38 約束
もうすぐ、夜の帳が降りようとしている
そんな夕暮れの神社の境内で
「また明日な」
「ばいばーい」
各子供達が、それぞれの家に帰っていく
ただ一人を除いては
僕は、帰らずに境内で佇む女の子に近寄り
「ねえ、帰らないの?」
そう声を掛ける
「…私の家…共働きで誰も居ないから…」
「じゃあ、まだ居られるね」
そう言った僕の言葉に、女の子は頷いて返す
「行こう、僕の『取って置き』を見せてあげる」
僕は、女の子の手を取り引っ張っていく
裏手の滝から流れて来る小川が通る竹藪へ
藪を抜けると、小川の周りを飛び交う蛍の光で、幻想的な光景が広がっていた。
「わあ、綺麗」
女の子は感嘆の声をあげる
「へへ、此処に連れて着たのはキミが初めてだよ、他の人には絶対内緒だからね」
「うん!わかった!約束する」
「ああ、約束だ!」
そう言って、女の子と小指を絡める
「………………ってば、約束でしょ」
…何だよ、約束、約束って…五月蝿いな
「へえ、起きないんだ…餡蜜3杯の約束だったのに…反古にするんだ…」
餡蜜…
確かに、香住とそんな約束した気がする
でも、眠気には敵わないんだなぁ
何か…ズルズルと引きずって来る音がする
!?
殺気!
ベッドから転がって落ちると同時に、ボスッと鈍い音をたて、さっきまで僕が寝ていた場所に、長方形の塊が刺さっている。
パソコン本体!?
ズルズル音がしてたのはケーブル類か
「殺す気か!?」
「千尋が約束を破るからいけないんでしょ」
あ、笑顔だけど目が笑ってない
「いや、破ってないから、此れから出掛けようとしてたんだ」
慌てて言い訳し、ベッドにめり込んだパソコン本体を机に戻す
「直撃してたら死ぬから、普通に起こしてよ」
一応、無駄だと思うが抗議して置く
「大丈夫、だって千尋あの傷でも死ななかったし」
「いやいやいや、確かに再生したけどさ、痛いのは一緒だから」
本当に止めて欲しい。
「なあ、少しは優しくして欲しいな、か弱い女の子なんだし」
「優しくって…こんな感じ?」
妖しく絡み付いてくる
そそ、そんな感じに、関節が決まって…
「痛てててて!ギブ!ギブゥ!!」
空いている手で、香住の手を叩くと、解放される
「誰がコブラツイスト掛けられて喜ぶんだよ!」
「え?他の技のが良かったの?」
「違うから!技の種類の問題じゃないから!」
あーもー、どうして僕の周りは、こんな人達ばっかなんだよ
本気で泣くぞ
それにしても…やけに懐かしい夢だったなぁ
香住とは、幼稚園の頃から一緒だったけど、本格的に仲良くなったのは、あの蛍の一件からだ
あの秘密の場所…
暫く行って無いけど、どうなっただろう
この辺りも、都市計画だの区画整理だので、神社のある小山もだいぶ削られたりしたから
まだ残ってるのかな
さて、あまり香住を待たせると、今度は何が飛んで来るか解らないので
ちゃっちゃと着替える事にしますか
問題は
男の子の格好で行くか、女の子の格好で行くか…
んー
甘味処に入るなら、女の子の格好で行くべきかと思うが
男の子に戻る気で居たので、女の子の服って買って無いんだよな
香住の服を借りたくても、胸が入らないだろうし
どうするか思案していると
「ねえ千尋、さっき其処で龍神様に渡されたんだけど…千尋に渡すようにって」
そう言って、ネット通販の天蔵さんダンボール箱を持ってくる
またアイツは無駄遣いして…
「どうせ、コスプレ衣装だろ…本当に懲りない奴」
前回がメイド服だったから、チャイナ服とか、バニーガール?
巫女服は、ウチにいっぱいあるから違うとして
最近深夜アニメに填まってるし、人気アニメのキャラクター衣装か?
