36 事後処理
夕方
日は傾き、照らされ出でた影は長く、僕等の後を付いて廻る
そんな黄昏時の神社の境内で、妹と追い掛けっこをしていた
本来、産まれてさえ来なかった妹がいる時点で
これは虚構なのだと直感した。
でも、そんな事はどうでも良い
例え虚構だとしても、一緒に居られるのだから
だが、そんな愉悦も終わりを迎える
妹は、数歩先で歩みを止めると
「もう、帰らなきゃ…」
そう言って振り返る
「帰るってどこに?」
ここが僕たちの家の筈なのに…
「違うよ」
ちょっと悲しそうに微笑むと
「帰るのは…お兄ちゃんだよ」
そう言われた途端に妹は消え辺りは暗転した
「魑絋!?」
「大丈夫だよ、私は一緒に居るから」
そう声がした。
やがて、視界がぼんやりと開けてくる。
そこには、長年見てきた天井が広がっていた
「千尋!?良かった…死んじゃったかと思ったよ!」
そう言いながら顔をくしゃくしゃに泣き腫らした香住が覗き込んでくる
「死んだって?縁起でもない…痛つ…」
身体を起こそうとしたら、包帯でぐるぐる巻きにされているのに気が付く
かすり傷ばかりだと思っていたが、自分で思うより重傷だったらしい。
「やっと気が付いたか?」
そう言って机のパソコンから振り返る龍神
「なんだよ、もう天に帰ったのかと思ったのに」
「その前にな…事後処理というか…な」
なんか歯切れが悪い
「もう全部終わったんだろ、さっさと契約解いて元に戻してくれよ」
そう、未だに僕の胸は膨らんだままなのだ
それを見る限り、契約は続行中らしい
「お前…妹ごと祟り神を取り込んだな」
実感はないが、夢で魑絋が一緒だと言っていたから、多分そうなのだと思う
「まったく…無茶をする、完全な龍神化が遅れていれば、お前も取り込まれ、祟り神に成っていたんだぞ」
「へ!?」
まるで実感がない
だけど、角は前より長く成っているようだ
「龍神化のお陰で傷も殆ど塞がってる、ただ千切れ掛けてた足は、もうちょっと掛かりそうだがな」
「おいおい、千切れるって…そんなに酷かったのか?」
もう最後は、必死で魑絋に向かって歩いてただけだったので…
そうか…それで香住は泣いてたのか
大袈裟じゃ無かったんだな
「此れで一件落着だな」
うんうんっと頷いてる龍神
何か怪しいな
「なあ、何か隠してるだろ」
「さあな…俺は何も知らんぞ、ちゃんと契約は解いたし」
ん?
「おい…今なんて言った?」
しまった!という顔をして逃げようとしてる龍神を引き止め
「今、契約は解いたって言ったよな?」
「そんな事言ったっけ?最近物忘れが酷くて…」
コイツ…
「絶対言ったね」
そう言って睨み付けると
「…いや、まあ…イレギュラーが起きてな…お前の取り込んだ祟り神が『守護神』に変わったのは良いが、お前の身体に降り掛かる、呪いや術を全部跳ね返してて…その…」
「ま、まさか?」
「その『まさか』だ…元に戻る術も全部弾いてる」
…
「またまた~ドッキリか何かなんだろ?本当は戻せるのに焦らしてたり…とか…」
龍神は目を合わせようとしないし
香住は!?
俯いたままだ
「嘘?」
全員沈黙し、部屋の中が重々しい
そこへ
「あら、千尋ちゃん、目が覚めたのね」
沈黙を破るように、小鳥遊先輩が入ってくる
左腕をギブスで固定され痛々しい姿だ
「先輩?何で此処に?」
「此れでも、討伐依頼を受けた側だからね、依頼主に報告をしに来たのよ」
成る程、依頼主の婆ちゃんに報告か
ん?
