47-2 準備
せっかくの週末で、学園は休みなのだが
厄介事は山積している
朝から色々考えてみるも、打開策がいっこうに見えてこない
そもそも、司君が小百合ちゃんに転生している事を話さず。どうやって、先輩に無意味な戦いだと、伝えられるのか……
無理だよなぁ
逆に、意思のない化け物として、野放しになっている以上、無関係なものに被害が及ぶ可能性も考えられるし
やっぱり退治って事になるのか……
「どうにか、できないの? 龍神先生」
「バカ! 声が大きい。今、良い処なんだから……」
神社の裏手にある御神木の下で、今にも告白しそうな、中学生らしき二人を、社の影から覗き見している
コイツは……
「せっかく、人外にしか話せない事を相談してるのに、お前と言うヤツは!」
「静かにしろって、あの若者達の邪魔をする方が、無粋であろう」
だったら、出歯亀なんかしてないで、そっとして置いてやれよ
「おい、告白するぞ」
「まったく……」
龍神に呆れながらも、僕も一緒に見入ってしまう
離れているので、声は良く聞こえないが、どうやら男の子が告白したようだ
……
お! 女の子が、男の子の手を取った
二人とも顔を真っ赤にして、見つめあってるし
初々しいなぁ
「どうやら、上手く行ったみたいじゃないか」
「うむ、さすが俺のご利益がある土地だからな」
「……それを聞いたら、あの二人の未来が不安になったわ」
「何だと!? 俺のご利益は、子宝に恵まれるぞ」
「それは、何となくイメージできた」
これ以上は、見る必要ないとばかりに、龍神の背中を押して、社の表へ連れて行く
「おい、これからチューするかも知れないのに」
「チューってお前……」
それこそ無粋であろう
二人の中学生に、見付からぬよう表に戻り、境内を箒がけして、何も見てない振りをする
やがて、社の裏手から出てくる二人に、龍神が
「お二人さん。カップル成立に、御守りをあげよう」
「バカ! 止めろって! カップル成立で、何で安産祈願の御守りなんだよ!!」
「ふ、付き合った後に、ヤル事は一つだろ」
「飛躍しすぎだバカ!」
二人共、意識しちゃって顔真っ赤だし
「ごめんね、このバカは滝壺に沈めておくから、気にしちゃダメだよ」
そう言って、出来立てのカップルを見送りながら、裏手の禊をする滝壺に、龍神を引き摺って行く
「お前……さっき、バカと書いて龍神と読んだろ?」
「気のせいだって、さて何分水に潜れるかな?」
「はっはっは、俺は水神の龍だぞ。水の中でも、息など出来るに決まっておろう」
「マジで?」
「マジだ! だいたい、水神の龍が溺れたら、洒落にならんだろ。それに、お前だって水神の龍なんだから、水中で息できるはずだ」
「え!? そんな魚類みたいな事出来るなんて、知らなかったぞ」
エラ付いて無いよな……
自分の首や頬を触って確める
「そんな、魚じゃあるまいし、エラなんかあるかよ!」
「僕は、新しい発見をする度に、人じゃない事を実感させられてるわ」
今度、風呂場で試してみよっと
「人じゃないで思い出した、さっきの話聞いてたか?」
「安産祈願の御守りの事か?」
「違うわ! その前の話」
「なんだっけ?」
コイツは本当に……どうしてくれよう
「ちょうど裏手まで来たし、お前の元棲みかの洞窟で話さない?」
「なんだ、人気のないところに連れ込んで、エッチなヤツめ」
人気のない処を選ぶのは、人間に聞かれると、小百合ちゃんが死んでしまうからなんですがね
洞窟の中で、昨日あった話を、再度龍神に伝える
「成る程な……変若水、いや変若水モドキと言うところか」
「変若水モドキ?」
「ああ、本物なら絶対に死なないからな」
成る程
「日光に弱いと言うところをみると、作製の段階で、ヴァンパイアの血でも入っているんじゃないかと思うんだ」
