46-2 変若水(をちみづ)
日付が変わるまで、まだ少しある寂れた公園で、小百合ちゃんから突然の真相を告げられる
「小百合ちゃんが司君?」
「はい、でも『誓約』があり、人に告げることを禁止されているのです」
「え!? それ話しちゃっていいの?」
「こうして、まだ生きているので、瑞樹先輩になら、大丈夫みたいですね」
「生きているって……失敗だった場合は?」
「死んでいますね、たぶん」
あはは、と戯けて笑う小百合ちゃん
「それ、巫山戯てる場合じゃないよね」
「大丈夫ですよ。誓約の内容は『司の魂を持つものが、この事を他の人間に伝えるを禁ず』と言うのが決められた誓約ですから」
「だから、言ったらまずいでしょうに」
「瑞樹先輩、まだ気が付かないんですか?言ったらダメなのは『他の人間に』ですよ」
「あれ? そうか! 本当に自覚無いから忘れてたわ、龍だったね」
お寺でも言われたばかりなのに……
人間じゃなければ良いのなら、他に話せるとしたら、ウチの龍神ぐらいか
ま、無理に話してリスクを上げることも無いけどね
「でも、呼ぶとき困るな、小百合ちゃん? 司君のがいいの?」
「あ、小百合でいいですよ。司だと言うのは他の人間に言えませんし、それにこの身体は、小百合のものですから」
「つまり、外見が小百合ちゃんで、中身が司君ってこと?」
「そんな所です。ただ、小百合の記憶も共有してますから、小百合でもあるんです」
ややこしいな、『憑依』……いや、小百合ちゃんの意志が無いなら『転生』ってことなのかな
「でもどうして、司君が小百合ちゃんに?」
「簡単に言うと、7年前の夏に、小百合も司も、ほぼ同時期に亡くなっています」
「え!?」
「司は身体を失い魂だけの状態、小百合は心が壊れ生きることを拒否した状態で、死んでいるも同じでした」
「そんなの酷すぎる……」
僕は2重の苦しみを味わった、小百合ちゃんの心を推し測ると、痛いほど拳を握り締めた。
「でもそこへ、不思議な声が司の魂に呼び掛けたんです。本来死ぬ訳じゃ無いのに死んだから、もう一度チャンスをやろうって」
「それであの誓約って訳か……」
「そうです。生きるのをやめてしまった小百合の魂の代わりに、司が小百合として生きる事……そしてそれを他の人間に告げない限り、また姉様の近くに居られるんです」
でもそれは、寂しかっただろうに……
小百合ちゃんとしては、従姉妹として一番近くにいるのに
素性を明かせないことで、司君として、姉との距離は果てしなく遠い
そんな状態を7年も……
「じゃあ、結局司君は死ん……で、でいいのかな?」
「死んでで合ってますよ。霊体になってましたから」
「じゃあ、穴に落ちて転落死って事?」
「いえ……信じられないかもしれませんが、あの旧中学校の下に研究施設があるんです」
「……ゴメン……なんか突拍子もなくて……」
完全に思考停止してたわ
「無理もありません。私自身、穴に落ちて実際に施設を見るまでは、同じく信じなかったでしょう」
「つまり、上の建物が何時までも壊されずに要るのは、カモフラージュ?」
「だと思いますよ。私の調べたところ、今でも旧中学校名義で、電力が供給されてます。廃校なのにおかしいですよね」
「そんな施設でいったい何を……」
「施設の研究員は『変若水』の研究だと言っていました」
「変若水?」
「はい、若返りの秘薬とも、不老不死の霊薬とも言われています。それを人工的に造り出そうとしていたみたいです」
「まさか!? 司君の身体が若いままなのは!?」
「ええ……実験で投与されました……」
「そんな……」
「何度かの投与のあと、気持ち悪くて……息が出来なくなって……気が付いたら、霊体になって空に浮いてたんです」
そこで、謎の声に助けられて、小百合ちゃんに転生か
「しかし、不老不死とは……」
「なんでも、戦時中に『死なない兵士』を造ろうとした施設らしいです。戦争利用の人体兵器なんて造ろうとしてた訳ですから、公に出来ず。かといって閉鎖するには予算を掛けすぎたみたいで、今更中止は出来なかったと、当時の研究員が話してくれました」
「そんな事で、8歳の子供を……」
「たぶん、その変若水は未完成です。と言うのも、実験されて分かったんですが、膂力と再生力は凄いでけど、身体自体の強度はかなり脆いです。特に皮膚が弱く日の光で火傷してました」
だから、出現時間が夜なのか、まるでヴァンパイアだな
あと、再生力の高さも住職の話と一致する
「しかし、困ったな。司君がここに居るなら、乗り込む必要無いし」
「でしょ、だから姉様を止めてくださいって言ったんです」
