41-2 魔法少女vsブラックテンプル
とっくに下校時間が過ぎ、もう殆ど生徒の居ない、校庭の片隅で
少女は独り泣いていた。
「どうしたの?」
そう言って少女を覗き混むと
少女の前の草むらに、ぐったりとした子猫が、時折ピクピクと痙攣している。
「ねこさん、死んじゃうかな?」
「大丈夫、死なせはしないよ」
そう言って僕は、子猫を抱き抱え歩き始める
死なせはしないと言ったものの、はっきり言って根拠はない
「何処かで手当てをしないと…」
「だったら、うち……オジサンのお寺に」
少女の家は誰も居ないからと、お寺へ連れて行くことになった。
住職は、死にかけた子猫を抱く僕と、涙で目を腫らす少女を見て
「待ってなさい。救急箱を持ってくるから」
そう言って、奥から救急箱を持ってきた住職は、子猫を手当てしていく
「これでよし、後は様子見だのぅ」
包帯でぐるぐる巻きにされた子猫を、心配そうに見る少女に
「大丈夫、きっと良くなるから」
僕は少女にそう声を掛けると、ランドセルを背負い直し
住職にお礼を言ってお寺を後にする。
「待って!その…ありがとう」
背中に声を掛けられるが、照れ臭くて振り返らず走って帰った。
本当にありがとう…
◇◇◇
翌日の昼過ぎ
僕と咲哉君は、昨日出会った寂れた公園で、小鳥遊先輩を待っていた。
と言うのも、今朝お寺の掃除を手伝ってる最中に
『悪役を用意して来るわ』と一言残して、何処かへ行ってしまったからだ。
お陰で、住職の怒りは、全部僕に向けられる事に…
雑巾がけに腰が入っとらん!だの、窓枠に埃がこんなに残ってる!だの…
事あるごとに、重箱の隅をつつかれ、酷い目にあった。
昨日の夢で、子猫を手当てしてくれた優しい住職と、同一人物とは絶対に思えなかいし。
まあ、7年前の記憶だ、何処か美化されたんだろう
しかし、僕もやられっぱなしではない。
昨晩の坐禅騒ぎの時、先輩の帝釈天の雷撃で気を失った住職の後頭部に、油性マジックで顔を描いて置いたのだ。
「まぁ、今回は痛み分けって所だろう」
「瑞樹さん、本当に凄いことするよね」
「いやいやいや、普段からあんな事してる訳じゃないから」
と、一応言い訳しておく。
「それにしても、便利なステッキだね。変身ボタン押すだけで着替えられるなんて」
「でも、このコスチューム限定みたい」
魔法少女のピンク色でフリフリスカートのコスチュームだ
咲哉君には悪いが、この歳でそれは恥ずかしい
まあ、見た目も幼さくなってるから、中身を知らなければ11~12歳で通るかも
「でもさ、ステッキにもう一つボタンがあるじゃない?それが解除ボタンなんじゃないの?」
「あ、オレも最初そう思ったんだ。けど、押しても何も反応しないんだよ」
そう言って、カチカチとボタンを押して見せる
「本当だ…壊れてるのかなぁ」
両方のボタンを同時に押したり、交互に押したり色々やってみたけど効果はなかった。
あの龍神が『ステッキに変身解除は付けなかった』と言ったんだから、付いてないんだろう
オレ…戻れるのかな…と溜息ついている
わかる!
わかるよその気持ち、僕も1週間前そんな事言ってたし
まぁ、僕は結局戻れなかったが、咲哉君には頑張って戻って貰いたいものだ。
咲哉君と二人、公園でステッキを弄り回していると
「俺と契約して、魔法少女になる気はあるか?」
いつの間にか現れた龍神が、そう勧誘してくる
「なんだよ…その怪しい勧誘は…」
「今ならこの…シチュー鍋を付けてやろう」
「要らねーよ!!ソレ、昨日のお昼に先輩が作って固まった、シチュー鍋じゃねーか!」
「普通こんな風に固まらん!レアだと思わんか?」
思うよ!
