43-2 幽霊?
小鳥遊先輩の弟、『司』君の姿を見た事で、感極まって泣きじゃくる先輩を、実家のお寺まで送っていったのだが
真っ赤に目を腫らした先輩を見た御住職は、僕に上がって待つようにだけ言うと
先輩を連れて奥に消えてしまう
昨日の、後頭部への落書きの件もあるので、長居はしたくないのだが…
今、帰ったら怒るだろうな
仕方ない、御住職が来るまで、手持ち無沙汰だし。
今回貰った服でも、見てみようかな
袋を漁って、貰ってきた服を広げて確認すると、結構可愛い服が多い
やっぱり鞠菜さんセンスが良いなぁ
こう言う服のセンスは、女性ファッション誌で学ぶんだろうか?
貰ったスカートを見つめて、ふと考える。
1週間前まで、男の子に戻る事で躍起になっていたのに…
今は、戻れない事を受け入れている自分が居る
「おかしなものだ…」
自嘲気味に笑うと、広げた服を畳んで仕舞う
まぁ、今のところ胸が大きすぎる事以外は、不自由がないから良いけど
女体化で、力が落ちるかと思ったが、龍化のお陰で前よりあるぐらいだし
ただ、男の子だった時は油肌寄りだったのに、女の子になってから乾燥肌寄りになってしまった。
化粧水や保湿クリームなどでケアしないと、湿度の低い日は特に、カサカサになってしまう
最初は龍なので、トカゲっぽい肌になったのかと思ったが、そうではないらしい
これって水の龍なんだし、上手く水分コントロールとか出来ないのかと思うんだが
龍神のヤツ、何も教えてくれないんだものなぁ
あと何より怖いのは、香住に散々脅された『生理』だ
それも、龍の身体になってるから、どんな感じで来るのかが、予想もつかない
出来れば軽くあって欲しい。
そんな事を願っていると住職がやってくる
「待たせて悪かった」
「いえ、大丈夫です」
「緑の事なんだが、何があったか聞かせて貰えんか?」
僕は、御住職に旧中学校のグランドで、先輩が弟の司君を見た、と言うのを伝えた。
「それは、キミも見たのかね?」
「残念ながら…僕は見ていません」
「ならば、緑の見間違えというのも考えられないか?」
「その可能性も、ゼロでは無いでしょう。けど…いつも冷静な先輩の取り乱し様は、本当に目撃したからだと思います」
そう言って、先輩の弟目撃を支持する
「じゃがな、7年も行方不明だったのだぞ」
御住職の言わんとする事も解る。
公にも7年失踪していれば、死亡と見なされる位いだ
それに、生きていたなら、衣食住をどうしていたかも謎になる
「ん~見間違いじゃなきゃ…幽霊とか?」
「幽霊だと?」
「あ、冗談ですってお父さん」
「キミに、お父さんと呼ばれる筋合いはない!」
今日は男子の制服なんで、『お父さんと呼ばれたい』とは言わないみたいだ
「じゃが、霊か…もしかしたら、全く的外れでも無いかもしれん」
「どう言う事です?」
「7年前の事件をきっかけに、『夜中に少年の霊を見た』と言う噂が立つようになったからな」
「噂…ですか?」
「ああ、その手の話は坊主をやってると、嫌でも入ってくる。『お祓いしてくれ』てな具合に」
成る程
「しかし7年前、何があったんです?」
「そうか…そこから話さねばならんな」
住職は、お茶を一口啜ると、7年前の話を始める
「7年前、緑はあの旧中学校の校舎で、集まってくる陰気を纏った悪霊を祓って、修行しておったのじゃ…」
「あの校舎、板が打ち付けられて、閉鎖されてますけど?」
「まあ、それも此れから話す、話の腰を折るでない」
住職の話しだと
7年前は、まだ封鎖されておらず、立ち入り禁止の看板はあるものの、普通に出入りができたらしい
そして、そこに修行に通う先輩と司君だが、運悪く大物の悪霊に当たってしまう
当時の先輩では、到底太刀打ちできず。司君を先に逃がし、離脱しようとするも
司君が、老朽化した床板を踏み抜いて、穴に落ちてしまったのだ。
先輩自身も、いっぱいいっぱいの攻防をしていて、司君の安否確認まで手が回らず
焦りで、いつもの戦いが出来ずにいた
その大物悪霊1体に、時間を掛けすぎた為、更に悪霊が集まってしまい。
このままでは、司君を助ける事が出来ないと、ガラス窓を突き破り、泣きながら大人達を呼びに走った
そして、先輩に話を聞いた住職達が、旧中学校へ駆け付けると、黒いスーツを着た団体が、校舎を取り囲み
この場所は、政府の貴重な文化財だからと言って、追い払われたと言う事だ
「そんな!司君が、まだ中に居ることを、話さなかったんですか?」
「勿論、話したとも。じゃが、頑として中へ通して貰えなかった」
悔しそうに、着ている袈裟が、くしゃくしゃに成るほど、拳を握りしめる
そうだった、先輩にだけでなく、この人にとっても家族なんだ
生きて助けたいに決まっている
その後も、警察や役所に掛け合ってみるも、何処からかの圧力なのか動いて貰えず
捜査もろくにせず、失踪扱いになったと言うのだ。
もう他人は信用できないと、自分達だけで強行突入も考えていたが
