37 もう1つの選択
朝方、ずっと我慢していたが
尿意がどうにも儘ならなくなり、目を覚ます。
流石に限界だ。
試しに上半身を起こすと、痛みはすっかり無くなっていた
「良かった、此れなら尿瓶は使わずに済みそうだ」
床に置かれた尿瓶を見ながら呟く
ベッドから、勢いをつけて立ち上がるが、よろけてテーブルに手を突く
まだ左脚に痛みがあるのだ
おそらく千切れ掛けたと言われた脚だろう
「外科手術もしないで、治るとか…龍って凄いな」
ちょっと血が滲んでは要るものの
もう1日もあれば、脚も完治しそうな勢いだ
その時、手を突いたテーブルの上に、小鍋があるのに気が付く
メモに『お粥作って置いたから、食べるときは温め直してね 香住』とあった
有難い
だが、今はトイレが先だ
どうにか立ち上がるも、自分が包帯だらけのミイラ男…もとい、ミイラ女になってるのに気が付く
何か羽織るべきか…
正直、そんな余裕は無かった
この神社唯一の男、龍神に見付からないなら良いのだから、このまま行ってしまおう
そう考えて、廊下を見回す
よし!誰も居ない
トイレまで、壁に手を付き、支えながら急ぐ
後少しと言うところで、誰かが出てくる
「お?動けるようになったか、良かったな」
「龍神!?何でお前が」
「何でって…契約も無くなったんで、水場に居る必要なくてな、主屋のが充電も繋いだまま出来るし」
相変わらずネット三昧かよ
「良いからそこ退けって」
両手で胸と股間を隠しながらトイレに飛び込む
「どうにか、間に合っ…」
と言い掛けて、罠に嵌まる
「便座が上げたままじゃねーか!!」
「ん?そうだったか?」
「覗くな!あ、いや先に引っ張って」
便器に尻が嵌まっているのを、龍神に引っ張り上げて貰う
立ち上がると同時に、角突きをお見舞いするのも忘れない。
「ぐおお…」
「コノヤロめ、終わったら便座下ろしとけ」
と言いながらも、僕も昔よく香住に怒られたっけ…
女の子になってから、掃除以外便座上げる事も無くなって、絶対に便座が下りて要るものだと、思い込んでいたのが仇となった。
香住が怒っていたのはこう言う事か…
悪いことをした
と言うか…直便器した後とか、気持ち悪くて便座に座れん
「むう、目の前に便器が在るのに出来ないとか…拷問か…」
「何なら、俺が抱えてサセテやろうか?」
は?
何を言ってやがりますか、このバカ龍は
うぅ…本当に限界
このままでは漏らす…それも屈辱だ!
尻を洗いながら風呂場でしちゃうかとか、この脚の怪我で間に合うかなぁとか考えていると
龍神に、股を開くような格好で後ろから抱きか抱えられてしまう
「ば、ばかぁ!こんなの出来るか!!」
「だって怪我人なんだから、仕方がないだろ」
もう…いっそうの事、殺して欲しい
そう思いながらも、限界に耐えられずしてしまう
選りにも選って、コイツに抱えられながら…
真っ赤な顔を、両手で覆いながら頭を振る
此れは怪我のせいで…だから仕方ないんだと自分に言い聞かせながら
「音を聴くな!あと臭いも嗅ぐな!」
「注文が多いな…」
結局全部出しきってしまう
「拭いてやろうか?」
「そこまでしたら、本気で突きコロス!」
そう言って、角で威嚇しトイレの外に蹴りだす
「うぅ…一生の不覚だ」
涙目になりながらペーパーで拭くが
やっぱり、直に座った尻は洗いたい
仕方なく風呂場に向かおうとするが
「何で着いてくるんだよ」
トイレの外で、出待ちしていた龍神が着いてくる
「風呂行くんだろ、洗ってやるって」
「死んでもお断りだ」
そう言って、着替えのジャージを持って風呂場へ向かう
やっぱり、着いてくるのな
言う事聞かない奴め
「一応言っておくが、まだ脚は血が滲んでるから、濡れタオルで拭く程度だからな」
