45-2 アンデッド
立ち入り禁止のロープが張られた、夜の旧中学校の校庭で
傷だらけの住職を介抱し、それまでの経緯を尋ねる
「お父さん、いったい何があったのよ」
「まさか、お前達がこんなに早く帰ってくるとは、思わなかったわ…うぐ…」
見たところ致命傷は無いみたいだが、結構な数の切り傷で血が滲んでいるのが伺える
「昨日、瑞樹君の話を聞いて。もし、地縛霊として成仏出来ずに居るなら、父親として経をあげ、成仏させてやろうと思ってな」
そうか…
それで、先輩に司君を祓う処を見せぬよう、街へ連れ出すように言ったのか
本当なら、映画かカラオケでもって思っていたのに、先輩のニンニクマシマシのせいで、予定を切り上げて帰ることになり、司君と住職の戦っている処に出くわしたって訳か
「救急車を呼びましょうか?」
「いや、それでは大事になってしまう。骨も折れとらんし、かすり傷など寝れば治るわい」
「お父さん…さっきの…」
「詳しい話は後だ、少し騒ぎすぎたから警察が来るかもしれん。事情聴取とか厄介じゃからな、お寺まで移動するぞ」
住職はそう言って、先輩に支えられ、お寺へ移動することになった。
お寺にて、傷の手当てをしながら
住職は、旧中学校であった出来事を話始める
「昼間の目撃談がなかったので、日が沈むのを待って、あの校庭へ行ったのだが…」
住職の話だと
旧中学校の校庭で、待つこと2時間、もはや諦めて帰ろうとしていたら
校舎の影から、赤い眼を光らせた司が現れ、襲いかかってきたと言うのだ
その走る速度は、人間のそれを凌駕し、あっという間に間合いを詰められ
爪で住職を切り裂こうとするのを、紙一重で避けて、不動明王の真言で火炎術を撃ち込むが
殆ど効果が無かったとのこと
「炎が効かないって事ですか?」
「うむ、火炎術どころか、帝釈天の雷撃も効かなかった…いや、効かなかったは言い過ぎだな。効いても『即再生した』と言うところだろうな」
なんだよそれ、龍神並み…いやそれ以上の再生力かも
だとしたら、明らかに人間ではない
そもそも、司君の姿が、前にシチューで気を失った時に見た、先輩の記憶にあった姿のままだったし
「不老不死…」
先輩が呟く
「そんな…非現実的ですよ」
「千尋ちゃんね、非現実で言えば、貴女が女体化してるのも、龍化してるのも、そうなんですからね」
言われてみれば確かに
龍化は全然自覚が無かったわ
だって、龍の癖に火が吹けるとか、そういうの全然無いし
人より膂力があるってだけだしなぁ
どちらかと言うと、龍化より女体化のが、影響力が大きかったりする
なんか、色々違和感が無くなって、馴染んで来てしまってるのは確かだ
雄々しさがない…
しかし、アンデッドか…
霊体も、死んでは居るものの、成仏出来ていないって点で、アンデッドだし
そもそも霊体は、僕の一番嫌いなタイプ。
だって卑怯でしょ、こっちの攻撃はすり抜けるのに、向こうの攻撃はこっちにダメージが通るなんて、絶対勝てないし
でも、それを考えると、住職が錫杖で物理攻撃を打ち込んでたので、霊体じゃない?
腐敗してなさそうだったし、ゾンビじゃないよな
ゾンビなら、初撃の不動明王の火炎術で、火葬になってるはず
…
「まさか…吸血鬼?」
先輩を見ると、どうやら同じ考えに至ったようで、僕を見るなり同意だと頷く
まだ、はっきりと決まった訳ではないが、ヴァンパイアだとすると厄介だ
僕が知ってる限りの弱点は、十字架、聖水、樫の杭、銀の銃弾、ニンニク、日光…
日光に関しては、デイウォーカーって言う、日光に強いのも居るみたいなので絶対弱点とは言えない
まぁ、僕の知識は映画とかアニメからなんで、信憑性もどこまである事やら…
先輩は、御住職の手当てが終わると、部屋を出ていってしまう
まさか独りで行く気じゃ…
慌てて先輩を追いかけようとして、立ち上がると
「瑞樹君、緑を頼む」
そう住職に声を掛けられ、僕はだまって頷くと先輩の後を追う
先輩が入った部屋は、飾り気がなく机等、最低限の家具しかないような、年頃の女子の部屋とは思えないシンプルな部屋だった
「ここ、先輩の部屋ですか?」
「何にもないでしょ?私は悪霊や物の怪を祓って、力をつける事しか考えて無かったから」
「ん~先輩の部屋らしくて良いと思いますよ。逆に、ファンシーなぬいぐるみで一杯の方が、リアクションに困りますし」
「酷いこと言うのね、私だって女の子なのよ」
「知ってますよ。弟思いの優しい女の子だって事は…本当は、司君を助けたいんでしょ?」
「私のせいなの…私が悪霊に手間取らなければ…いえ、司を一緒に連れて行きさえしなければ、こんな事には…」
畳の上に先輩の涙がこぼれ落ちる
「先輩…」
僕はそっと先輩を抱き寄せると、堰を切ったかのように声をあげ泣き始めた
穴に落ちた司君を、置き去りにしてしまった罪の意識に、ずっと苛まされて来たのだろう
当時、出来ることなら助けに戻りたかった筈だ
だが、力不足な子供の先輩に出来ることは、たかが知れている
その悔しさからか、普通の女の子がするような、遊びや生活を全部捨てて、修行に明け暮れたのだ
いずれ、シュレディンガーの箱が開いたとき、司君を助けられるように
どれだけ時間が経っただろうか
先輩の嗚咽の声もほぼ無くなり、僕はハンカチで涙を拭ってあげようとしたが
「ダメ、こんな顔見せたくない」
そう言って、更に深く僕の胸に顔を押し付ける
微妙に胸を揉まれてるような…気のせいか?
