42-3 エンカウント
下着の一件が片付き、女子の夏服の注文も終わったが
このまま尻尾が戻らないと、スカートで暮らさねば成らない
そうなると、街へ買い物に出るのにも、制服と言うのもねぇ
やはり、私服が必要になる
今、手持ちにある私服は、全部男モノのズボンであるため、スカートを穿くとなると買いに出るしかない
今度の週末の休みに、セイを街へ連れてく約束もあるから、一緒に服を見て回ろうと思う
貧乏学生なんで、高いのは無理だけどね
ファッションセンター『やまむら』でも回ってみよう、結構良いのがあるので、侮れない
後は、コーディネートセンスの問題だな
そう言うの、僕は疎いからなぁ
男の子だった時は、下はジーンズと上数着あれば、事足りる程度だったので
本当に、私服は無頓着だった
神社で着るのは、香住が巫女装束の緋袴に、尻尾穴開けて作ってっくれたけど、尻尾の見えない人には、穴の中が丸見えなんだよなぁ
恥ずかし過ぎると言ったら、もう一着作ってくれた
緋袴の膝下部分から、裾をバッサリと切って、スカートタイプにしたヤツだったが、もうコスプレだな、これ……
尻尾が邪魔で、穿けないんだから、仕方がないんけどね
僕は、コスプレ風の巫女装束に、婆ちゃんが文句言うのを想像し、溜め息をつきながら、夕餉の支度を進める
が
台所の水が出ない?
いや、出るには出るんだが、水圧が弱すぎて、コップ一杯ためるのも時間が掛かる有り様
どうしたことだ……
水道の蛇口を叩いたりしながら、四苦八苦していると、台所の入り口から声が掛かる
「のぅ、千尋殿」
「セイ、まだ夕御飯は出来な……って、淵名さん!?」
てっきり帰ったと思っていた、淵名の龍神さんが、見たことある部品をもって立っていた
「あ、いや、沐浴で風呂を借りていたのだが……取れてしまった」
「淵名さん、それ風呂場の蛇口!?」
「うむ、止まらんのでの、何とかしてくれんか?」
僕は、慌てて風呂場へ駆け込むと、壊れた蛇口から水の嵐になってて、セイが手で押さえてる
「うおおお、いくら何んでも押さえきれんぞ!」
「まあ、さすがの水神のセイでも無理だろうな……」
僕は、無駄な努力をしているセイを見て、冷静に答える
「冷静に見てないで、元栓を止めろぉ」
ごもっとも
「のう、千尋殿。これをくっ付ければ止まるかの?」
淵名さんが取れた部品を持って来るが
「僕ら素人には無理です」
「良いから、まず止めてからにしろおお!」
びしょ濡れに成りながら、マジギレするセイを他所に、僕は水道屋さんに電話を掛ける
これまで、1度も水道を止めた事が無いので、元栓の位置が分からないのだ
神社の工事してくれた、水道屋さんに電話すると、元栓の位置を聞きどうにか止めることが出来たが
修理に必要な部品もないし、今夜はさすがに無理なんで、明日修理に伺いますとのこと
……
居間にて……
僕と濡れたセイと淵名さんの3龍がテーブルを囲んで座る
婆ちゃんは、またしても老人会の寄り合いがあると、出掛けているのだが
いつも騒ぎがある時、狙ったように消えるんだよな
「さて、残念なお知らせがあります。台所のお水が出ないので、夕御飯は出前になります」
「何だと!? 良いことじゃないか! せっかくだし『ぴざ』と言うのを食べよう」
「セイ、お前は何で嬉しそうなんだよ!」
「だって、お前の和食は飽きたんだ」
はっきり言うじゃないか! コノヤロウ!