しかも、それ食ったよ!コンチクショウ
「そもそも、お前が解除ボタンを付けないから、こんな騒ぎに成ってるんだからな」
「だから、悪役倒せば戻ると言ったの、聞いてなかったのか?」
「聞いてたよ!連れてこいよ悪役」
「ふふ、呼んだかしら?」
そう言って現れる、黒いレザースーツと黒マントを纏った小鳥遊先輩と小百合ちゃん
「先輩…何やってるんですか?」
「私は先輩じゃないわ!ブラックテンプルよ」
「そして私がテンプルリリー」
…
どうすりゃ良いんだ…
てっきり、僕が悪役やらされると思ってたのに
僕だけ置いてきぼりにされて、取り残された感じだ
「さて、マジカルサキュア!貴女に私達が止められるかしら」
マジカルサキュア?
咲哉君だからサキュアか…
「サキュア、あの二人を倒せば、元に戻れるよ」
頑張ってと応援する
良かった、どうやら僕は見てれば良いらしい。
「でも、戦うってどうやって?」
「それはサポートマスコットの俺『龍ちゃん』が説明しよう」
サポートマスコット?
「その成りでマスコットかよ!」
「なんだよ、このままじゃダメか?」
仕方ないな…
龍神はそう言って、20センチぐらいの小さな青い龍になった。
「やれば出来るじゃん」
「威厳が無くなるので嫌なんだが…」
元々、威厳なんかねーよ
今度ぐーたら写真撮って見せてやろうか?
「で?攻撃方法は?」
「2つボタンがあったろ?1つは変身ボタン、もう1つがマジカルショットだ」
「さっき、押しても反応しなかったぞ」
「5秒以上長押しするんだ」
それを聞いて、咲哉君改めマジカルサキュアはボタンを長押ししてみる
「おお!なんか光だした!」
「ステッキを対象に向け、ボタンを離せば魔法弾が飛んでいくぞ、但し!『マジカルショット!』と言うのを忘れずに」
「マジカルショット!」
試しに一発、空に向けて放つサキュア
光の球が、凄い勢いで飛んでって、見えなくなった
「これ…毎回言わなきゃ駄目なんですか?」
「言わなくも発動するけど、言わなきゃ駄目だ!」
言わなくも発動するんかよ!
じゃあ、言わせるなよ!サキュア、顔真っ赤で可哀想だぞ
「そちらの用意は整ったようね、待ってる間暇だったから、ジュース飲み終わっちゃったわ」
そう言って、空のペットボトルを燃えるゴミの屑籠に入れる
「どう?ゴミの分別を無視してやったわ!」
と高笑いをするブラックテンプル
仕方ない、見ているだけの僕が、後で分別し直して置こう
「じゃあ戦闘開始ね!」
そう言って黒い鞭を出すブラックテンプル
「行くわよ!因陀羅耶 莎訶」
帝釈天の真言で、雷撃を鞭に纏わせる
あれってヤバいんじゃ?
「帝釈天の鞭!」
そう言って鞭を唸らせる
鞭から放たれた、雷を纏った衝撃波が、遥か遠くに見える山まで届いていた
「ちょ!先輩やり過ぎですって!当たったら、サキュアが真っ二つになりますよ」
幸い、周りは住宅はなく、田畑ばかりなので、人的被害はなかったものの
農家さんに怒られそうだ
「悪役なのよ、手加減なんてする訳ないじゃない」
いや、そこは加減しようよ
騒ぎで警察来たらどうすんだ
「おい!マスコットの龍ちゃん!結界かなんか張れないのかよ」
「お?結界のこと忘れておった」
忘れんなよ!
直ぐに公園を囲むように結界が張られる
「これで、全力で行けるわね」
「あの…先輩?やられ役ってわかってます?」
「なら、千尋ちゃんが、サキュア側につけば2対2で丁度良いじゃない」
僕は構いませんがね
「駄目だって、瑞樹さん変身してないんでしょ?生身じゃ危ないから」
「大丈夫、こう見えて結構頑丈ですから」
そう言ってサキュアの隣に立つ
「じゃあ、瑞樹先輩のお相手は、このテンプルリリーが御相手します。」
どこから出したのか、大きな鎌を構えるリリー
…
「なあ龍ちゃん?僕に武器はないの?」
「お前、『守護神』が邪魔してて、変身出来ないだろ」
「いや…変身は良いんだ、何かこう…サキュアみたいに魔法弾撃てるとか、そう言うの無いの?」
「だから、これを…」
「そのシチュー鍋要らないから!だいたい、どうやって攻撃するんだよ!」
「投げる」
物理弾かよ!