良く考えたら、まだ討伐対象が僕の中に
ヤバイ
そう思っていると
「あー、完全に守護神に変わってるのね」
「解るの?」
「うん、もう禍々しさは無いもの、討伐完了ってことね」
「それで良いんですか?」
「ん?だって討伐は『祟り神』であって『守護神』じゃないもの」
理屈ではそうだけど…
まあ、先輩が良いって言うなら、此方は助かるし
これ以上の言及は避けよう
「そう言えばね、ウチの妹が千尋ちゃんに逢いたいって言うんで連れて来たのよ」
ほら、小百合
先輩は、そう廊下に向かって声を掛け、妹さんを呼ぶ
「寝たままでごめん、まだちょっと痛みがあって自由が効かないんだ」
そう先輩そっくりな少女に声を掛ける
「あ、いえ…この間は、木刀で叩いちゃって、ごめんなさい」
そう言って頭を下げる
なんだ、素直で良い子じゃないか
「あの…それでその…千尋先輩が動けるようになるまで、私が看病を…」
ピシッ
そう音がした。
僕の隣に座り込んで居た香住が、ゆらりと立ち上がる
「うふ、小百合ちゃんとか言ったかしら、千尋の面倒は小さい頃からずっと見てきた私がやりますから」
笑顔だが目が笑ってない
香住さん、年下相手に大人気ないですよ
「何このオバサン、私は千尋先輩と話してるんですー、あっち行ってて貰えます?」
うあ、香住をオバサンとか…命知らずも良いところだ
「千尋の好みも知らないのに、どうやって口に合う料理を作るのかしら」
「そんなの千尋先輩に聞けば良いだけじゃん、それに若い子が作った方が嬉しいでしょうし」
修羅場だ…
龍神の奴、いつの間にか居ないし
どうせなら、僕も連れて逃げろコノヤロウ
「千尋ちゃんモテモテだね」
そう言って来る小鳥遊先輩
さっき、『男に戻れない』発言されて無ければハーレムだったろうに…
どんな罰ゲームだよ!!
「千尋はね、私にずっと弁当作って欲しいって言ったんだよ」
「ふんだ!私なんか千尋先輩にキスされたんだから!」
うあああ
それ言っちゃうか
香住が、ギギギギと首だけ此方を振り返る
すげえ怖い
「ちょっと…千尋…」
「な、なんですか香住さん」
「キスってどう言う事よ…」
「えっと…あれは…緊急事態と言うか…」
「ふーん…緊急事態だと、誰それ構わずキスするんだ」
そう言って、机の上のパソコンモニターを持ち上げる
ちょ、それかなり痛そうですよ
そこへ龍神が廊下から顔を出し
「言い忘れたけど、守護神が反射するのは『呪いと術』だけで、物理ダメージは反射しないから」
それだけ言うと、じゃあな、と逃げていく
「薄情もの!香住を止めてけー」
ヤバイ、逃げたくても全身痛くて逃げられない
「先輩助けて」
「じゃあ処女くれる?」
ダメだこの人
「千尋…墓石に刻む言葉は決まった?」
急に笑顔になる香住だが、表情と言動が合ってないよ!
「待った!あやし屋の餡蜜で手を打たないか?」
…
「5杯なら」
食い過ぎだろ
「2杯でどうだ」
ディスプレイを振りかぶる
「わかった!3杯で!それ以上は太るぞ」
太ると言う言葉が効いたのか
「じゃあ3杯でいい」
そう言って溜飲を下げてくれる
助かった
小鳥遊先輩の妹、小百合ちゃんは、モニターを持ち上げて制裁を食らわそうとする香住の姿に
床に経たり込んでドン引きしていた。
此れで解っただろう
自分が、どれだけヤバイ相手に、喧嘩売っていたのかが
「なーんだ、終わっちゃったの?つまんなーい」
先輩…
僕の生死で遊ばないでください
「仕方ない、小百合帰ろっか」
そう言って、床に経たり込んでる妹さんを引き起こし
じゃ、またね
と帰っていく
先輩の後を追うように、小百合ちゃんが部屋から出ようとして
「私は諦めた訳じゃありませんから!」
失礼します!と捨て台詞を吐いて帰っていく
そこは、諦めようよ…
僕、女の子のままなんだし…
香住と二人部屋に残される
「ねえ、本当にキスしたの?」
まだその話引っ張りますか
「私には、千尋の方からしてくれないのに…」
そんな事言われても今動けないし
しょうがないな
「なあ、香住…ちょっと耳貸して」
「何よ…」
そう言って、耳を近付けてくる香住の頬に、そっとキスをする
「今は動け無いから、これが精一杯だ」
「な!?」
顔が真っ赤にした香住が停止する
「おーい、香住さん?大丈夫か?」
僕の言葉でようやく我に返り
「だ、大丈夫よ…そうだ、夕御飯作ってきてあげる」
そう言うと、フラ付きながら部屋を出ていく
「あ、危な…」
ガン!と音を立て廊下の壁にぶつかっている香住
大丈夫かと声を掛けるも、平気だってばと歩いていく
廊下の向こうで、またガン!と音がしてる
曲がり角の度に当たってるのか…
壁に穴が開かなきゃ良いが
まあ、騒ぎのお陰で、男に戻れないと言うのも、有耶無耶になっちゃったなぁ
どうしたものかねぇ…
これからの事、本気で考え無きゃならないな
寝て起きたら、男の子に戻って居た、とかなら良いんだけど
そう一縷の望みを掛け、眠りに付くのだった。