38-3 先祖返り
祟り神戦の負傷も完治し、念の為もう一日学園を休み
僕は、巫女装束を着て、頭に上手く角を避けて三角巾という姿で
3日間、寝込んで溜まってしまった洗濯物と、格闘していると
龍神が邪魔をしにやってくる
「おーい、昼飯はまだか?」
「これ干し終わったらな」
「えー、そんなに待てる気がしないぞ」
「お前と言うヤツは……少しは手伝って、早く終わらせようという気は無いのか?」
「ない!」
言い切りやがったなコノヤロウ
龍神は相変わらず、白衣に青い袴姿なのだが
今回は、大量の絵馬を抱えている
「なあ、なんで絵馬をそんなに持ってるのさ、ちゃんと戻してこいよ」
「良いんだよ、願い事を書いてあるんだから、御神体の俺が読まずにどうする」
「……だったら、萌え絵馬だけじゃなく、普通のも持ってきて読めよ」
「それは……ほら、次の機会に……」
コイツ……他は読む気ないな
まぁ、安土桃山時代以降、有名な絵師が色んな作風で描いたとされているので、今の時代に萌え絵馬があっても、それはそれで良いのだ
通常だと神馬を描いて奉納するのだが、時代の流れと共に絵の形も変わる
江戸時代では、葛飾北斎の浮世絵の絵馬まであったらしい
ま、神様の目を引く絵馬と言うのは、良いことなのだが
ウチの御神体みたいに、萌え絵馬に好意を持つ神様ばかりでないので、注意も必要だ
龍神は僕のとなりに座り込み、絵馬を眺めながら、僕の洗濯物干しを邪魔してくる
「しかし、掃除、洗濯は出来るんだな」
「今更か! そりゃあ、両親が亡くなってるから……嫌でも自分でやらなきゃ成らなかったし」
「じゃあ、洗濯機に洗剤入れすぎて、泡だらけとかしないのか……」
「僕に何を求めてるんだ、お前は……」
「そりゃあ、求めてるものは『子作り』に決まってるだろ」
「……」
「おい、俺を無視して、洗濯物干しに無言で戻るんじゃねえ!」
「何だよ邪魔するなよ! お昼ご飯がどんどん遅くなるぞ」
「なぁ、完全な雌龍に成ったんだし、子作りしようぜ」
うざ……
だが、ここで言い争っても、無駄に時間が過ぎるだけだ
ここは、目一杯の作り笑顔で
「わかったわ、私も後から行くから、先にお布団行って待ってて……」
「よし! 任せろ!」
ふ、ちょろいなエロ龍め
これで邪魔者は居なくなった
女言葉も結構様になってたかな?
龍神相手に色々と使えそうだ
洗濯物も全部干し終えて、お昼の献立を考えていると
「ちょっとそこの巫女、済まんが此処の龍神に取り次いで貰えるかな?」
背の高い、赤毛で20代中ば位のイケメンが、そう言ってくる
コイツ……頭に角がある…と言うことは、龍神の同族? 親類とかかな?
「あの、すみませんが御名前は?」
「我は『赤城の龍神』だと伝えて貰えれば分かるから」
そう言って、神社の彼方此方見回している
なんか、落ち着かないヤツだ
ま、取り敢えずウチの龍神を呼んでくるか
空になった洗濯かごを抱いて、主屋に向かっていると
ウチの龍神が、玄関を開けて怒鳴り出てくる
「まだかぁ! 待ちくたびれたわ!」
「龍神、お前にお客さんだぞ、その前にパンツを穿け!」
「穿いたら子作り出来んだろ!」
「客だと言ってるだろ! この露出狂龍め!」
龍神は、目を細めながら、僕の後ろに視線を向けて
「客ぅ?」
「ふん! 我にその様な下劣なモノを見せるとは、相変わらず下品だな」
「貴様は赤城の龍神!なんでお前がここに居る!?」
「瑞樹の結界が消えたと聞いたので、ついに天に帰るのだと思ってな、見送りに来てやったんだ」
「残念だったな、俺はまだ暫く帰らん! 子作りも終わっとらんしな」
そう言って僕の肩を引き寄せる
「お、おい!? その娘の頭の角…まさか! 絶滅したはずの雌龍か!?」
気が付いて無かったんかい
三角巾巻いてたからか?