もうええわ
「瑞樹先輩、覚悟!」
龍ちゃんと言い合いしてる間に、間合いを詰められていて、大鎌を振りかぶるリリー
「白刃取り!」
僕には、これしか技がない。
鎌を白刃取りながら、身動きがとれない僕とリリーの隣で
帝釈天の鞭を避けながら、5秒溜まった魔法弾を撃つサキュア
その魔法弾も、ブラックテンプルに届く前に、鞭で打ち消される
埒があかない
「あ、良い忘れたが、サキュアの魔法弾は溜めれば溜めるほど威力増すから」
「どうして、そう言う大事なことを、早く言わないんだよ!」
「だから、忘れていたと言っただろ。あと3分以上溜めると、町一つ吹っ飛ぶ程の威力になるから」
「ざけんな!そんな危ないもん作るとか!アホ龍め!」
本当に命懸けになってきたし
こうなったら、懐柔策に出るか
「テンプルリリー…いや、小百合ちゃん、今度一緒に服買いに行ったり、甘味屋さん寄ったり、デートしよっか?」
「デートのお誘いですか?駄目です姉様は裏切れません」
く、駄目か
仕方ない、今はテンプルリリーを、足止めしてるだけでも良しとしよう
マジカルサキュアとブラックテンプルの戦いは、激しさを増して行った。
どうやら、1分位溜めた魔法弾なら、帝釈天の鞭でも打ち消せ無いらしい
少しだけでいい、ブラックテンプルの注意をそらせれば…
何か無いかと辺りを見渡すと、良いモノがあるじゃないの
サキュアが長い溜めに入ったのを見て、僕もタイミングを計る。
そろそろか?
サキュアが、マジカルショットを打ち出すタイミングに合わせて、足下のシチュー鍋に、龍蹴りをぶちかます。
鍋直撃コースなので、ブラックテンプルは帝釈天の鞭でシチュー鍋を叩き落とす。
勝った!
鞭を引き戻す時間はない!
サキュアの魔法弾が、ブラックテンプルに炸裂する。
「姉様!」
砂埃が酷くて、ブラックテンプルの様子が良くわからない
「なあ龍ちゃん…結構な威力だったけど大丈夫か?」
「ふん、あのブラックテンプルの変身衣装も俺の作だからな、魔法ダメージ軽減が組み込んである」
成る程、だから単純な物理ダメージになる、鍋の方を叩き落としたのね
その瞬間の判断力、さすが実戦で、物の怪相手に祓い屋やってるだけはある
やがて、砂埃が晴れると、コスチュームがボロボロに破けたブラックテンプルが片膝をついていた
大鎌を投げ捨て、ブラックテンプルに駆け寄るリリー
「姉様ごめんなさい、私が瑞樹先輩を引き付けていられなかった為に…こんな…」
「怪我は無いから大丈夫よ、コスチュームが破けて胸がポロリ状態なんで、立ち上がれないだけだから」
どうりで、龍ちゃんの鼻の下が伸びている訳だ
「お前は見るなよ」
龍ちゃんの目を覆って抱き上げる
「く、目は見えんが、柔らかい感触が…」
「昨日のお風呂の後、肌着洗っちゃってサラシ巻いてないからな、貰ったワンピースの下は、何も着けとらん」
「じゃあ、見えなくても良いから、このまま抱いててくれ」
このエロ龍め
さて、ブラックテンプルは?