「たしかに、戦時中の施設なら、当時同盟国であったイタリア経由で、ヴァンパイアの血が日本に入って来ても、おかしくはないな」
「イタリアから?」
「あれだけの化け物だ。バチカンにも、サンプルが管理されていたんじゃないのか?」
実際に見た訳じゃ無いがな、と言う龍神
確かに、戦時中のどさくさに紛れて、持ち出されたと言うのも一理ある
そうだとしたら、辻褄は合うな
「やっぱり戦う事になるのかなぁ。僕としては、中身が無いにせよ、司君の身体である事は変わらないし、姉弟で戦かわせるのは忍びないんだけど」
「だが、中身は小百合とか言う娘に入って居るんだろ? なら姉弟で戦う事には成らないだろう」
「厳密に言えば、そうなんだけど……嫌じゃない? もし僕が魂抜かれて、襲い掛かったらどうするよ」
「そりゃあ、お前……気兼ねなく、いただかせて貰うに決まっておろう」
「……」
ああ、そうだな。龍神はそう言うヤツだった
本当にエロしかないなコイツ
「だいたい、理性のない化け物を放っておけば、他の人間に被害が及ぶぞ」
「あ~、やっぱり? 僕もそれは思っていた処だけど」
今のところ、被害者は住職だけだ
逆に、化け物をお祓い慣れした住職だから、あの程度で済んだとも言える
「はぁ……僕はついこの間まで、普通に学生していた男の子だぞ。戦う術なんて無いっての」
「お前、出たとこ勝負なヤツだからな、祟り神だって無計画で突っ込んだし」
「あれは……ほら、昔助けて貰ったのに、見捨てられないだろ」
それに、妹の魑紘の意思があるなら、話が通じると思ったので出来た事
だが、今回はソレと話が違う。司君の魂は、すでに小百合ちゃんに移っているため、司君の身体に意思はない
その為、呼び掛けみたいな行為は、無駄に終わるだろう
「ん~、戦うのかぁ。相手が疑似ヴァンパイアだとすれば、太陽神の力とか借りられないの? 天照大御神様とか」
「お前が人間なら、力を借りられたかもな。だいたい、天津神で日本の主神だぞ、その力を借りれば、やり過ぎも良いところだ」
龍神の話だと、人間が神に力を借りる場合は、『慈悲』で済むが。神が神に力を借りるのは、対価が大きすぎて、割りに合わないとのことだ。
僕はまだ、龍神じゃなく、ただの龍なんだけどね。
結局、僕には戦う事が出来ないって事か……
ま、生兵法は大怪我の元と言うし、今の僕に出来る事をするしかない。
夕方を待って、先輩に作って貰う、シチューの材料を買いに出る
その他、魔法瓶を3本購入
僕の考えが正しければ、グツグツ煮込んでる時は、固まらかったはず
ならば、熱々の状態で持っていければ、液体でのままだ
たぶん……
夜の9時を回ったので、出掛ける準備をする
あまり早く行っても、待ってる間にシチューが固まってしまっては、意味がないからだ
巫女の格好だと、住職に何か言われると思い。今回も女子の制服にしておく
男子の制服でも良かったのだが、そっちは強くサラシを巻かないと、着ることが出来ないため
仕方なく、今回は女子の制服で行くことにする
はぁ、スカートが心許ない
髪は、動き回っても邪魔にならぬよう、後頭部で丸めてシニヨンヘアだ
最近は、ネット動画でやり方を教えてくれるので、非常に便利だわ
「じゃ、行ってくる」
「とても、ヴァンパイア退治に行く格好に、見えんのだが……」
龍神も、さすがに呆れ顔だ
それもそうだ、シチューの材料を持った、女子高生にしか見えないのだから
「そんな顔するなよ。僕だって、どうかしていると思ってるんだし」
「まぁ、なんだ……頑張ってな」
そう言って、水の入ったペットボトルを、投げて寄越す
「これって聖水?」
「いや、裏の滝壺の水だ」
「タダの水かよ!」
「そう、タダの龍が棲む淵の水だ。お前自身、水神の龍だと言うことを忘れなければ、御守りになるだろう」
人間の手が加えられた、売り物の水と違って、扱い易いはずだと言っていたが
扱うって、どうやって?