「ふふん、どうだ羨ましかろう、俺の嫁だ」
「誰がお前の嫁だ!」
そう言って、僕の肩を抱いている手を払う
「違うって言ってるみたいだぞ…」
赤城の龍神が、呆れ顔で言う
「いいや、俺の嫁だね」
「お前の嫁は、部屋の棚にいっぱい飾ってあるだろ」
「あっちの嫁は、子作り出来んだろうが!」
「子作り出来れば、誰だって良いのかよ!」
「そんな訳無いだろ、俺にはお前だけしかいない」
「な…」
いきなりの返しに、ドキっとしてしまう
が、ニヤリと笑みが出たのを僕は見逃さなかった
「からかったな!」
「さっきのお返しだ、独り布団で待ってたんだぞ」
少しでもドキっとした自分自身にムカついた
「そのまま、ずっと布団で待ってろバカ!」
そう怒鳴って踵を返すと、赤城の龍神が回り込んでいて
「先程は失礼しました。人間の小娘だと思っていたので……しかし、同族なら話は別。我は隣の神佑地、赤城を任されている龍神、以後お見知り置きを」
そう言って、僕の手の甲にキスをしてくる
しかし、キスをされると同時に、布を裂く音を立て、僕の緋袴がずり落ち股間が露になる
「わあああ、な、何が!?」
慌てて緋袴を持ち上げようとするも、何か引っ掛かり止まってしまう
「おい、お前……それ尻尾じゃないか?」
龍神にそう言われて、お尻を確認すると、僕の脚より太い龍の尻尾が生えていた
「なんだこれ!?」
「どう見ても尻尾だな」
「ああ、尻尾だ」
「お前ら揃って冷静になってるんじゃねえ!」
「いやだって、俺等も尻尾位出せるぞ、なあ赤いの」
「まあな、人間の格好で生活するのに、邪魔だから出さないだけだしな」
コイツら龍神にとって、珍しい事じゃないのか
「じゃあ、どうやって引っ込ませるのさ」
「説明は難しいんで、やって見せるから見ていろ」
そう言って、まず尻から尻尾を生やして見せる
「じゃあ次は、引っ込めるからな、よっと」
掛け声と同時に引っ込む…いや、消えたと言った方が良いのか?
「……どうやった?」
「なんだ、見てなかったのか? 仕方ない、もう一回やって見せるから、今度は見逃すな」
そう言って、生やして引っ込める
……
「よし! わかった。僕には出来ない」
「なんで出来ないんだよ、こうだよ! こう!」
生やしたり引っ込めたりを連続して見せてくる
うざ!
