コンビニの甘味3個で、誉められちゃったよ
僕は、コンビニの前で、オロチと別れると、緊張が解けたせいか、眠気が襲って来たので、ウチに帰って寝ることにする
そう言えば、セイにベッド占領されてたな
ま、いっか
どうせ、熟睡してて、何もされないだろ
僕は、セイの隣に潜り込んで、そのまま寝てしまった
翌朝
まだセイは、寝息をたてて居たが、僕は朝餉の支度や、境内の掃除があるので起き出すと、まずトイレへ向かう
そこで、身体に違和感があるのに、気がつく
なんだ? 股間に懐かしい感触が……
「うあああああ!! 男のアレが……戻ってる!?」
胸と尻尾はそのままなのに、いったい、何がどうなってるんだ!?
僕は、急激な身体の変化に、困惑するのだった