直便器した尻だけは洗うがな
ガン見な龍神を無視して、脱衣場で包帯を外していく
上半身は、傷痕もなく完治している
「良かったな、此れから女として生きていくのに、傷が残らなくて」
解っていても、戻れないのを言われると、一寸へこむ
そのうち、完全に受け入れられる日が来るのかねぇ
下半身の包帯を取ろうとして、龍神にわざと咳払いをするが
全然目線を外そうとしない
エロ龍…
正直、早く戻って横になりたかったので
下半身の包帯も取ってしまう
「痛っ…」
よくもまあ、脚が此処までくっついたものだと言うべきか…
傷の在る脚を庇いながら、浴室でタオルを濡らし身体を拭いていると
「ほら、背中拭いてやるよ」
そう言って龍神が浴室に入ってくる
また、コイツは…と睨もうとしたが、服を着たままだったので、疚しい考えはないようだ
背中を拭いてくれる龍神に
「ありがとう…」
そう礼を言ったのだが
「ほら、前を向け」
台無しだコノヤロウ
「アホか、前は自分で遣るのに決まってるだろ」
そう言いながら、濡れタオルを奪うと、自分で腕や脇など拭く
「まだ居るのかよ」
正直、見られながらは、遣りにくい
「いや、ちょっと話があるんだ…」
「…なあ、此処でなきゃ出来ない話なのか?そうでないなら、寒いから部屋でして欲しいんだけど…」
「そうか…じゃあお前の部屋で待ってる」
素直に引き下がったな
まあ言いか
身体を拭いて、さっさとジャージに着替え部屋に戻ると
龍神がテーブルのお粥を食って待っていた
「やはり、冷たいと今一だな」
「だろうな…更に言えば、それ僕のだと思うんだけど…」
気にせず、冷たいお粥を食べてる龍神に、後で温めて遣るからと食べるのを止めさせ
「話って何だよ?」
と早く話すよう促す
「実はな、お前に初めて逢ったときに掛けた術あったろ」
「僕を女の子にした術のこと?」
「その術、逆もあるんだ」
「ん?逆って…女子を男子にするって事?」
「うむ、この間お前戻すのに使ったけど、反射されてダメだった術だ」
「何だ…実際やって駄目だったんなら仕方ないじゃん」
今更、ダメな術の話されてもねぇ
「やれやれ、もう少し察しが良いかと思ったのに…」
「何だよ、勿体ぶらないで言えよ」
「この女を男にする術を、お前が好いている『香住』と言う少女にしたら、どうかと言っているんだ」
「な!?」
急に何を言うと思ったら、香住を男の子にするだと?
正気か?
「お前な、香住はそこの24インチ液晶モニターを投げようとした女だぞ、男になんかしてみろ、ベッド投げるぞ」
「強い男になるなら、良かったじゃないか。それに、香住と言う少女を男子にすれば、生物学上『男女の仲』に成って、問題無くなるだろ」
「そ、それはそうだけど…此ればかりは僕が決めて良い問題じゃないし…」
そう、男の子になれば、180度生活が変わってしまうのだ
今の僕みたいに、不便な事が色々出てくるだろう
「まあ、俺が天に帰る前までに結論を出せ。下界に居る内なら、何時でも出来るから」
「あ、そう言えば聞いてなかった、何時まで居られるんだ?」
「はっきり、何日間とか言えないんだ、今まで命削って土地に恩恵蒔いてたのが、契約解いてから『恩恵の揺り戻し』と言うか、御釣りの様なモノが、戻ってきてるんでな、それがどれだけ戻るかにも寄るんでな」
「じゃあ、大体の日数も解らないのか?」
「いや、何事も無ければ、1ヶ月位は平気だろう…それまでに聞いてみてくれ」
そう言って、部屋を出ていく
んー
香住が男の子に?
考えた事も無かった
男女逆転カップル…か…僕が戻れない以上、悪い考えじゃないが…
本当に、此れは僕の一存では、決められないしなぁ
後は香住次第…か
でも、どうやって切り出そう…