39-2 魔法少女
「先輩大丈夫ですか?」
喫茶店を出てから、ふらふらと歩く小鳥遊先輩に声をかける
「し、心配無いわ…血が欲しいだけだから」
「なんだか、吸血鬼みたいな台詞ですね」
「千尋ちゃんの血を吸えと?」
「先輩になら構いませんけど…美味しいかどうかは、保証できませんよ」
そう言って肩口の服をずらし、首肩を露出させる。
「ちょ…せっかく止まった鼻血が…これ以上血を失ったら…マズイのに」
ダメじゃねーか
だいたい、何で女の子の裸に、鼻血吹くかなぁ
先輩…本当にソッチの気があるんじゃ…
まあ、女の子って言っても、中身男の子ですけどね
「先輩…無理しなくも送っていきますから、御実家のお寺って、こっちで良いんですか?」
「いえ…大丈夫よ、はぁはぁ…私が千尋ちゃんを送っていくわ」
そんなに、ふらついてて、無茶ですってば…
仕方ない…小百合ちゃんに電話をして、住所を聞こう
『はい、小鳥遊です』
「小百合ちゃん?お姉さんの身柄は預かっている、返して欲しくば住所を教えなさい」
『あ、あの…私が、身代わりに成って、瑞樹先輩と一緒に居ちゃダメですか?』
「小百合ちゃんが身代わりにになっても、送って行くのは変わらないんだけど…」
『え?』
「え?」
おかしいな…話が通じていないぞ
「ちょっと…はぁ…誰に…電話してるのよ…」
「先輩が、御実家のお寺に案内しないから、小百合ちゃんに聞いてるんです」
「余計な…ことを…ちょっと貸して…もしもし小百合?…」
スマホ奪われたし
「はぁはぁ…私は無事なんで…はぁ…心配しないで…うん、はぁ…うん、千尋ちゃん送ったら…帰るから、うん…じゃあね」
ちょっと先輩…その苦しそうに、はぁはぁ言ってると、誤解されそうなんですが…
「はい…スマホ返すわよ、はぁはぁ…じゃあ遅くなる…前に…帰りましょ」
貧血起こしてるのか、ちょっと動くだけで苦しそうだ
その原因が、鼻血による大量出血とか…嫌すぎる
仕方ない
僕はしゃがんで、先輩を背中に負ぶさると、そのまま歩き出す
「ちょっと…千尋ちゃん」
「一応、これでも次期龍神なので、力は人間よりあるんですよ」
そう言って大通りへ向かって歩く
「あの~先輩?間違った方向に進み過ぎる前に、道教えて下さいね」
「どうしようかなぁ、このまま町内一周させちゃおっか」
この人は…
「…本当に、一周したら捨ててきますから」
「ウソウソ、だから捨てないで」
街灯の灯りに照らされて、殆ど人通りの無い田舎道を歩いていく
4月下旬とはいえ、夜はまだまだ少し冷える
「先輩、寒くないですか?」
「うん大丈夫…千尋ちゃんの背中温かいもの」
そう言って、ピタッと頬をくっ付けてくる感触が、背中越しに伝わる
中学を卒業以来、この山手方面には用事が無くなり、もう来ることは無いと思ったが
意外な縁ができて、また来ることになるとは…
女の子されて、良いこともあったって事…かな
しばらく無言で歩いていると
「千尋ちゃん、シュレディンガーの猫って知ってる?」
「えっと、確か…中身が見えない箱に、猫と毒瓶を入れてってヤツですよね?」
「そう密封の箱の中で毒瓶を割って毒ガスが発生しても、中身を確認するまでは猫の生死は解らない」
生きていると死んでいるの両方の状態が同時に存在する。そう箱を開け中を確認するまでは…
「そのシュレディンガーさんが、どうしたんです?」
「私の弟もね、正にそんな状態なのよ」
「はい?」
先輩の弟さんって…あの気を失ってる時に見た、Tシャツ短パンの男の子だよな…
「今、ここに居れば13…いや14歳かな」
「小百合ちゃんと、年子って事ですか?」
「あ、言ってなかったっけ?厳密に、小百合は私の妹じゃないわ」
…
「えええええ!?初耳ですよ!!でも姉様って…」
「ん~従姉妹になるのかな、私の父の弟…つまり叔父さんの娘だから」
知らなかった…てっきり実の姉妹だとばかり…
「じゃあ、苗字が同じってだけで、血の繋がりはないんですね」
「全くゼロって訳じゃ無いわよ、従姉妹なんだし。姉と呼んでくれてるのだって、慕ってくれてるからだもの、無理に止めさせて、小百合の気持ちを無下にする事も無いでしょ」
「それはそうだけど…ビックリしたなぁ」
「何がビックリしたんです?」
「うわ!出た!」
噂をすれば何とやら、小百合ちゃんがいつの間にか現れていた。
「もう、出たとは失礼ですよ」
「あ、いや、ごめん急に現れたからつい…」
「姉様が、電話越しに、呼吸も荒く辛そうだったので、探しに出て来たんです」