僕はセイの頬っぺたを引っ張ってから
「淵名さんは、リクエストあります?」
「儂は何でも……壊したの儂じゃし……」
「ほうらぁ、はんへいひほー」
僕に、頬を引っ張られたまま喋るセイだが、何言ってるか分からん
「リクエスト言うなら今の内ですよ。ちゃんと主張しないとピザに成ります」
セイは、頬を引っ張る僕の手を振りほどき、赤くなった頬をさすりながら
「ほら、これにしよう。4種類混ざってるヤツ」
タブレットPCの注文画面を指差して、目を輝かせている
「じゃあ、それにするか。淵名さんもコレで良いですか? 異論が無いようなら、そろそろ香住も来るし、大きいサイズのを頼んじゃいますか」
「どうせなら、こっちのと2枚頼もうぜ」
「……セイ……お前、絶対食べきれよな」
「大丈夫だよな! 淵名!」
「儂も『ぴざ』と言うのは初めてだが、食べきるよう頑張ろう。本来、残すのを怪しからん! と諌めるべき神が、食べ物を残したのでは、面目たたんからな」
「いや、残したら残したで、明日セイが責任を持って食べますから。使命感で食べずに、美味しく食べてください」
そう言って、注文確定を押す
「じゃあ、次はお風呂をどうやって入るか……」
「そんなの、あの香住とか言うお嬢ちゃんの家の風呂、借りれば良いだろ」
「簡単に言うけど、僕はスカートで香住の家の両親に逢えないぞ」
小さい頃から男の子と知られているのに、スカートで行ったら説明が出来ない
尻尾が見えてるなら説明できるのになぁ
まあ、それはそれで、別の問題の説明が出てくるが
風呂の話をしていると、丁度部活帰りの香住が現れる
「こんばんは、私の家の風呂って聞こえたけど、千尋ん所の風呂どうしたのよ?」
「いや、儂が風呂を壊してしまってな……」
そう言って、肩を落とす淵名の龍神
見ていて、ちょっと可哀想だ
香住に、さっきあった出来事を説明し、風呂をどうするか意見を求める
「じゃあ、スパしかないわね」
「すぱ?」
セイと淵名さんの声がハモる
「えっと、銭湯……ん~、大衆浴場って言った方が分かりますかね?」
どうやって龍2匹に伝えようかと、香住が困っているようなので
セイのタブレットPCを使って、画像を出してやる
変なところはハイテク使うくせに、自分の興味の無い事は全然だな龍達は
「成る程、家の風呂を大きくして、皆で入ろうと言うのだな」
「そそ、今は色々な種類があるみたいだぞ」
ピザ屋さんの呼ぶ声を聞いて、玄関までピザを取りに行く
本当に、こんなに食えんのかよ……
最大サイズ2枚の箱をテーブルに広げて、僕は大きさに青ざめる
が
15分後、空に成った箱が残るのみだった
「これは美味かった! 俺は気に入ったぞ」
「儂もこれは満足した。ウチの神社でも供物に入れて貰いたいモノだ」
「たまには、出前でこう言うのも良いわね」
「……」
僕は、3人の凄い食いっぷりに、見てるだけで腹一杯だ
龍の2匹はまだしも、香住さん……貴女、細身なのにどこに入るんですか
空き箱を片付けて、4人で銭湯のある街中へ向かう
「ぐあ! また尻尾を自転車に轢かれた」
僕は轢かれた尻尾を擦りながら、涙目で訴える
「ちょっと、あまり尻尾上げると、スカートが捲れ上がってるわよ」
「だって……」
尻尾轢かれると痛いんだぞ
特に鱗の無い先っぽ
僕は、涙を浮かべながら香住に
「香住は、自分の家で入っても良いのに」
「まさかと思うけど……千尋は、男湯入る気じゃ無いでしょうね?」
「不味いかな?」
「不味いに決まってるでしょ! はぁ……着いてきて正解だわ」
どさくさ紛れに、男湯で済ませる計画が駄目になってしまった
出来れば、顔見知り同級生が居ませんように……
「て、よく考えたら、香住が顔見知りの同級生じゃないか!」
「なに? 気にしてないわよ。昔から良く一緒に入ったし」
「それ、いつの話!?」
「小学生の時……かな?」
子供の頃の、認識のままな事こそ、マズイだろ
「心配するな、俺も淵名も女湯に入るぞ」
「馬鹿! 入れる訳……えええ!?」
いつの間にか、龍神達が雌化していた
「どうだ? 結構美人だろ」
自画自賛すんな
「いったい、どうやって……」
「ふ、忘れたか? お前を雌龍にしたのを」
「忘れるものか!」
「他人を変えられるんだ、自分もこれ然りだ」
そう言ってウインクする
僕を男に戻せ無い癖にして……偉そうに
だいたい、皆で胸が大きいと、香住がキレるぞ
と、思ったら。淵名さんは、凄い控え目な大きさだった
「まったく、大きければ良いとか、本当の美と言うモノが分かっとらんな」
やれやれと、肩を竦める雌になった淵名の龍神と
すぐ隣で、一緒にうんうんと頷く香住
どうでも良いが、僕は巻き込まれるのが嫌なんで、先に銭湯に入り、番台のお婆さんにお金を払う
「ちょっと待ったお嬢ちゃん!! そっちは男湯だよ!」
く、見付かってしまったか
ダンボールでも被ってくるんだった
「何やってるのよ千尋」
「そうだぞ、皆雌なんだから、文句あるまい」
お前らは、ちゃんと男湯入れよ
僕は、香住に引きずられながら、女湯の暖簾を潜る
「うぅ……目のやり場に困る」
「大丈夫よ、誰も同性の裸なんか、気にしないから」
そうだけどさ……
つい数週間前まで、男の子だったんだぞ
気にするなって言うのが、無理だって
僕のそんな気持ちも知らずに、普通に入っていく雌の龍神共
あれだけ堂々と女湯に入れるのは、ちょっと羨ましい
種族の違いだからかな?