本当に泣き顔見せたくないだけなのか疑問だ
この人の場合、男も女も関係ないからな…むしろ、女同士だから良いでしょ、て言う免罪符で好き勝手やってくる節があるから
まあ、今回ばかりは嘘泣きではないし、無下に扱うのも可哀想なので、そのままにして置いてあげる
「ねえ、千尋ちゃん。このままで良いから聞いて。もし、本当にヴァンパイアだとして、戻せる方法があると思う?」
「正直な処、僕には分かりません。そういう知識は先輩の方が詳しいでしょ、僕の知識なんて映画やアニメの受け売りしかありませんから」
「そう…」
本当は、無理だと思って居た
何故なら、自然発生のヴァンパイアは、生前に神の信仰に反したモノが、死後に成ると言われている
そう、死んだ後でないと成れないのだ
ただの死者なら『反魂』であれば…もしくは蘇生できるかもしれないが
ヴァンパイアは、既に闇に堕ちた者だ
蘇生等しようものなら、たちまち灰になるだろう
「先輩、まだヴァンパイアと、決まった訳じゃないんですから」
「じゃあ、何んだっていうのよ」
「ん~、悪霊か何かに憑依されてるとか?」
「それだと、狂暴化の説明はつくけど、姿が7年前のままで、歳を取ってない説明はできないわ」
「う…確かに」
つい先日、祟り神戦で逢った魑絋でさえ、僕と同じぐらいに成長してたしなぁ
最初鏡だと思った程だ
「兎に角、虎穴に入らずんば何んとやらよ」
「先輩?ブラックテンプルの鞭持って何処行くんです?」
「吸血鬼と戦うなら、鞭って相場が決まってるでしょ。それに…司があんな姿になったのは私の責任よ」
「でも、それは仕方が…」
「憐憫ならいいわ、司が2度と元に戻らないなら…私がこの手で、成仏させなければならないの」
まったく、この人は…すぐ強がるんだから
「わかりました、僕も最後まで付き合いますよ。ただし、今夜はダメです」
「なんでよ…」
「まず、準備ができていません。いきなり戦うとかじゃなく、戻せる方法も探してみるべきです」
「…そうね、戦闘が前提になってたわ」
「それに、相手がヴァンパイアなら、そのニンニク臭い身体では、出てきませんよ」
「うく…そんなに臭う?」
「そりゃあもう…」
「う~、明日が休みで良かったわ」
それ見越して、ニンニク入れてたんじゃないのか
登校日だったら、どうするつもりだったんだろ…
「それと、もう一つ、出発前に例のシチューを、少量で良いので作ってください」
「シチューなんてどうするの?」
「切り札として、持っていきます」
夜食にするのかな?と終始頭の上に疑問符をつけてる先輩を余所に
「じゃあ僕は帰りますね。明日の夜に来ますから、ちゃんと先輩も、情報集めて置いてくださいよ」
そう言って玄関へ向かう
「まったく、とんだ一日だった」
月明かりだけが頼りの暗い夜道を、神社へ向かうながら呟く
本当は、夜景の見える県庁の展望フロアで締めるはずが…
予定狂いまくった挙げ句に、アンデッドとかヴァンパイア?なんて、ファンタジーなものまで出てくるし
世の中上手くいかないものだ
そう嘆きながら帰路に着こうとすると
物陰からセーラ服の女の子が出てくる
「オバケ!?」
「誰がオバケですか」
「なんだ、小百合ちゃんか…脅かさないでよ」
「別に脅かすつもりは、無かったのですが…」
「どうしたの?何かあったの?」
「瑞樹先輩、お話があります」
「僕は大丈夫だよ、今日は遅くなるって婆ちゃんに言ってきたし」
「では、この間の魔法戦をした公園へ行きましょう」
「ここじゃダメなの?」
「はい…これは瑞樹先輩以外に、聞かれる訳にはいかないのです。場合によっては…」
…
なんだか、意味深な…また厄介事かなぁ
取り敢えず、後に続いて公園へ入いる
まさか、愛の告白…じゃないよな
そんな雰囲気じゃないし
小百合ちゃんは、一度大きく深呼吸すると、意を決して話始めた
「瑞樹先輩、緑姉様の弟を見たのでしょう?」
「あ、うん。旧中学校の校庭でね」
「なら、もう二度と行かないでください」
「それって、どういう…」
「姉様も絶対近付かぬよう、瑞樹先輩から止めてください!」
「すまないけど、それはできない」
「どうして!?」
「先輩は、7年前の責任を取ろうとしているんだ。そして、過去の蟠りに決着を着け、前に進もうとしている。それを止めるなんて、僕には出来ない」
「責任なら、とる必要ありません!アレは司でなく、司の形をしただけの人形なのですから!」
「な!?小百合ちゃん…どうしてそんな事を?」
「私が、どうしてそんな事を言うのかって?」
小百合ちゃんは僕に背を向けもう一度深呼吸をすると
「何故なら、私が…司だからです」