だいたい、御守りって……ペットボトルなのが、ありがたみも何も無い
ま、あの龍神が、持ってけって言うんだから、一応持って行きますか……
玄関を出て、境内を鳥居に向かって歩くと、鳥居の向こうから人影が現れる
「こんばんは」
「先輩? どうしたんですか? 今向かおうと思ってたんですよ」
「いや~、ウチの台所、出入り禁止にされちゃって……」
「出禁!?」
いったい、何をしたんだか
「せっかく、千尋ちゃんが、シチューを食べたいって言うから、朝から練習してたのよ」
いや、食べたい訳じゃなくて、ヴァンパイア退治に、使いたかったんだけど……
「そうしたら、余りの煙に、消防車来ちゃって……」
「あぁ……今はっきりと、光景が浮かびました」
先輩の実家のお寺は、周りに民家があるため、その内の誰かが、火事と間違えて通報したのだろう
「本当に、火事だった訳じゃ無いのに、酷いと思わない?」
「まぁ、そう言う事もありますって。取り敢えず、ウチの台所使ってください、材料は買ってありますから」
「千尋ちゃんはどこ行くの?」
「僕は、扇風機を出してきます。換気扇だけじゃ、間に合わないと思うので」
先輩の実家の火事誤報騒ぎを聞いて、前回のすごい煙を思い出した僕は
事前策を打つ為、倉庫がわりになっている、空き部屋へと向かう
「確か……この辺に……」
去年の秋口にしまい込んだ、扇風機を探していると
小百合ちゃんから、スマホに電話が掛かってくる
『こんばんは、千尋先輩、今御電話大丈夫ですか?』
「大丈夫、扇風機探してるだけだから」
『扇風機って、まだ夏には早くありません?』
「涼風目的じゃないからね。それより用件は、昨日の事かな?」
『あ、はい。どんな感じなのかなぁって』
「ん~、やっぱり例の誓約があるから、先輩への説明は難しいんだよ」
『そうですか……』
「それに、自我のない司君も、放っておけば、一般人に被害が及ぶし……ごめん、たぶん司君の身体、消滅させる事になると思う……」
『そんな、謝らないでください。本来なら、私が自分で、ケリを着けなければ行けないのに』
二人して、何だか湿っぽい雰囲気になってしまった
『千尋先輩、私の……いえ司の身体の処分、お願い出来ますか? 私は少し、遣ることが出来たので』
「それは良いけど、小百合ちゃんの遣ることって?」
『ふふ、秘密です。姉様の事お願いしますね』
そう言って、電話を切ってしまう
ん~なんだろ
嫌な予感がする
僕は、扇風機を見つけ、先輩のシチュー作りを、急いで貰う為に台所へ行くと
すでに、台所は煙に覆われていた
どうして、こんなになるのか……不思議で仕方がない
煙を換気扇と扇風機の2台がけで排出し、シチューを仕上げて貰う
「ねえ、タッパの方が、食べやすくない?」
出来たシチューを、魔法瓶に詰めていると、先輩が不思議そうに尋ねてくる
「タッパだと、固まってしまって、タダの鈍器に成ってしまうんですよ」
終始頭上に疑問符が浮かんで、意味がわかってない先輩
そう、食べるんじゃなく、液体状態でぶっかけて、相手を固めてしまおうって作戦なんです
固まってしまえば、後は日の出を待ち、灰になる処を見届けて、作戦完了である
ちなみに、食べ物として使わないのは、先輩に内緒だ。
硬化する時点で、既に食べ物じゃないしね。食べたら龍の高耐性がある、僕でも気絶するし。
一応、先輩の手前、『シチュー』と言ってるだけで、『硬化剤』ですから。念のため。
僕の行動が、いつも行き当たり、ばったりだと思うな、ヴァンパイア!
僕だって、策を弄するんだからな。
シチューと言う名の、硬化剤が入った魔法瓶を袋にいれると、先輩と二人で、深夜の旧中学校へ向かうのだった。