だとしても、僕は元人間だもの、意識するなって言うのが難しいよ
服を脱ぎ終え、ロッカーに鍵を掛け振り返ると、小学校の中~高学年ぐらいの女の子が、僕の背中を指差して
「お姉さん、何で尻尾生えてるの?」
ヤバイ、この子『見える』人だ!
「な、なんの事かな?」
「それに、角がある」
うわあぁぁ、マズイ、マズ過ぎる
「嫌だなぁ、気のせいだよ」
「大人なのにツルツルだし」
僕の股間を指差して言う
子供って残酷だ
「ツルツルじゃないんだよ。今ね、夏毛に生え代わる処なんだよ」
自分で言ってて、悲しくなってきた
これ以上、ここに居たらマズイので、子供から離れるために中に入る
時間帯のせいか、若い女性も多い
駄目だ、目のやり場に困る。早く湯船に沈んで仕舞おう
そう思って、湯船に向かっていたら、香住に捕まってしまった
「ちょっと千尋、入るなら、かけ湯位しなさいよね。ほら、背中洗ってあげるから、座んなさい」
イスに座らされて、背中を擦られる
香住の馬鹿力で……
「ぐぁ! 背中の皮まで持っていく気?」
「だらしないなぁ、それでも次期龍神なの?」
「そうは言うけど……香住は、素手で龍を倒せそうだよね」
「さあ、戦ったこと無いけど……熊は倒せるかも」
普通、倒せねーよ
その後、交代して香住の背中を洗わされたが、力が入ってないと何度もやり直しさせられた
化け物か!
セイが言うには「お前が弱すぎるんだよ」だって
この間も、鴻上さんのバットも押し返せないし……本当に弱いな僕……
ちょっと泣く
龍神2匹は、スケベな顔で湯船に浸かっていたが、雌化しているので追い出す理由もなく
仕方なく、放置せざるを得なかった
目のやり場に困る僕には、その堂々とした精神力が、少し羨ましい
そして、その僕はと言うと、湯船に浸かるも、脱衣場に居た『見える』女の子に付きまとわれ、ゆっくりして居られずに、尻尾を捕まれて遊ばれている
何か、妙になつかれたな
龍の雌って人間の女性に好かれるのか?
少女にされた、困った質問が
「お姉さんの様に、お胸が大きくなるには、どうしたら良い? 後、どのくらいで膨らんだ?」
正直困った……僕の場合、一晩で大きくなったしなぁ
そうしたら、セイが
「良いかいお嬢、女の子はね、恋をすると膨らむんだよ」
だってさ
術で、雌になってるだけの偽物なのに……よく言うよねえ
と言うか、僕はこんなに大きいの要らないし
風呂あがりに4人……正確には1人と3匹だが
揃ってコーヒー牛乳を飲む
残念ながら、フルーツ牛乳は終わりだそうだ
コーヒーの代金を払って4人揃って外に出る
火照った身体に、夜風が気持ちいい
「結局、皆で女湯に入っちゃったし」
「うむ、眼福だった。眼福、眼福」
「大勢で入る風呂も乙なモノよのう」
「良いお湯だったわねぇ」
それぞれの感想を言い合って、帰路に着く
歩きながら、雄に戻る龍神達……凄い不思議な光景だった
「もう、どっちかが雌になって、番になっちゃえよ」
あ、凄い嫌な顔してる
「あのな……なんで、俺がコイツに抱かれなければならん。お断りだ」
「それは儂の台詞よ。絶対に嫌じゃ」
雌の龍なら、誰でも良いって訳じゃ無いのか……
ちゃんと好みがあるんだな、知らなかったわ
ウチに近付くにつれ、外灯がどんどん減っていく
明るかった街中とは大違いだ
暗い分、星が綺麗に見える筈なのだが、生憎今夜は曇りらしい
もう少しで、香住の家と神社の石段が見えてくる処に来た途端
なんだ!?