そう考えていると
「兎に角、開けてみようよ」
香住に催促され仕方なく開けてみる
スカート…
「これは無理だって」
「大丈夫よ可愛いし、長めだから脚だって殆ど隠れるじゃない」
「そう言う問題じゃ…せめて下はジーンズにしてよ」
「えー可愛いのに…此方のトップスと合わせてさ」
「いや、女の子初心者なんで、此方のルーズニットとジーンズでいいです」
勿体無いなーっと言ってる香住をよそに
さっさと着替えてしまう
まだ、未練がましくダンボールの中身を並べながら、コーディネートに勤しむ香住を放置で部屋を出る
「お、どうだった?」
玄関でタブレットを弄っている龍神に聞かれる
「お前な…本当に支払いで神社潰れるぞ」
「ああ、お金の事なら心配ない、瑞樹と龍の間に交わされた秘術の書物とか、和枝が売りに出したらしくてな」
「売りに出したら、秘術じゃないじゃん」
「別に、もう契約終わったんだから、秘術なんか必要無かろう」
まあ、確かにそうだろうけど…
どうせ、残して置いても読めないし、婆ちゃんが良いなら、僕から口出しする事はない。
「それにな、俺が住んでた洞窟にもな金があるから、足りなきゃそれも使え」
「な!?金だって?」
「うむ、代々の龍神が命を削っていた元だからな、大地の恵みが凝縮されてるんだ」
成る程…でも、命の結晶と聞いては、軽々しく使えないな
まあでも、お金は大丈夫と聞いて、少しだけ安心した
僕が神社継ぐときに、神社事態が無くなってるのでは、目も当てられないから
「あの香住とか言う娘と出掛けてくるんだろ?」
「ああ、約束があるからな」
「じゃあ、例の話するのか?」
…
それなんだけど…
話しずらいよなぁ
だって、絶対に結ばれる保証は無いんだぞ
「男になった香住と上手く行かなくて、関係が終わる位なら、上手く行ってる今の方が…」
「だー!どうしてお前は恋愛に対して臆病なんだよ!!祟り神に、武器も持たずに向かって行ったお前とは別人だな」
「そんな事言ったって…人との関係は簡単には行かないんだよ」
特に嫌われたくない相手には…臆病にもなるさ
祟り神相手のがよっぽど楽だわ
「まあ、お前がそれで良いなら、別に俺は構わないが…もう一度言っておくぞ、俺はずっと下界に居られる訳じゃ無いんだからな」
「解っているよ…」
龍神が天に帰った後では、男化の話は無くなる
それは承知している
でも、切り出すタイミングが…
煮え切らない、僕の態度を見て龍神が
「よう香住!ちょっと男に成ってみない?で良いだろ」
「アホか、そんな『お茶しない?』みたいなナンパのノリで簡単に言えるか!」
「じゃあ、たった5千円で貴女も男の子に!」
「何処の詐欺サイトだ!」
「じゃあ、どうするんだよ!」
「どうにもならないから困ってるんだよ!」
そんなアホな掛け合いをしていると
「ちょっと、置いて行かないでよ」
香住が廊下を駆けてくる
「置いて行かないよ、玄関で待ってただけだから」
そう言って、二人揃って玄関を出る
後ろを振り返ると、龍神がちゃんと言えよっとジェスチャーを送ってる
解ってるよアホめと舌をを出し答える
「どうしたの?」
「あ、いや…アホ龍に土産を頼まれたんで…」
そう言って誤魔化す
「でもさ、龍神様服のセンス良いよね」
「いや、あれは偶々だって、この間なんか猫耳カチューシャとメイド服だったんだぞ」
「あ、メイド服良いじゃん、お帰りなさいませご主人様ってヤツ?」
「香住…そう言うの遣ってみたいの?」
「んーどちらかと言うと、言わせてみたい」
うわ…そっちか
「今度千尋が着て言ってみてよ」
「いや…龍でメイド服は色々怒られそうだから」
「龍?」
そうか…香住には角が見えてないんだっけか
「と言うか、香住は僕の怪我が早く治るの…どう思ってるのさ」
「え?龍神様が早く治る術掛けて、治してるんじゃないの?」
あ、そう言う認識なのね
残念ながら、術は反射しちゃうんだよねえ
まあ、いちいち言う必要ないか
別に、物の怪相手に戦うとかじゃないし
そうなると、この能力も宝の持ち腐れだよな
祓い屋さんは欲しがりそうだけど
他愛もない話をしながら、甘味処あやし屋へ向かう
雑談の間も、やっぱりどう切り出すか…
そればかり考えてしまう。
誰か…
ちょっとで良いから
勇気をください
此れから、告白でもするような感覚だ
だって、『男になって、僕と付き合ってください』って言う事だもの
どうしよう…
そんな風に、切り出せずにしていると、店に着いしまう
はあ…
店の中で言おう
そう決意するも、邪魔が入るのを千尋はまだ知らずに居た




