52-2 悠久の合間に
そして月日は流れ
満月の晩に、僕と緑さんは、嘗て展望フロアでキスをした、県庁跡地に来ていた
緑さんは、半ヴァンパイアらしく、黒いゴスロリ服
僕まで、お揃いの服着せられて、ちょっと……いや、かなり恥ずかしい
女性服には慣れたとは言え、さすがにペアルックはねぇ
「千尋?」
緑さんが、心配そうに僕の顔を覗き込む
「あ、すみません。昔を思い出してて……もう数百年経つんですね」
「そうね……お互い姿は変わらないけど、街は随分と様変わりしたわ」
僕も緑さんも、16~17歳の時のまま時間が止まった様に、若い姿のままだった
僕は龍神として、寿命がどのくらいだか分からないけど、まだまだ衰えは感じないので、あと数百年は行けそうな気がする
緑さんの方も、半ヴァンパイアの為か、まだまだ若い姿のまま壮健だ。
嘗て県庁だった跡地は、公園になっていた。
「緑さんとのファーストキスをした、思い出の場所無くなっちゃいましたね」
「そうね、夜景の見える展望フロアも、今では色とりどりの花で、飾られた公園だもの」
近くの花壇の花を、優しく愛でながら言う緑さんに、釘付けになった。
━━━━━月明かりのせいかな? ずっと見ていたい気持ちに駆られる。
思い出の場所は無くなったが
「これはこれで、悪くない……かな」
緑さんに聞こえると、からかわれるので、小さく呟く。
そんな僕の呟きも聞こえないまま━━
「それにしても、あのドタバタな日々が懐かしいわね」
花を人差し指で軽く撫でながら、そう感傷に浸る緑さん。
「ええ……確かに……」
当時を知る人は、もう僕と緑さんと、ぬいぐるみ化した龍ちゃんだけだろう。
お互い、親しい人に先立たれる悲しみも味わった。
今、神社に残っているのは、僕と緑さんの子孫達だ。
子孫達は人間と結婚するので、代を重ねる毎に、少しずつ人間の血が濃くなって、角も短くなっている。
僕は月明かりに照らされた緑さんの表情を見てから
「これから、どうするんです?」
「そうね……世界を廻ってみるって言うのはどうかしら? もし、千尋が嫌なら独りで行くわ」
「ふふ、何言ってるんですか。僕が緑さんを看取らなくて、誰が最後を看取るんですか?」
「あら? 私が千尋を看取る方かも知れないわよ」
「残念でした。僕は龍神ですから、寿命前には天に帰ります」
「そっか、私より先に逝ったら、額に落書きしてやろうと思ったのに、残念」
「ちゃんと、お経で供養してくださいよ。御寺出身の娘さんでしょ」
「あのね、私が御寺に居たの、何百年前だと思ってるのよ」
そう……その数百年と言うのが、最近問題になってて、アイナンバーから割れたのか、歳をとらないとニュースに成ってしまった。
子孫に迷惑掛けない為にも、死んだことにして龍神の洞窟に籠るか━━━━
それとも、出ていくかと迷っていたのだ。
「でも、良いの? 龍神の仕事は」
「何のために子孫が居るんですか? 龍ちゃんが龍脈操作の事教えてくれるだろうし、大丈夫ですよ。それとも、御神体として、僕に龍神の洞窟に籠れと言うんですか?」
僕の居場所は、貴女の隣だけですよ
そう言って緑さんに身を寄せる
緑さんは、そんな僕の手を取ると
「じゃあ、決まりね。急ぎじゃないし、船旅しましょうよ」
「なるべく、酔わない乗り物にしてくださいね」
「大きな船の先端で、両手広げるヤツやるわよ」
「あの映画、船沈むじゃないですか! 嫌ですよ。水中で息できる、僕だけ生き残るなんて」
縁起でもない……
まったく、緑さんは何時もこんな調子だ。
「ねえ、千尋」
「なんですか?」
「外国の知らない土地でさ、また学生してみない?」
「はい?」
「今度は私が男子学生して、千尋が女子学生するの」
そんな事、考えてもみなかった
本当に……この人には、色々と驚かされる
「ふふ……あはは、良いですね」
「でしょ。またドタバタな日々を過ごそうよ」
そう言って、僕の手を引いて歩き出す
着の身着のまま━━━━
僕らは、その身が朽果てるまで、一生離れずに居るだろう
フタナリのハーフヴァンパイアと、元男の子の雌龍神の可笑しなカップルは
世界の何処かの学園で、ドタバタな日々を送っている。