肌にビリビリくる感じ
何か居る……
セイと淵名さんが、僕と香住を庇うように前に出る
僕も、人間である香住の前に立ち、前方の空間を睨む
「何かいるの?」
心配そうに聞いてくる香住に、無言で頷いて返すと
暗闇の中の赤い眼の男が現れた
「これはこれは、龍が2匹……いや3匹か。それと人間が1匹」
ゆっくりと歩みを進めながら、プレッシャーを掛けてくる
「キサマ……いったい何者だ!」
セイが睨みながら問う
「ふん、オレが何者か? 知りたいのか?」
僕は、前に立つ龍神達を押し退けて、一番前に出ると
「八俣遠呂智……でしょ?」
そう答える
「な!?」
僕以外の3人の声がハモる
僕だって、驚いているさね。なにせ、夢で母に聞いていた、赤い眼の男が居るんだから
「正確には、八俣遠呂智の壱首……」
「よく知っているな龍の小娘。ならオレが、何の目的で現れたかも知っていよう」
「まあね、オロチの心臓だろ」
そう答えた途端に、すぅっと赤い眼が細くなる
ここからが、本番だ。果たしてハッタリが通じるか……
「残念だが、ここに心臓は無い」
「では、何でお前は知っているのだ?」
「前もって、神社本庁の偉い人に、聞いていたんでね。遥々北の大地から泳いできたのか? ご苦労な事で」
本当は、神社本庁の偉い人と話した事無いけど
「ふん、そこまで伝わっているのか……だがな小娘、この辺りにあるのは分かるんだが……詳細な探知が出来なくて困っている」
龍の鱗の勾玉、ナイスだ
そこまで話すと、セイがまた僕を庇うように前に出る
そんなセイの仕草さえ、目に入らないと言わんばかりに、オロチの壱首は話を続けた
「まあ、大きさも相当なモノだから、近くまで来れば見付かっても良いんだがな……」
もう少し山手側を探してみるか……と独り言をブツブツ呟いている
邪魔したな、龍共よ! と捨て台詞を吐き捨て、踵を返すと、山手側へ歩いていってしまう
暫くして、プレッシャーが消えると、ようやく周りの草むらから虫の声が戻った
「おい、どういう事か説明しろ」
セイに凄い勢いで問い詰められる
「ん~、ここじゃ何だし……神社でちゃんと説明するから」
そうして、全員で居間へ集まると、夢の中での母『瑞樹 命』の話をして聞かせる
「じゃあ、まさか……」
「そ、僕が持ってるんだ」
首から下げた紐を外すと、勾玉をテーブルに置く
全員が、開いた口が塞がらない状態で僕と勾玉を交互に見る
「お前と言うヤツは、弱いくせに無茶しすぎだろ! だいたい、あのオロチ。お前に嘘を見抜く術掛けてたぞ」
「はい!?」
僕はセイの一言を聞いて固まった
「分からんかったかの? 眼を細めた後に、千尋殿へ術を掛けてたぞ」
「あー、コイツは術反射持ってるから」
「そうか……それでか……」
二人の龍神のやり取りを聞いて、相当ヤバイ橋を渡っていたのを知る
断水だが、ポットに残ったお湯で、お茶を入れてくれた香住が
「で? これから、どうすんのよ」
と尋ねてくる
「勿論、母の遺言? 通りに、連絡するさ。神社本庁の西園寺 兼仁さんにね」
夢で教わった、連絡先に電話し、オロチに逢った事を伝えた
『千尋君、お母さんから話は聞いてるよ。そこで、ちょっと取引と言うか……お願いがあるんだ』
「何ですか? 僕、あまり難しい事はできませんよ」
『いや、勾玉を継承し、なおかつ、水中で息の出来る君でないと、無理な事なんだ。だから、明日からちょっと、付き合って欲しいんだよ』
「付き合えって、何処へです?」
『檀ノ浦さ』