僕は、尻尾を振って龍神を吹っ飛ばす
「お前な! 夫を尾撃で吹っ飛ばすとは何事だ」
「ふむ、なかなか便利じゃないか」
自分の意思で動かせるとはいえ、今まで無かったモノがあるのは変な感じだ
取り敢えず、こんな格好で外に居るわけにいかず主屋へ戻ることにする
が
尻尾が邪魔で、袴を腰まで引き上げることが出来ず、両手で引っ張りあげたまま歩く
「ねえ、赤城の龍神様」
「様はいりませんよ、人間でなく同じ龍族なのだから。それより貴女の御名前を伺いたい」
「僕? あ、ごめんなさい。名乗って無かったですね、瑞樹千尋です」
「千尋さんか……改めて宜しく」
そんな、やり取りを見ていたウチの龍神が、僕の隣にやって来て
「おい! お前、俺と扱いが違いすぎないか?」
「そりゃあ、紳士的な龍と、股間丸出しの痴漢龍との違いかもね」
「何だと!? 自分だってさっき、丸見えだったじゃねえか、この痴女龍め」
「ば、馬鹿! これは不可抗力で……て、そうだ!赤城の龍神さま……じゃなかった龍神さん。手の甲にキスした時に、僕に何かしました?」
「ん? いや、普通にキスしただけですよ」
「うむ、そもそも俺の嫁に危険な事をしようものなら、割って入って止めている」
「そんな……じゃあなんで……」
「うーん、術や呪いの類いじゃないだろう、お前『守護神』の『反射』があるからな」
「だよねえ……」
「千尋さん、もしかしたら『先祖返り』かもしれませんよ」
「先祖返り?」
「ええ、瑞樹の巫女が龍になれるのは、何処かで龍の血が入っているからだと思うんです。そして、先祖返りする事により、最初に龍の血を残した原種……人間的に言えば、初代の御先祖に近付いてるのかと」
はい?
じゃあなにか?
僕はこのまま、龍そのものに成るって事なのか!?
「ちょっと待ってよ、仮に先祖返りだとして、どうしてそんな事が起きてるのさ」
「それは、ちょっと分かりません」
「外からの術や呪いじゃないんだから、お前自身の中で、何か起きてるんだろうな」
僕自身の中?
う~ん、何か変なモノ食べたっけか……
「は!? 猫まんまが原因か!?」
「違うだろ!」「違うと思います」
同時に突っ込まれたし
他に思い当たるのは、オロチの心臓を入れた勾玉か
たぶん勾玉だろうな
だからと言って、その辺に捨てる訳にもいかないし
仕方ない、このまま持っていこう
「なあ、子作りしないなら、飯にしてくれよー。いい加減腹減った」
「お前は……僕が緊急事態なのに、そればっかだな」
「緊急事態もなにも、尻尾が生えただけだろ、なにを大袈裟な」
「千尋さん、尻尾は龍ならあって当然なモノですから、大丈夫ですよ」
なんだ……この2龍の落ち着き様は、僕が間違っているのか?
まあ、引っ込め方が分からない以上、このままで居るしかないんだし
取り敢えず、ウチの龍神がうるさいから、お昼にしてしまおう
「わかりました、お昼ご飯にしましょう。近所の小坂さんからタケノコを頂いたので、朝のうちに灰汁を抜いて置きましたから、タケノコで何か作りますかね」
「タケノコなら、和食ですね? 千尋さんは料理出来るんですか?」
「出来るって言っても和食だけですよ、教わった婆ちゃんが和食専門だったから」
赤城の龍神さんと談笑しながら、玄関から上がっていくと
「おい、何で赤いのまで、普通にウチに上がってるんだよ」
「何でって、お客さんなんだから、接待してるだけですが?」
「コイツは客じゃねえ!俺が天に帰るのを面白がって見にきただけだ」
「面白がってとは失敬な、友の昇天を悼んで、別れを訃げに来たのに……ううぅ……」
「ほら! そこ嘘泣きだ!! 口元笑ってるもん!」
「はぁ、わかったわかった。取り敢えず、お前はいい加減パンツを穿け!」
なんで俺ばっかり……と肩を落として自室に帰っていくウチの龍神
ちょっと、可哀想な気もする
ん~何でだろ…なんかアイツと話ていると、喧嘩腰になっちゃうんだよな
さて、尻尾が邪魔で緋袴が役に立たない
かといって、四六時中、手で引っ張り上げたまま、生活するわけにもいかず……
う~む
これだけは穿きたくなかったが、スカートしか穿けるモノ無いよな
ズボン系は全滅だ、尻尾に引っ掛かり腰まで上げられない
せめて、尻尾がネコとかイヌ位の細さならなぁ
付け根なんか、ほぼお尻と同じ太さだし
くっ……龍神にパンツ穿けと言ったからには、僕が何も着けずに歩く訳にいかない
スカートかぁ……
前に婆ちゃんが用意した、女子の制服しかないが
ええい! 仕方ない。着てやろうじゃないか!