何があったんです?と聞かれたが、まさか鼻血出しすぎて、貧血起こしたと言えず
先輩も、自分で説明するかと思いきや、背中で狸寝入りしてるし
僕は笑って誤魔化すしかなかった。
「小百合ちゃんの家は、この近くなんだ?」
「この先の大通りを渡った反対側です。姉様の実家のお寺も近くですよ」
なんだ案外近いじゃん
やっぱり先輩を、先に送る方が正解だった
先輩も、とっとと教えてくれれば良いのに、まったく強情なんだから
「それにしても、今日の瑞樹先輩は、とても可愛いらしい姿なんですね」
「まぁ、色々あって、先輩の紹介でお古を貰って来たからね」
そりゃあ、3時間以上も着せ替え人形にされた挙げ句
スカートにブラウス着せられて、外に放り出されましたから
それにしても、スカートが凄い頼りない
こんな無防備で、外を歩いてるなんて…ヤバすぎる
1度、ウチで女子の制服を着て以来、スカートは2度目だが、外を歩くのは初めてだ。
「僕は、やっぱりズボンが良いな、動きやすいし、色々見えちゃう心配もないし」
「そうですか?私は今の瑞樹先輩のが、可愛いくて良いと思いますけど」
「ん~、もし風が吹いてパンチラしたりしても、僕のパンツなんか誰得って思うじゃん?」
「私はむしろ興奮します!」
おーい、いくら目標の姉だからって、そんな処まで似なく良いんだぞー
今、背中で寝た振りしてる人みたいに、鼻血で貧血になるから、そこは真似しちゃいかん。
「あら!?あの娘」
背中で狸寝入りしてた先輩が、声をあげる
先輩の視線の先には、公園のブランコに座って佇む…
「魔法少女!?あの娘…確か昼間、ウチの神社から飛び出して行った…」
「じゃあ、龍神様が魔法のステッキを授けたって言う?」
「あー、思い出した。ステッキ作製は、先輩の依頼だったらしいですね」
「何の事だか解らないわ、それより彼女、どうしたのかしら」
そう言って僕の背中から降りると、ふらつく足取りで公園へ入っていく
逃げたな…
どうする?って目を小百合ちゃんに向けると
「行ってみましょうよ、瑞樹先輩」
そう言って、公園の中へ走っていく
結局関わる事に成るのか…
最初に、到着した先輩が
「ねえ、キミは魔法少女になってるけど、元男の子でしょ?」
「どうして、それを…」
「そのステッキ、作製依頼したの私だし」
やっぱり先輩か…
「で、どうしたの?」
「オレ、学園に通う、1-Eの安藤 咲哉って言います」
ヤバイ、隣のクラスだ
僕、学園じゃ男の子として通ってるし…マズイよ。出来るだけ先輩達の後ろにまわって、今回は会話に入らないようにしないと…
ん?安藤?
さっき寄って来た、喫茶店の鞠菜さんの苗字と同じ…まさかねえ
「ウチはこの先で、喫茶店やってるんですけど、オレのねーちゃんが、日頃『妹が欲しい』って言ってたんで、この魔法のステッキで女の子になって、会いに行ったんです」
あー、あの鞠菜さんなら言いそうだわ、僕のこと小さくて可愛いって抱き締めてたし
そんなに縮んだかな?自称156センチ位だと思ってたけど(実際150センチです)
「ねーちゃんに会った第一声が、『誰?』ですよ、酷いと思いませんか?」
面影残した性転換じゃなく、まるっきり別人の姿に成っちゃう、変身性転換だもの…それは解んないって
「ムカついて、ねーちゃんの前で元の姿に戻ろうとしたら、今度は戻れなくて…」
「それで、途方に暮れていたと?」
先輩の言葉に頷き、項垂れる
仕方ない、ウチに電話して、龍神を電話に出してもらう
『おう、テレビ搬入できたぞ!だいぶ苦労したがな』
「どうやって入れたかは、ちょっと気になるが、今はそれどころではない。おまえの作った魔法のステッキの解除方法を教えろ」
『ああん?ステッキに変身解除なんて、付けてないぞ』
「付けろよ!必要な機能だろ!」
ん?
ステッキに付けてない?
「まさか、他に方法が?」
『ああ、一つだけある。それは悪者を倒す!!』
「アホか!!アニメの中じゃあるまいし、どこに悪者が居るんだよ!」
『そんな事まで知るか!』
「知れよ!考えとけよ!」
『あーもー煩い奴だな、こっちはテレビの設定で忙しいんだ!もう切るぞ!』
あ、バカ龍!本当に切りやがった。
仕方ない、先輩に解除方法の話を伝える
「成る程!良く解ったわ!じゃあ彼女?を元に戻しましょう」
「でも、姉様、戻すってどうするんですか?」
「悪役が居ないなら、作れば良いのよ」
「ええええええ!?」
周りが、田畑ばかりの田舎の公園に、僕と小百合ちゃんの声が木霊した。