「く、コロセ!辱しめは受けるぐらいなら、いっそ…」
「姉様!死んでは成りません!」
「大丈夫よ、一度『くっコロセ』ってセリフ言ってみたかっただけだから」
何やってんだか…
「なあ龍ちゃん?これって勝敗はどうなんの?」
「ん?相手が完全に滅せられるか、結界の外へ逃げ出せば勝ちだ」
成る程
じゃあ悪役が、『覚えてろ』とか捨てセリフ吐いて、逃げれば終わりじゃん
「先輩…じゃなかった、ブラックテンプルさん、勝負ついたし捨てセリフ吐いて終わりにしましょうよ」
「いいえ駄目よ!まだ終わってないわ!」
負けず嫌いだな
「あの…ちょっと良いですか?」
「何かあったのサキュアさん」
「まだ終わってないと思って、マジカルショットのボタンを押しっぱなしにしてました」
!?
「どのくらい押してたの!?」
「砂埃が舞ってた頃からだから…5~6分以上…」
ヤバイじゃん!
3分で町が吹っ飛ぶのに、その倍以上って…
「おい、どうにかしろよ龍ちゃん!お前が作ったんだろ!キャンセルとかできないのか?」
「キャンセル機能なんか付いとらんわ!」
威張って言うな
「どどどど、どうしよう…怖くて持ってられない」
「落ち着けサキュアさん、空に向けて撃つとか出来ないの?」
て無理そうだな…震えてるし
「なあ龍ちゃん、ブラックテンプルとテンプルリリーが結界から出れば、勝ったことに成って変身解けるんだろ?そうすれば、魔法少女じゃなくなるから、魔法弾も消えるんじゃ?」
「うむ、やってみる価値はあるな」
「嫌よ!敗けは認めないわ!」
先輩空気よめー
「姉様、ここは私に免じて…」
そう言って、テンプルリリーは、ブラックテンプルを結界の外へ引きずっていく
ありがとう小百合ちゃん
後は、変身が解けるのを…
お、始まった!
光に包まれて元の姿に戻る咲哉君
「戻ったのは良いですけど、魔法弾がそのまま消えてないんだ…どうしよう」
「ダメか…」
その時、急に魔法弾が震え出す
「そうか!魔法少女じゃなくなったから、魔法弾が制御できずに暴走しかけてるんだ」
マジか!?
仕方ない、僕は咲哉君に駆け寄り、ステッキを一緒に握る
「空に向けて撃つよ、しっかり握って!」
結界はブラックテンプルが、外に出たときに消えてるので、結界に邪魔されることは無い
「いくよ、マジカルショット!」
二人で支えられたステッキから、魔法弾が空に飛んでいく
「助かった」
力が抜けて、地面にへたり込み、安堵の息をついた
危うく大惨事に成るところだったし
「でも、ありがとう!やっと元に戻れたよ」
「おめでとう、それからお疲れ様。これで御実家に帰れるね」
そう言って、落ちてるステッキを拾って、咲哉君に渡そうとすると
「あ、ソレはもう良いや」
「そうなの?」
「戻るのに、これだけ苦労するんじゃ…ねえ」
確かに
「それに、オレが女の子になったら、キミと付き合えないだろ」
「え?」
今なんつった?
付き合うって言わなかった?
そう言えば咲哉君、僕が元男の子だって知らないんだった
でも、学園に男の子で通ってる以上、バラす訳にもいかないし
あくまで、学園の瑞樹千尋とは別人って事にしないと
「僕は…その…」
「あ、ごめん。そうだよね、もう付き合ってる人がいるよね、瑞樹さん可愛いし」
「…」
僕が返答に困っていると
「じゃあ、オレもう行くから、ねーちゃんも心配してるだろうし、またね」
咲哉君は、そう言って去っていく
ちょっと悪いことをしたかな?
「これは…あれですね姉様」
「そうね…堂々と浮気するなんて、お仕置きが必要よね」
振り返ると鞭と大鎌を構えた二人が仁王立ちしている。
「おい!龍ちゃん助…」
いねーし
「あの…二人共…もう悪役は要らないと思うんだけど?」
「そう?私は要ると思うんだけど…ねえリリー?」
「はい、私も鎌の威力…まだ試してないんですよ」
…
その後、二人に夕方まで追い掛け回され、4月最後の祝日は終わるのだった。