スカートとブラウスだけで、上着とリボンは通学する訳じゃ無いからいっか
「あーもー、ボタンが逆で止めずらい」
普段、着る女性の着物は巫女装束だけなんで、男物と逆側のボタンとか縁が無かった
やっぱり、慣れなんだろうか?
袖を通すのは2度目だが、なかなか上手く行かないものだ
「よし! おかしな処は……ないよな……」
姿見を見ながらチェックをする
角と尻尾以外は、人間の女の子そのものだ
女の子……か
姿見で自分の姿を見ると、嫌でも現実を突き付けられる
「本当にもう……戻れないのかな?」
鏡の自分と手を合わせて問い掛けるが、その答えは返ってこない
いや、駄目だ!
僕は頬を叩いて、ネガティブな心を払拭する
「うん! 負けてられるか!」
気合いを入れ直し、着替えを続行するも
問題は下着なのだ、緋袴と一緒にトランクスも破けちゃったし
まあ、替えはあるけど、同じく尻尾で引っ掛かるのは目に見えている
最後の手段……『前貼り』しかない
前貼りとは、よく俳優さんが映画とかの撮影で、お風呂やベッドシーン等で裸になる時に、映ってはいけない股間へ、万が一の為に貼る肌色テープの事だ。
専用のテープは無いので、先日まで寝込んで居た時に使った、幅広のテーピングサポーターを貼り付ける
取るとき痛そうだが、ほとんど毛は生えて無いし、大丈夫だと思いたい
はぁ、生えて無いとか、考えてたら悲しくなってきた
胸だけは邪魔な程大きいくせに、何でこう変なところは幼児体型なんだよ
一応試しに、勾玉を首から外してみたが、尻尾は戻らなかった
明日から、どうすんだよこれ……
ため息をつきながら居間へ行くと、赤城の龍神さんとウチの龍神で酒盛りを始めていた
「昼間から呑むのかよ」
「うむ、お前も和枝も呑まんから、つまらないのでな」
「当たり前だろ、僕はまだ未成年なんだぞ」
「もう人間じゃあるまいし、良いではないか」
良いわけあるか、この酔っぱらい龍め
「じゃあ、ツマミになりそうなモノ作ってきてやるよ」
タケノコを大根と椎茸、こんにゃく等と一緒に煮て甘煮にしてやる
味がつくまで、簡単に出来るツマミを何品か出してやるが、すごい勢いで空瓶が増えていく
まあ、奉納されるモノで一番多いのは酒なので、在庫はいっぱい在るものの
このペースだと、呑みきるのも時間の問題だな
「嫁~、こっち来て御酌しろ~」
「火を掛けっぱなしだし、未成年だ馬鹿」
スカートを引っ張るウチの龍神の手を尻尾で叩く
料理を運ぶのに、両手が塞がっている状態での尻尾は、中々便利である
「今度我の処に奉納された美味しい酒持ってきてやろう」
「本当か? じゃあ今度『淵名の龍神』も呼んで味比べしてみようぜ」
淵名の龍神?
まだ龍神が居るのかよ
出来れば、酒盛りは他で遣って貰いたい
突飛なお客さんなので、いつも使う皿だけじゃ足りず、戸棚の新しい皿を出そうと
戸棚の、高い処にある皿を取るのに、尻尾で背伸びをすると届くのが判明
スカートさえ、穿くことに成らなければ、かなり便利だ
待てよ……
このまま尻尾が引っ込められなければ、明日からの登校はスカートで行くのか!?
これは、早々に考えねば
僕は、明日からの事に頭を悩ませながら、龍神達の酒の肴を作り続けるのだった。