「ん~でも、誓約のせいで、転生の理由は話せない……」
「はい……」
伝えるを禁ずって言うのが、微妙に嫌なところだ
話すな! なら筆記とか遣りようもあるが、伝えるな! だもの
もし誓約に引っ掛かれば、小百合ちゃんが死んでしまうし
どうしろと言うんだ
「とにかく、明日の夜まで時間があるから、帰って考えてみるよ」
「はい、お願いします」
「それと、施設の入り口って、分からないのかな?」
「透視で調べてみましたが、あの旧校舎は塞がれているようで、たぶん他に出入り口があるのでしょう」
考えてみれば、司君が落ちた穴だって偶然出来たものだし、正規ルートの入り口があるに違いない
でもそうか……なら出てくるのを、待つ以外無いってことか
すみませんお役に立てなくて、と謝る小百合ちゃんに気にしないように言うと
僕は荷物を持ち立ち上がる
「あ、瑞樹先輩! 待ってください」
「どうしたの?」
「もうひとつ……聞いて欲しいんです。司でなく小百合の気持ちを」
「小百合ちゃんの?」
「はい、これは小百合の記憶ですが……瑞樹先輩は7年前の春、傷だらけの猫の事覚えていますか?」
「うん、一緒にお寺に連れてって、御住職に手当てしてもらった時の事だよね」
本当は、あの夢見るまで忘れてたのは内緒
「あの後、小百合の必死な看病で、夏になる頃には後遺症はあるものの、歩けるようになったんです。小百合も猫も本当に幸せそうな……いえ、幸せだったと言う記憶が残っています。あの夏の日が来るまでは……」
「そうか……独りで頑張ってたんだな……ごめん、僕も一緒に看てやれればよかった」
「あの夏……子猫が虐待されてるところに出くわすんです」
「虐待!?」
「ええ、考えてみれば最初に見付けたときだって、虐待された後だったんですよ。おかしいと思いませんでしたか? 道路脇で見付けたなら、交通事故もあったでしょうが、校庭の隅っこですよ」
言われてみれば、確かにそうだ
「せっかく歩けるまでになったのに……死んでしまうんです。その後、悪ガキどもを見つけ糾弾するも、逆に、誰かに言えばお前がやったと言いふらしてやると……」
「なんて奴等だ!!」
「小百合は、子猫の仇どころか、汚名まで着せられて……それでお風呂で……」
「許せない!! 小百合ちゃんの記憶があるなら、そいつらの顔とか教えてよ!」
「あ、仇打ちなら、司の私が遣っておきました。内容は、過激なんでちょっと言えませんが……馬鹿共はもうこの町には居ません」
町を出ていく程の事って……何したんだろう……
「あと、小百合の最後の記憶で、瑞樹先輩に『子猫の事ありがとう。それと、せっかく助けてくれたのにごめんなさい』って……」
「こっちこそゴメン、僕も一緒に看ていれば、そんな悪ガキ共には……」
「あの7年前の夏、瑞樹先輩が大変だったのは、祟り神の一件で聞きましたから。それに、そう言う優しい処に、惚れてたみたいですよ小百合は、責任取ってあげてくださいね」
「ええ!? でも僕は当時と違って、女の子になってるから……その気持ちには答えられそうにないよ」
「大丈夫です! 瑞樹先輩が女の子でも構いません。だって、私は男の子の司でもあるんですよ」
そう言って笑顔を返す小百合ちゃん
いやはや、参ったな
困った顔をしていると
「瑞樹先輩……いえ千尋先輩が姉様の事を好いているのは知っています。でも小百合の気持ちも、知っておいてあげてください」
そう言って頬にキスをされる
急な不意打ちに立ち尽くす僕に
「うふふ、司は諦めが悪いですから、覚悟してくださいね」
そう一言残し、おやすみなさいと手を振りながら、公園を出て行ってしまう
なんか色々考えてたのが、一気にふっとんでしまった。
キスをされて熱くなった顔を
まだ冷える夜風を受け、冷やしながら帰る
まったく、女の子になってから、モテ期がやって来てもねえ
いやまてよ、小百合ちゃんの中身が司君なら、精神は男の子って事になるのか?
ん~
僕も元男の子だし、これは!? 精神的ボーイズラブ?
どうなんだろう……
待てよ……この間のお泊まり会
良く考えたら、先輩以外、全員中身が男の子じゃないか!!
通りで、女子なら定番の恋話に成らない訳だ
はぁ、多少なりとも、ドキドキして損した
お泊まり会で思い出したが、また洗濯物忘れたし
他にも、先輩の説得を考えなきゃなぁ
明日は忙しくなりそうだ
いろいろと考えを纏めながら、帰路に着くのだった。
ちなみに、『変若水』(をちみづ)は、万葉集にも出てくるそうです。
新元号『令和』で、万葉集ブームですが、それにあやかった訳じゃありません。