朝夜交代で、常に10人以上の黒いスーツ達が、見張っていたと言う事だった
「だが、3ヶ月が経過する夏の終わり頃、急に黒いスーツ達が居なくなってな」
「封鎖が終わった…て事なんですかね?」
「いや、板を打ち付けるだけなんて、2~3日あれば終わってしまうだろ」
「確かに、でもそうすると、3ヶ月も何を…」
「さあ、それは不明だが、見張りが消えたのはチャンスだったのでな。儂らは校舎を確認に行ったが…床の穴は空いていなかった…」
「塞がれたって事ですか?」
「解からん。ただ、穴を塞げば、床材がそこだけ新しくて、気が付くはずなんだが…塞いだ跡もなど、何処にもなかった…」
「それでは司君は…」
「その時点で3ヶ月だからの、もう死んでいるとしか…じゃが、死んでいるとしても、亡骸はちゃんと経をあげて弔ってやりたいのだ」
せめて父親として弔いたい…と悲痛な表情で語る
この人たちは7年前もの間、ずっと司君を見付け出せなかった悲しみを、背負ってきてるんだ
僕も、両親を失っているので、その気持ちは分かる
「瑞樹の若き龍よ、頼みがある」
「どうして僕の事を…あ、角か」
霊感のある人には見えるんだった
「こんなことを、頼むのは自分でもどうかしてると思うのだが…緑を気晴らしに連れ出してやってくれんか?」
「はい?」
「キミと一緒に居るように成ってから、緑が良く笑うようになってな。今回の司の一件で、また昔のように、司を修行へ連れていった、自分を責めるんじゃ無いかと心配なのだ」
「それって、父親公認のデー…」
「泊まりは許さんぞ。と言っても、キミは女体化していると聞いたから、間違いは起きんだろうがな」
「それまで知ってるんですか?」
「一般人は知らないだろうが、儂らの間では有名な話だぞ。龍神の代替わりの時に、瑞樹の巫女の腹を借りて神子を授かるって言うのはな」
有名なんだ…
僕なんか、女体化させられたあの日まで、そんな事知らなかったし
事前に知っていたら、龍神の洞窟に行かなかっただろうから、わざと知らせてなかったのかな
まあ、今となっては後の祭りだが
「取り敢えず、明日学園で先輩を誘ってみますよ。僕も買い物とかあるし」
「そうか、緑の事よろしく頼む」
「別に、御住職の頼みだから先輩を誘う訳じゃありません。僕も先輩と一緒に居て、楽しいから誘うんです」
「キミ…本当に男じゃないんだろうね」
怪しそうな目で僕を見てる
仕方ない、住職なら聖職者だし、変な気は起こさないだろうと、僕は制服のボタンを外して、サラシで潰された窮屈そうな胸を見せる
「ほう、これが噂の女体化とは…」
「サラシも外しましょうか?」
「あ、いやキミ…それはさすがに…」
上着とYシャツを脱いでサラシを外していく
と、いつの間にか先輩が
「何やってるのよ二人共…」
そう言って、まだ少し目の赤い先輩に、軽蔑するような目で見られる
「こ、これは、違がうんだ緑」
「そうですよ。御住職が、女である証拠に胸が見たいって言うんで、見せてただけで」
「キミ!誤解されそうな言い方は止めたまえ!本当に女なのか、確認したかっただけで…」
「サラシも外しましょうか?って言ったら、止めなかったじゃないですか」
「キミねえ!!」
「はぁ、お父さんも千尋ちゃんも、続きやるなら部屋でやってちょうだい」
「やらないから!父さんは母さん一筋に決まってるだろ、緑、聞いてるのか?」
「ハイハイ、お幸せに」
「ちょっと、緑?緑さん?」
呆れて出ていく先輩を追い掛けて、住職も居なくなってしまう
…帰って良いのかな?
僕はYシャツを羽織りボタンを止めて行くが
しまった!サラシを外したせいで、ボタンが止まらない
すっかり失念していた
独りだと、あそこまで潰して巻くのは出来ないし
今から、貰った女性服に着替えるのも面倒だ
仕方ない、止まるところまでボタンを止めて、上着を引っ掻ける
「これから、学園に通う訳じゃないし、良いかな」
どうせ神社に帰るだけだものね
鞄と袋を持って玄関に向かう
あー、また泊まった時の洗濯物を、回収出来なかったな
急ぎでもないし、また今度にしよう
一応メールで、『帰ります。お邪魔しました』と打って知らせておく
急いで帰らないと、龍神が腹を空かせてるだろうし
しかし、あの小鳥遊先輩と父親公認のデートとは…
妙なことになったな
でも、最近先輩と一緒に居て、僕自身も楽しいから
明日の予定を考えるだけで、嬉しくて少し燥いでしまっている
考えてみれば、僕が雌龍にされなければ先輩との『縁』は繋がらなかっただろうし
そう思うと、妙な気分だ
もし、雄龍としての僕が居る、並列世界が有るなら、先輩との関係はどうなっていただろうか
ふふ、想像もつかないや
というのも、そもそも神子を授かる為の雌龍化なんだし、雄龍にされるわけないよな
バカなことを考えたと頭を振る
さて、まずは明日の事より、夕御飯に急いで作れるものを考えなきゃね
ほとんど街灯の無い、月明かりに照らされた夜道を、小走りで帰路に着くのであった。




